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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(270)

 

 突っ込みたいことは色々とあるが、とりあえず、浩之はどれから言えばいいのか分からずに、思いついたものを突っ込むことにした。

「プロデューサーだか何だか知らないけどさ、自分で試合に出ていいのか?」

 言ってから、これが一番突っ込みたいことではないなあ、と自覚はしていた。一番突っ込みたいのは間違いなくその格好だ。

 が、確かに、赤目が試合に出るのは、言ってみれば卑怯だ。

 試合場や、戦う相手を、赤目は自分で選べるのだ。それはかなり有利なはずだ。選手はともかく、地の利を生かす選手の多い中、試合場の選択が可能なのが、どれだけ有利なことか。

 そういう意味で、赤目は試合に出るべきではない、と思うのだ。

 だいたい、経営側の人間が出れば、それは八百長の可能性を否定できなくなる。言うことを聞かない相手には力で分からせるマスカレイドではなおさらだ。

 しかし、その点に関しては、観客達はまったく気にしていないようだった。それどころか、むしろかなりヒートアップしているようにすら見える。

 どちらかと言うと「嫌い」の激しいランでさえ、別に嫌悪の表情は浮かべていない。好きなのか、と聞かれるとそうではなさそうではあるが。

「一応、マスカレッドは前一位、開始から約半年のトーナメント戦で決まった、マスカ生え抜きの選手ですから」

 ランがそんな卑怯な位置にいれるはずの赤目に対して、悪く言わないこと自体が、浩之には不思議に感じるのだ。

「てか、赤目なら自分に有利にし放題じゃねえか」

「……それに関しては、否定します。マスカレッドは、かなり公平な戦いをしています。まあ、ルール自体がマスカレッドに合わせている、というのは否定できませんが」

 身体を完全に防具で覆っているマスカレッドは、確かに普通のルールでは許されないだろう。その点は、合わせた、と言える。

 しかし、ランが公平だ、ということは、かなり公平なはずだ。ランは、好き嫌いの激しい少女で、最近は浩之もそれなりに話せるようになったと自覚しているが、前はかな毛嫌いされていたものだ。

 赤目は、かなり毛嫌いされている。それでもランが公平と言うのだから、そこにひいきも嘘もなかろう。

「しかし、今回はあからさまに自分の有利にして来ましたね」

 ランは、試合場を見ながら、そう評価していた。

 試合場は、土だ。踏み固められた、学校のグラウンドと同じような地面だった。それが、マスカレッドにとって有利な地形だ、と言うのだ。

「まあ、投げが怖いなら、地面がコンクリートじゃないのが有利、てのは分かるんだが」

 いかに防具があっても、投げ技の威力を弱めるにはほとんど役に立たないだろう。それを考えると、硬い地面というのは、まずい。もっとも、それでも地面はそれなりに硬いので、踏み込みの点で打撃系の人間には不利にならないし、もう一つ防具の関係ない組み技相手にも、タックルをしにくいというわけではないので、酷く半端な試合場とも言える。

 最低、地面が土で綾香が困ることは、せいぜい服が汚れるとか、その程度の話だ。寺女の制服は高いので、確かにまったくダメージがないとは言えないが、綾香にはそれこそ関係のない話だろう。

「でもさ、どうせ試合じゃ投げ技なんてほとんど決まらないんだし、いっそのこそコンクリートにしてしまった方が有利じゃないか?」

 浩之の考える、マスカレッドの有利な地形は、アスファルトだ。身体を防具で覆っているマスカレッドは、表面をアスファルトでけずられるということがない。組み付いて一緒に倒れるだけでも、生身相手なら傷を負わせることが出来るのだ。

 浩之の疑問に、ランが丁寧に答えてくれた。

「私が体験した訳ではないですが……マスカレッドがつけている装備一式、全部合わせると、かなりの重量になるそうです」

「……まあ、重そうだよな」

 頭をすっぽりと覆うフルフェイスはもちろん、要所要所の防具も、どう見ても全て金属だ。打撃相手の防具ならば、プラスチックという手もあるだろうに。

 そう考えると、マスカレッドの防具は、有用を通り越して、無駄な部分が多い。おそらく、赤目の外せないこだわりなのだろうが、有利、とはとても言い辛い。

「なので、あまり地面が固すぎると、脚に負担がかかるそうです。それに、柔らかすぎると今度は脚を取られるそうです」

 まあ、赤目が言っていたことですから、どれほど信憑性があるかは分かりませんが、とランは注釈をつける。

 確かに、防具が重いという欠点があるのなら、今の試合場はベストチョイスだろう。

 そもそも、綾香相手に躊躇する理由など、赤目にはないはずだ。いかに人気が出て来たとは言え、それでもマスカレイドの外の選手。マスカレッドに有利にする分には、文句もあるまい。

 何より、多少地形を有利にしたところで、綾香の怪物性を止められるものではない。所詮、綾香にとっては地形は二の次だ。

 なりふりかまわないのなら、もっと別の、まったく試合とは関係ないところでどうにかすべきなのだ。格闘技に含めてしまえば、綾香はそれを力で押し切ってしまう。

 しかし、ランは、浩之が思っていることとは違うことを言う。

「マスカレッドも、本気と言うことです。あれは、マスカの中でも、規格外なほど強いですから、油断はできません」

 ランにそう言わせる、もちろん、ランが上位ランクの選手とはまだまだ差があるからこその言葉でもあるが、マスカレッドは、決して油断の出来る相手ではないだろう。しかし、綾香だって、油断しているとは到底思えない。

 その、冗談みたいな格好を見たところで、綾香は笑いこそすれ、それは相手をけなした笑いではなく、相手の力量を見た、楽しそうな笑いだったのだから。

 突然、マスカレッドは、指を高々と上に突き出す。

 瞬間、さっきまで騒いでいた観客達が、静かになる。それは、マスカレッドの言葉を待っているようだった。

「Here is a …… ballroom(ここが舞踏場)!!」

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 ドオンッ!!

 いきなり、地面に仕掛けてあったのだろう、火薬が爆発して赤煙が吹き上がる。もちろん、綾香を殺傷するためではない、単なる演出だ。

 そんな仕掛けのことなど、まったく聞いていなかっただろうに、綾香は余裕でそれを観察していた。顔には、笑みすら浮かんでいる。

 マスカレッドが、ざりっ、と大きく見栄を切りながら構えを取るのを見て、綾香も、やっとふわっ、と軽やかに動きを見せる。

 マスカレッドは、どこかすきだらけの左半身。それに対し、綾香の方は、隙の見えない自然体の左半身。

 準備は整い。

 試合の合図を叫んだのは、マスカレッドではなく、観客達だった。

「「「「「「「「Masquerade…Dance(踊れ)!!」」」」」」」」

 マスカレイドの威信をかけた、マスカレッドVS来栖川綾香の戦いが、ここに始まった。

 

続く

 

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