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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(257)

 

「こともあろうに、好恵の鬼め、あそこに俺一人残して先行きやがったんだぜ? 相手は十人以上に武器持ちだ、無茶にもほどがあるだろうってんだ」

「……」

 バシイッ、ガシイッ!!

 御木本の愚痴なのか、さて、もしかしたらのろけなのかもしれない、バイオレンスな内容の作り話、だと思うのだが、なかなかそうも言い切れない話を、一方的に聞かされながら、ランはつとめて御木本を無視にながら巻き藁を蹴っていた。

 すでに試合のダメージも完全に回復して、あのときほど無茶ではないが、それでもかなりきつい練習を続けているのだが。

「もちろん、俺だってそう簡単にやられる気はなかったからな。挑発するだけして廃墟の中に誘い込んだのさ。囲まれなけりゃ、そう簡単に負けるもんじゃねえよ」

 今度は、多分自慢なのだと思う。

 とにかく、横でしゃべる御木本が物凄く邪魔だった。

「……黙ってくれませんか?」

 当たり前だが、ランは不機嫌の極地にあった。

 まず、御木本の存在自体が嫌いである。いや、もうそれを出すと行動から何からその全てが嫌いな訳で、話が続かないのだが。

「まあそう言うなよ。お前と俺の仲……おいおい、そんな怖い顔するなよ。好恵がここにいたら俺が殴られるだろ」

 二人がどういう仲か、と言われれば、即答で敵対する相手、と言い切れる。

 しかし、ランのそんな気持ちを、絶対に分かっているだろうに、御木本はまったくひるむ様子がなかった。

 坂下は、今日は大事を取ってなのか部活を休んでいる。それなのに、何故か負けた方の御木本が来ているのだから、さっぱり訳がわからない。

 ランとしては、御木本が今日に限ってランにからむ理由もさっぱりわからないし、理解したくもなかった。今日でなくとも、一生関わりたくない相手なのだが。

 迷惑千万だが、とりあえずここから消えてもらわないと集中出来ない。ランは、御木本がここにいる理由を考えて、余計嫌になった。鳥肌すら立つ。

「……ヨシエさんがいないのをいいことに、今度は私ですか?」

 御木本が女の子に声をかけまくっているのは、けっこう有名な話で、空手部員が言いふらしたのもあるのだろうが、クラスの女の子達も知っていた。

 坂下に告白しておいて、そんなことをしてきた御木本の気持ちなど、もちろんランにはまったくわからない。というか早くこの世から消えて欲しかった。

 それを聞いて、しかし、むしろ驚いたのは御木本の方だった。数秒、驚きに顔をかためてから、しかし、すぐに気を取り直したようで、軽薄な表情を復活させる。

「や、自意識過剰のところ悪いが、お前は俺の趣味じゃ……」

 ヒュパッ!!

 ランの、これでもかと言うぐらい突然に繰り出した必殺するつもりの不意打ちの後ろ回し蹴りを、御木本はあっさりと後ろに身体をそらして避け、そのままくるりとバク転して何事もなかったかのようにまた平然と近付いて来て、最初の位置に戻る。

 殺したいぐらいに御木本の動きには余裕があった。

 ランとしては、今ほど強さが欲しいと思ったのは綾香の殺気を察知して以来だった。ランに坂下ほどの実力があれば、ここでこの男の息の根を止めることが出来ただろうに。

「そういう問題ではなく、邪魔なんですが」

 御木本、マスカレイド三位、カリュウの正体。

 二十数位の自分とは実力には天と地ほどの差があるが、だからと言って好意的な態度を取ってやる理由にはならない。

 このままずっとマスカレイドで戦いを続けても、たどり着けるかどうかすら怪しい位置にいる、大物相手でもだ。

 ただし、今の御木本でもカリュウでもいいが、どちらにも怖さはない。

 坂下という枷がある以上、御木本だろうがカリュウだろうが、ランを害することは出来ないのだ。本能ではやはり怖いとは思っていても、実害という意味では、ランにとって、御木本は張り子のトラより弱く、そう思うと、前よりはかなり楽だった。

 ふと、ランは気付いた。むしろ、今相手の弱みを握っているのは、自分の方なのでは、と。

 坂下へ告白して、あっさりふられた。いかに空手部でゴミ扱いされていても、それをいいふらせば、かなりのダメージになるのではないだろうか?

 もちろん、気持ち良い手ではないし、そうなれば坂下にも迷惑がかかることになるが、いざとなれば、それも致し方ないのではないだろうか?

 だって、この男は、今ここにいる以外にも、私を苦しめているのだから。

 自分の身の危険に気付いているのか気付いていないのか、御木本はへらへらしながらランに話しかける。

「まあ、いいじゃねえか。今、俺の状況を一番良く把握してるのはお前なんだから、俺の愚痴の一つぐらい聞いてくれても」

「嫌です、おとといすら来ないで下さい」

 あれはやはり一応愚痴だったのか、とどうでもいいことに気を取られながらも、ランははっきりと言い切る。

「正直あなたのことが大嫌いです話しかけないで下さい」

「うわっ、こいつ一言も切らずに言い切ったよ」

 ランの飾り気のない真実の声に、御木本は嫌な顔をするが、それすら演技っぽい。

 それでも、ランとしては敬語を使っているだけましだとすら思っている。先輩相手には、部活ではそれなりにまともな対応をするつもりだからなのだが、おそらく、坂下も御木本相手なら注意はして来ないと思うのだが。

 敬語は使っても、言っていることはかなり厳しいので、それが礼儀を守っているのかは怪しいところではある。

「ヨシエさんにふられたこと言いふらしましょうか?」

 今度の言葉には、さすがに御木本の表情がびきっ、とひきつる。

「お互い、近付かない方が安全だと思うんですが」

「……ふ、ふふふふ」

 さすがにランの言った言葉が堪えたのか、御木本は不気味に笑い出す。心の傷をついたので、もう十分おかしかったがとうとう最後まで行ってしまったか、などとランが思っていると、気を取り直したかのように御木本は顔を上げた。

 それは敗者の顔というよりも、猫を噛む窮鼠のひきつった笑みだった。

「そ・う・い・う、ランちゃんは、藤田にお熱のようだが?」

「っ?!」

 思いがけない言葉に、ランは動揺しまくった。

 べしっ、とバランスを崩したランの蹴りは巻き藁に変に当たって、ランは傷みでその場にうずくまった。

「おおっと、大丈夫かなあ、ランちゃん?」

「な、何でそんなことを……」

「はあ? 俺はどっかの朴念仁とは違うんだぜ? 観戦の近付きっぷりを見てりゃ分かるだろ、そんなもん。いやー、初々しくて、かわいいもんだねえ、ランちゃん」

 してやったり、という声が、ランの神経をバリバリに逆撫でする。

「……ちゃ、ちゃんづけでもう一度呼んだら、ヨシエさんに御木本に襲われたって言ってやる」

「ちっ、かわいくねえ女だぜ」

 それを聞いて、御木本は明らかに不機嫌になって悪態をつくが、しかし、冗談でもそれを坂下に言われて困るのは御木本だったから、それ以上は何も言って来ない。

「そ、そういうそっちは、かわいげのある女が趣味、という訳じゃないみたいだけど」

 脚を押さえながら、噛まれたまますますものか、とランは御木本を睨み付けて立ち上がった。

 確かに、坂下は格好良くても、かわいげというものはないような気もする。というか、坂下にかわいげなど見せられたら、御木本など色々な意味で昇天しかねない。

「く……てめえこそ、ミーハー趣味丸出しじゃねえか」

 浩之の人気は、女の子の中ではかなりのものだ。そして第三者の女の子から好かれるのは、やはり顔なのだ。いつもの態度が少しすれているようにも見えるのか、怖いという評価も多少あるものの、だからこそ人気があるとも言える。

「浩之先輩の良さはそんなところにはありません。それに、私はカリュウもギザギザも嫌いです」

 マスカレイドでミーハーの代名詞と言えばカリュウとギザギザだ。それを嫌っているのだから、ミーハー趣味とは言わせない。

「浩之先輩のー、良さはー、そんなところにはー、ありませんー」

 御木本は、わざとらしくランの言葉を真似る。てか、誰が聞いてもむかつく言い方だった。

 こ、こいつ、殺す。

 ランは、本気で御木本に殺意を覚えた。

 その後、ギスギスした二人は、部活が終わるまで言い合いを続けるという、ランにとっては非常に不本意な時間を共に過ごすことになったのだった。

 

続く

 

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