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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(273)

 

 いつまで様子見をするつもりだ、と観客達は思っていないだろう。

 浩之の目から見ればそうであるし、やっている綾香はそう思っているが、しかし、それでも綾香とマスカレッドはめまぐるしく動いているのだ。様子見としては、ハイレベル過ぎるとも言える。

 とは言え、いい加減綾香は飽きて来ていた。

 攻防は、確かにハイレベルだ。攻撃したりしなかったりしながら、相手のスペックを推し量っているのだ。スピードも速いので見栄えもいいし、レベルの高さから格闘マニアもよだれをたらすだろう。

 しかし、綾香の求めるものが、そこにはない。

 格闘技も、結局は理詰めに行き着く。理詰めをこなせるだけの身体能力と技術があるかないかでは差が出るが、それに足りるものがあれば、理詰めで問題ない。

 今、綾香が相手の防具の薄い場所を探しているのは理詰めだ。防具の薄い場所を、探し、そこをいかにして狙うか。

 マスカレッドの方も、わざとそれに付き合っているふしがある。おそらくは、綾香が防具の薄い場所を探した後、いかにそこを攻められないようにするか、を考えているのだろう。

 その理詰めのやり合いにおいては、マスカレッドは絶対の自信を持っているのだろう。当然だ、普通に素手でマスカレッドを攻略しようとすれば、防具の薄い場所を狙うしかないのだから、皆そうする。今まで、理詰めのし合いで、まだ負けが一度だけ。

 自信と経験において、マスカレッドはこの理詰めにおいて有利なのだ。

 もっとも、綾香はだからと言って、理詰めのやり合いで負ける、とは思っていない。

 ただ、すでにその作業を面倒と感じているのだ。いや、面倒、というのは間違っているだろう。綾香は、その気になれば、何時間だって辛い作業を続けられる。それも資質の一つだ。

 ただ、こんなものを求めていないのだ。綾香がやりたいのは、最終的に理詰めになるはずの戦いを力まかせに引っかき回すほどの、強引な戦いなのだ。

 それに、もう、こんな面白みのない探りなんて入れる必要はないし。

 まだマスカレッドの身体を全て調べた訳ではないが、それでも、もう綾香はだいたいのところが読めていた。

 太ももの内は防具が薄くて、足の甲には硬い防具がある。つまり、普通のスポーツでは狙わないような箇所も、マスカレッドの防具はカバーしているが、狙い難い箇所は、普通に打撃が当たる場所でも防具は薄い、と。

 おそらく、後頭部はこれでもかというほど厚く守りを取っているだろう。しかし、背中には、ほとんど防具をつけていないはずだ。

 肋の一番下、腎臓の部分の防具は厚いだろうし、お尻の部分にはほとんど防具はないだろう。

 そうやって予測していけば、マスカレッドの防具の構造を、綾香は手に取るように分かる。コンセプトが理解出来たのだから、後の応用など簡単なものだ。

 マスカレッドの防具は、まさに打撃格闘家に対する為に作られたような防具だ。打撃に関してはほぼ隙がないし、あったとしても、それはわざと開けている隙だ。

 足の甲などという、隙間だが致命的な箇所の守りは厚く、よく狙われるが、反対に筋肉の守りも厚いお腹は、防具が薄い。よく考えられている。

 ぎりぎりまで、防具はけずってあるのだ。当然だ。いかにマスカレッドの体力があろうとも、どこもかしこも厚くしては、重さもそうだし、邪魔になって身動きが取れない。

 だから、致命的な箇所は厚く守っているが、後はギリギリまで削ってある。何しろ、それでも十分なのだ。

 しかも、それでもけっこうな重量のある防具をつけてあれほど動ける上、その防具の重さ自体もマスカレッドの武器と化している。

 綾香は、マスカレッドから素早く距離を取って、今まで取っていたフットワークをぴたりと止めて、立ち止まった。

 突然の綾香の変化に、観客達がざわめく。

 理詰めならば、まず負けないだろう。それが有利というのも分かる。

 しかし、マスカレッドのスペックは、理詰めで戦うには、あまりにも惜しい。

 理詰めなどしなくても、よほど激しく、このおかしな格好の男は踊れるというのに。

 綾香は、右手だけを持ち上げると、手の平を上に向け、くいくい、とマスカレッドを手で誘った。

 おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 あからさまな挑発に、観客達は沸き上がる。そして、表情の見えないマスカレッドだったが、それに、声で応えた。

「ならば、見せよう!!」

 演技がかった声だが、やはり赤目の声は良く通る。その声に、綾香はぞくぞくした。もちろん、声に感じた訳ではない、何をしてくれるのか、と期待したのだ。

 じゃりっ、とマスカレッドは脚を綾香から見て縦に広げると、ググググッ、と腰を落とした。体勢の低くなったそれは、金属の塊のようにも見える。

 綾香とマスカレッドの距離は、遠い。例え飛び道具であろうとも綾香は見て避けることが出来る距離だ。

 距離の遠さは、そのまま必殺という言葉を殺す。必殺の殺、だ。

 その距離で、低く腰を落としたマスカレッドを見て、しかし、綾香はにっ、と顔をゆがめるように笑った。

「マスカ……」

 その身体が動いた瞬間、ゴッ、と音を立てて、蹴られた地面の土が跳ね飛ぶ。が、その音は、さらに激しい音で、かき消えた。

 ゴウッ!!

 カウンターの暇など、綾香をもってしてもなかった。さっき、遠くにあったマスカレッドの身体は、一瞬で綾香に接近し、綾香の横を、突き出した拳と、身体が一緒に突き抜ける。

 ふわり、と綾香は身体を流して、その非常識な突きを避けた。いや、避けることに専念するしかなかったのだ。

 もし、単純に接近戦でそのスピードだったならば、カウンターは簡単には取れないものの、無理ではなかったし、避けるのも難しい話ではなかった。

 そこまでのスピードのものが来る、と予測していなかった綾香の油断、と言ってしまってもいい。

 それほどに、その突きは、いや、そもそも突きと同じスピードで飛んできた身体の動きは、非常識だったのだ。

「ブリッド!!」

 その防具による面積で、相手の視線から身体を隠し、まるで一瞬でそこまで加速したかのような錯覚を見せる。綾香相手に効くには一度きりだろうが、マスカレッドの、まさに必殺の殺をさらに超える必殺の一撃だ。

 しかし、それすらも、綾香はひらりと軽やかに、実際が必死だったとしても、避けたのだ。

 その勢いのまま、綾香の横をマスカレッドは突き抜ける。綾香としては、本当ならここで去り際に一発入れているところなのだが、残念ながら回避に専念しなければならなかったので、それが出来なかった。

 だが、その重さだ。一度スピードに乗れば、そこから戻るのには、当然より強い力がいる。

 下手をすれば、金網にぶつかるのでは、まあ、それでもマスカレッドには大したダメージは当たらないだろうけれど、と綾香が思って振り返ったときだった。

 ガシャンッ!

 と激しい音をたてて、綾香の予想通り、マスカレッドは金網にぶつかっていた。

 

続く

 

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