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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(258)

 

「武器を持った相手と戦う方法だあ?」

 あまり機嫌の良くなさそうな修治は、浩之の言葉に、やはりあまり良い反応をしなかった。

「ふむ、わしも若いころは、そのようなたわいのないことも考えたものよ」

 反対に、雄三の方はかなり機嫌が良いのか、うむうむとうなずきながら言う。

 まあ、その機嫌の良さと悪さの違いは、道場の中で倒れているのか上から見下ろしているかの違いなのだろうが。

 ちなみに、質問した浩之は、当然倒れている。ただし、浩之は練習の疲労で動けなくなっただけで、修治のように雄三に倒されたから、という訳ではない。

 決して和やかな状況とは言えないのだが、ここ、武原道場では、よくある話で、身体が動かないときは、けっこうどうでもいい話をして時間を過ごすこともある。

 威厳もへったくれもないが、こういうところで聞ける話が役にたつこともあるのだ。

「たわいもない、ですか?」

 浩之が今一番気にしているのは、武器を持った相手と戦う方法だったのだから、そういうことに詳しそうな雄三に聞くのは当然だった。

 浩之が、直接戦う訳ではないが、綾香も坂下も、おそらく次は武器を持つ相手と戦うのだから、少しは助言が出来れば、と考えたのだ。

 まあ、坂下は十一位、二刀流のムサシと、九位、ナックルをつけたアリゲーターを正面から撃破している。武器持ちの相手と戦う術はそれなりに心得ているようだから、浩之が聞きかじった程度の情報はいらないのかもしれないが。

 むしろ、心配なのは綾香だった。

 意識的にそうされた、たまたま偶然なのか、綾香はマスカレイドで、武器持ちの相手と戦っていない。マスカレイドには、かなりの数、武器を持って戦う選手がいるはずなのにだ。

 十位以内でも、武器を持った選手は半分いるのだから、それで当たらないのは、確率だけの話ではなかったのかもしれない。

 反対に、武器を持った相手といきなり戦わされた坂下は、赤目としてはすぐにつぶすつもりだったのでは、と思うのだ。

 浩之も、そんな経験はほとんどないが、武器はかなりやっかいだというのは分かる。単純に考えても、殴られてもいたくない拳が伸びるようなものだ。

 正直、そこらの素人相手なら、武器を持たれた程度なら、浩之だって対処できると思っているが、あのレベルの人間に、武器を使いこなされたとき、何が出来るのかは怪しい。

「まあ、浩之はそういうの素人っぽいしな。じじいも、面倒がらずにちゃんと説明してやった方がいいんじゃないのか?」

「ふん、倒れているのに偉そうだのう。じじいと言うなと言っておろうに」

 がんっ、と軽く?と疑問符がつく勢いで倒れている修治を蹴ると、抗議の声も気にせずに、雄三は話し出す。

「やはり、武器を持った相手と戦うのに最初に必要なのは、度胸だの。刃物を見せられれば、普通の人間は萎縮してしまうものよ」

「はあ、でも、綾香や師匠や修治の方が、よっぽど俺には怖いんですが」

 拳銃をつきつけられたってあれほどは怖くないのでは、と浩之はいつも思うのだ。

「ふむ、もちろん結果で言えばそうだが、人間、なかなか簡単に割り切れるものではないだろうな。もっとも、度胸の問題など、場数をふめば自然と慣れて、必要などなくなるがの」

 どんなに危険なことでも、何度もしていれば人間は慣れてくる。そうでもしないと神経がすり減ってしまうからで、良く出来たものだ。

 いかに怖い思いに慣れていたとしても、いきなり刃物を出されれば、冷静ではいられないものなのだ。しかし、何度もそういう場面に出くわしていれば、少なくとも、刃物で冷静さを失うことはなくなってくる。

「場数、ですか」

 たまにケンカを売られるために街を歩くような綾香に、場数が足りないなどとはとても言えないが、さて、刃物相手に戦ったことがあるのかどうかは謎だった。

 そこは多少不安なものの、刃物を出されて冷静さを失う綾香、というのは、正直想像できない。そんなかわいい相手なら、浩之だってこんなに苦労してないとすら思う。

「じゃあ、刃物ではないけれど、熟練した武器使いの場合はどうなんですか?」

「ふむ、それはまたやっかいな問題よの」

 浩之が本当に問題にする内容を聞いて、雄三は腕を組んで、あごに手をあてた。

「懐かしいのう。修治が中学生のころ、知り合いの杖術使いのやつに、ぼこぼこにされていたのう」

 しみじみと昔話をする雄三は、かなり楽しそうだった。多分、修治が嫌がっているのが楽しいのだろう。困った危険なご老人である。

「けっ、ちゃんと後になってやり返したから、問題ねえだろ」

 やり返した、ということは、今度は相手の杖術使いをぼこぼこにしたわけで、まったくOKな話ではないと浩之は思ったのだが、言葉には出さなかった。言っても無駄なのは、今までの経験でよく分かっていたからだ。

「修治がやられるのはこやつの弱さの所為だがの」

「おい」

 修治は当然突っ込むが、まったく雄三は気にせず、真面目な顔になる。

「まず、これを分かっておけ。素手よりも武器を持った方が人は強い」

「それは……武器を持った人間には勝てないってことですか?」

 まさか、雄三がそんなことを言うとは思っていなかったので、浩之は驚きを隠せなかった。それほどに、日頃の雄三は、負ける訳がないという顔をしているからだ。

 いや、自分が負ける訳がない、という顔をしている人間は浩之のまわりには多いので、あまり参考にならない可能性は高いのだが。

「バカを言うな」

 ニタリ、と雄三は牙をむき出しにして笑う。

「わしも、長瀬のやつも、今まで、どれだけの武器を持った相手を屠って来たと思っておるのか?」

 十人単位で済めばいいなあ、という浩之の希望は、あまりかなえられない気もした。

「拳銃でも、所詮は単なる飛び道具よ。距離という意味では怖いが、近付いてしまえばどうとでもなる」

 いや、その近付くまでが普通の人間には出来ないし、そもそも拳銃の場合、銃口の線上に入った時点でアウトなので、近付いたぐらいでどうにかなるものとも思えないのだが、そういう至極一般常識的な話は、無視されるべきではないと浩之などは思うのだが。

「しかし、熟練した武器を使う人間は、わしが戦った中でも、かなり上位に入る強者が多かったものよ。わしも、何度かは苦戦したほどの相手もおる」

 雄三が苦戦、とまで言うと、もう浩之の想像では無理だった。それでも、決して負けたとは言わないところが、雄三らしいのだが。

 ふと、雄三も、それは負けたことぐらいあるだろうと思うのだが、それを聞くと、浩之自身の身が危ないような気がして、尋ねはしなかった。

「あやつらは、武器をまるで手足のように使うからの。もちろん、細部の動きは身体の方が細かく動けるが、武器は、普通は無理な動きも出来るからの。素手相手で想定した動きでは攻撃を避わし切れないのも事実」

 同じ技術なら、力が強い者が有利だし、スピードの早いことが有利だし、身体の大きい方が有利だ。そういう点で言えば、武器は最も有利となる点だ。

 さすがと言うべきか、武器など恐るに足らないと、雄三は言わない。おそらく、倒れたままの修治も言わないだろう。

 しかし、負けるとは言わない。それでこそ、強者だ。

「……で、どうやったら勝てるんですか、師匠?」

「無理を言うな。言葉で教えても、武器には勝てん。作戦や技程度でどうにかなるほど、甘い差ではない。唯一、実力のみが、それを超えられるのだ」

「それは、師匠の話はまったく参考にならないってことですか?」

「いかにも」

 自信満々に言い切る雄三相手に、ため息をつくなどという危険なことはしたくなかったので、浩之は心の中で、こっそりとため息をつくことにした。

 まあ、自分よりも、綾香の方がよほどそういうことには詳しそうだけどな。

 しかし、いくら強くても、綾香は表舞台の人間だ。そもそものルールが違う。ケンカでも、実力に天と地ほども差があれば、多少の武器や人数など気にしないだろうが、達人級、とまでは言わないでも、かなり熟練した武器使いと戦ったことがあるのか、そして対抗できるのかは、やはり少しは心配になる。

「へっ、もったいつけやが……グフッ!」

 下から悪態をつこうとした修治を、雄三はさらに蹴り上げて黙らせた。

 とりあえず、この場が武器を持った相手と対峙するよりもよほど危険な場所なのだ、ということを思い知らされるだけの、浩之としてはあまり有意義ではない質問になってしまった。

 綾香、大丈夫なのか?

 人の身の危険よりも、自分の心配をしないといけないはずの浩之は、それでも、心の中に芽生える不安を、押し流せなかった。

 

続く

 

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