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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(269)

 

 不敵な笑みを保ったまま、綾香は試合場の中央で仁王立ちし、対戦相手の登場を待つ。

「……そういや、二位ってどんなやつなんだ?」

 浩之は、ここになって、今の今まで、綾香の対戦相手、マスカレイドで一度しか負けていないという二位について、それ以外は何も聞いたことがなかった。

 綾香も、今回の対戦相手の話をしてくれなかった、というよりも、詳しく聞く時間がなかった。考えてみれば、何故かランも、二位二位とは言っているのに、その選手の名前を口にしたことすらないのだ。

 その言葉に、ランは少し嫌そうに答える。

「正体は、見れば分かります」

「は? 正体?」

 マスカレイドは、基本的には正体を隠す。素性を隠すかどうかは個人の自由のようだが、普通、正体を隠さまいが、一見で正体が分かる訳ではない。

 何故なら、そもそも、相手が誰であるのか知らないと駄目だからだ。

「てことは、俺の知ってる人間ってことか?」

「そうですね。少なくとも、知らない訳はないと思います」

 そんなに有名人なのか? と思いながらも、浩之は相手の登場を待つ。

 実際は、名前よりも、二位のスペックを聞いておきたかったのだが、この歓声の中では、今の会話もけっこう大きな声でしゃべっていたのだ。細かい説明など、聞く方も言う方も大変だろう。

 まあ、どんな相手だろうと、綾香なら大丈夫だろう。

 それは確信だが、やはり浩之の心臓のことを考えると、相手のことを知っていた方が驚きが少なくていいと思うのだった。

 綾香の入場曲らしい、アップテンポな曲が、いきなり切れる。

 とうとう、二位のおでましか。さて、どんなやつなのか。

 決して、弱い相手はないだろう。ランも、マスカレイドの中では、一位と二位は別格と言っていた。マスカの数年の歴史の中で、最初から一位におり、さらに一度しか負けていない二位。今までの相手を見れば、それがいかに困難なことかも、想像に難くない。

 まあ、綾香は綾香で楽しみにしてたみたいだしな。俺にとっては心臓に悪いんだが。

 正直、自分が戦う方が気が楽である。もっとも、一位のチェーンソー相手でもそうだが、勝てる気がまったくしないのだから、それはそれで辛いことになるのだろうが。

 止まった流行の曲の変わりに、違う曲が流れ出す。それはアップテンポであったが、浩之の知っている曲ではない。だが、どこか懐かしさを覚える、そんなメロディだった。

 知らない曲なのに、音楽を聴いただけで、何故か気持ちが高まる曲。そして、歌詞が流れ出しても、それには変化がない。

 少なくとも、他の人間の反応には、変化がない。あきれたのは、この場では知らない浩之だけだったのかもしれない。

「……はあ?」

 ただ、歌詞の内容に、浩之は怪訝な顔をした。

『ファイヤ!! 燃える拳が〜 バーニング!! 駆けるキックが〜』

 歌詞の内容は、終始そんな感じだった。

 『拳』とか『キック』とかは、百歩ゆずって、マスカレイドがケンカの場であるので分かるのだが、聞いていると、『ファイヤ』だとか『バーニング』だとか、どこかずれた言葉が聞き取れる。

 それは、確かに懐かしくもあろう。

 入場曲なのだろう、流れて来た曲は、子供のころに見た、戦隊物の主題歌に、雰囲気が酷似していたのだ。

 そう理解すると、浩之もすぐにそのリズムに乗る。曲自体は分かり易いものなのだ。

『マスクの下に〜熱き〜ち〜し〜お〜』

 さびの部分に入る前ふりに、会場が一体となり、次に続くサビの一説を叫ぶ。

『マ・ス・カ!!』

 それは、まさにマスカレイドの主題歌だった。

 やば、ちょっと面白いかも。

 会場の一体感というのは、まるで歌手のコンサートに行ったようなものがあった。しかも、浩之も男であり、こういう曲は嫌いではない。

 その叫びと同時に、花道にスポットライトが当たる。

 それは、マスカレイドという、正直どこか異常な集まりの中でも、特別異常だった。すでに正常が残っていない、と言いいすら出来る。

 赤と黒の全身スーツで肌を全て隠し、要所要所には、金属光を放つ防具を身につけている。そして、そのフルフェイスのヘルメットは、その中でも群を抜いて異様。

 イントロに入った瞬間に、その異様な格好の、多分男は、身体の前でぐるん、と両腕をまわし、独特の動きは、まるで踊っているようであった。

 そして、びしり、と何故か腕をあらぬ方向に向けてポーズを取ると、叫んだ。

「拳激戦士、マスカレッド!!」

 観客の歓声の中に、それでも突き抜けるように、その通る声がこだまする。

 観客達は、その声にも負けぬとばかりに、歓声を張り上げ、イントロが終わって曲が始まると、皆が歌い出す。

 それはコンサートのようでもあり、しかし、決定的に違っていた。

 何故なら、花道を走り抜けるそいつは、歌手やアイドルではなく、特撮物のヒーローだったからだ。

 ついでに言えば、その名乗りで、それが誰であるか、あっさりと浩之にも分かった。そこまで通る声をしていれは、嫌でも分かる。

「そう言えば今回に限って選手コールがないと思ったら……赤目の野郎、選手だったのかよ」

 いかに全身を隠そうとも、声に変化はない。そして、おそらくは赤目も、正体を隠そうとなど思っていないのだろう。

 よく聞くと、この曲も、赤目が歌っているように聞こえた。

 赤目が選手であることは、別段驚くべきことではないという話もあるが、格好は、確実に初見の人間は驚くだろう。ここはいつからコスプレ会場になったのだと言うだろう。

 しかし、騙されてはいけない。それは、コスプレと言うには、あまりにも、本格的過ぎたのだ。

『勝利を掴め〜そ〜の〜手に〜、Dance!! マスカレ〜〜〜〜ッッッッ!!』

 ダダンッ!!

「とうっ!!」

 曲が終わると同時に、赤目、いや、二位のそれは、無駄に飛び上がると、華麗に前転をして、スタッ、と試合場に降り立つ。

 そして、また登場と同じようにぐるりと腕をふりまわすと、ばしりっ、とポーズをつけて、見栄を切る。

「拳激戦士、マスカレッド、参上!!!!」

 マスカレイド二位、拳激戦士マスカレッドが、どこがとうか全体がおかしな雰囲気で、顕現したのだった。

 なるほど、ランも名前すら呼びたくない、というか名前だけは呼びたくない意味が、浩之にもよく分かった。普通に口にすれば恥ずかし過ぎる。

 それに応えるように。

 ニイッ、と綾香の口の端がつり上がる。悪の組織の大幹部と言われてもまったく違和感ないほどの、凶悪な笑みだった。

 

続く

 

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