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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(277)

 

「でも……」

 綾香の、その攻撃は凄いと思う。しかし、ランは反論せずにはいられなかった。

「そのわりには、マスカレッドの動きが変わらないみたいなんですが」

 そう、綾香の打撃関節とも呼べる技を受けたはずなのに、マスカレッドの右腕にダメージがあるようには見えなかった。

 もし、ランが、まあランはパンチを出さないのであれをやられることはないが、綾香の打撃関節を一度でも受ければ、おそらく簡単に肘が使い物にならなくなるだろう。ダメージというよりは、破壊だ。

 いや、ランだけではない。伸びきった腕にそんなものを喰らえば、怪我をしない人間などおるまい。それだけ、危険な技だ。

 しかし、マスカレッドの様子は変わらない。もし、それが浅くでも入れば、我慢しようと肘がろくに動かないはずなのに、マスカレッドの腕は普通に動いている。

「その攻撃は効かないとか言ってたな、そういや」

 確かに、マスカレッドはそう言っていた。それは、強がりでも何でもなかったということだ。

 しかし、何故なのか、分からない。いかに関節が柔らかかろうと、もし綾香の打撃関節が決まれば、肘の筋を痛めるはずだ。形的には、腕ひしぎ十字固めをやられるのと同じなのだから、いかに関節が柔らかかろうと関係ない。

 普通は、相手の肩をしっかり固定しない限り、肘にダメージが当たるようにするのは難しいのだが、それを打撃直後の伸びきった状態に行うことによって克服している、あの技の怖ろしいこと。それを、マスカレッドはあの短時間の間に破った、というのだろうか?

 ランは、もともと綾香がどんな攻撃をしたのかも分からなかったのだから、それでマスカレッドの防御方法を分かれ、という方が無茶があるのかもしれない。

 が、自信なさげに答えた浩之の予想は、それよりも無茶だった。

「これは俺の予想なんだが……もしかして、マスカレッドの防具って、関節技への対処もしてあるんじゃないのか?」

「関節技への対処……ってそんなことできるんですか?」

 それこそ、ランの想像の外だ。防具というものは、結局硬さで相手の打撃から守るだけのものなのだから。

「不可能じゃないと思うけど?」

 しかし、そんな突拍子もない浩之の想像に、坂下が同意したのだ。

「身体が普通に動くところだけの可動域を確保して、後は動かないようにするのは、それは面倒かもしれないけど、不可能ではないんじゃない?」

 例えば、脇固めは肩を本来は人間が曲がるはずのない背中の方に曲げようとすることによって出来る技だ。

 だったら、動作に不要な部分以外は、肩がそれ以上後ろにいかないように防具を作ってしまえば、脇固めは、かからなくなる。

 そうでなくとも、首と防具の間を取ることによって、ほぼ完璧に絞め技を防御することは出来るのだ。多少面倒でも、関節技を封じれない、ということはないだろう。いや、その理論にたどり着くのは、さして不思議なことではない。

 確かに、今までマスカレッドに関節技を仕掛ける人間はいなかった。それはそうだ。あの重量相手に、組み技を仕掛けるのは不利だし、当然、マスカレッドはその間も反撃する。金属で固められた拳は、組み付いていても、十分に驚異なのだ。

 だから、ランは、マスカレッドの防具に関節技に対する対処がしてあるとは知らなかったし、おそらく観客達は、今でも気付いていないだろう。

 しかし、だとするならば。もし、それが本当ならば。

 打撃も効かない、関節技も効かない。投げも効果の薄い土の試合場。唯一足を引っ張るはずの重量も、それを有効に生かせるスプリング付きの金網がある。

 そうやって、相手の出来ることを封じ、自分の優位を確立していく。そうやって、マスカレッドは出来ているのだろう。

「でも、もうそれじゃあ、格闘技でも何でもないじゃないですか」

 もちろん、あれを着れば誰でもマスカレイドの上位に勝てるというものではない。あの防具を自由に扱うのは、非常に腕力と体力が必要だし、防具にだって、隙はあるだろう。

 しかし、その隙はそう簡単に突けるものではないし、それを許さないだけの実力があれば、後は防具で勝てる。

「そう、あの防具は、格闘技でも何でもないよ」

 それは、坂下が否定した、武装と言ってよかった。拳への誇りもへったくれもない、効率良く一対一の戦いに勝つために用意された、道具なのだ。

 坂下は、最初からそれに気付いていた。マスカレイドの観客が、一生懸命マスカレッドの応援をしているのを見ながら。

「それが、あんた達が言う、ケンカであるはずのマスカレイドの二位、ってことさ」

 マスカレイドが、悪く言えばバカらしい、良く言っても子供っぽいプライドの上に、ただケンカが強くありたい、人より優れていたいという、本当にどうかした、しかし至極真っ当なプライドの上に成り立っているからこそ。

 それを、他の真っ当でない、その身以外のもので保つことが、良しとされる訳はないのだ。それで保てる誇りなど、ありはしない。

 分かっていたことだ。そこに、誇りなどというものは、何もないのだ。

 マスカレッドは、マスカレイドの生え抜きの選手でありながら、マスカレイドが誇っていなければならない誇りを、持ち得ない。

 マスカレイドに、そしてマスカレッドに過度の期待をしている訳ではないだろうランにも、その言葉は堪えた。

 やはり、ランはケンカを誇りに持っている方で、それはむしろ坂下の拳に、素手にかけるものの方が近い。

 努めて冷静に、しかし、やはりショックを隠しきれないランを横目で見ながら、坂下は試合場に視線を戻す。

 浩之も、見逃すまいと視線を戻したようだった。それに押されるように、ランも試合場に目を向ける。が、心はここにあらず、と言った感じだった。

 そこに、誇りはない。

 しかし、と坂下は考えていた。

 そこに、誇りはないのだ。それは、坂下の目から見れば、間違いない話。

 それはそれとして、マスカレッドは、先ほどの綾香の打撃関節を、防具で凌いだ、そこは坂下もそうであろうと思っている。

 だが、先ほどは解説しなかったし、浩之もタイミングを逃したので言わなかったのだろうが、綾香はそれだけでは終わらせていなかったのだ。

 さて、最初から防具で打撃関節が効かないと、綾香が思っていたのかどうかは分からない。おそらくは、可能性としては考えいた程度だろう。

 しかし、綾香はそこに抜かりはない。打撃関節がかかり、それをはじかれるのとほぼ同時に、マスカレッドの膝めがけて足を落としていたのだ。

 こちらも、打撃関節と言える。膝の皿を蹴って、膝を蹴り抜くつもりのものだったのだろう。

 これを、マスカレッドは後ろに飛んで避けている。もし、もう一瞬遅ければ、綾香の振り下ろす脚の力を後ろに逃がすことが出来ず、膝を割られていただろう。

 後ろに避けた、ということは、膝の方には、腕と同じような処置は行われていない、ということであり。

 もう一つ、あれを避けられるというのは、もうそれだけで、驚異の域なのだ。

 横にまわっていた、完全な死角であるはずのそれを、右腕にかけた打撃関節が効かなければ、綾香が丁度狙いやすい位置にあるにも関わらず、それでも察知して、避けた。

 誇りはないだろう。しかし、それはあくまで、坂下と同じ領域での、誇りだ。

 坂下には想像も出来ない、もっと違うものを持って、マスカレッドは動いている。それは、坂下の誇りにも似た、やはり、「誇り」なのだ。

 防具に、マスカレッドは頼っている。そう見える「動きの甘さ」はある。

 しかし、それを含めて、このマスカレッドという敵は、まだ坂下にすら底を見せていないのだ。

 

続く

 

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