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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(281)

 

 再び、綾香とマスカレッドは相対峙する。

 綾香の突き上げる掌打を受けたマスカレッドは、もう無傷とは言えない。それに比べ、綾香はまだダメージらしきダメージを受けていない。これだけ見れば、綾香の有利は揺るがないはずだった。

 一度や二度の攻防ではない。すでに、それなりの攻防を繰り返した結果、綾香はほぼ無傷で、マスカレッドはダメージを受けている。

 しかし、もう何度目になるのか、それでも言わなければならないほどに、綾香は油断していない。もっとも、先ほど必殺である技の威力を殺されたのに、油断しろと言う方が無理だが。

 もっとも、私を捉まえるのは、並大抵のことじゃないけどね。

 油断とは別のところで、そう冷静に綾香は考えていた。

 マスカレッドは、なるほど、一ランク上の選手だ。綾香の攻撃を、防具で受けるだけではなく、致命傷となる技は、ちゃんと避けているのだ。その中には、普通なら回避することすら考えられないような、特殊な技も含まれている。

 しかし、スピードだけで言えば、綾香の方が数段上なのだ。だからこそ、戦いになっている、とも言う。

 しかし、スピードは、全てと言っていい。どんなに相手を倒せる威力があろうとも、当たらない攻撃など、まるで意味はないのだ。その点、綾香はマスカレッドに当てるだけならば、そんなに苦労はしない。

 ただ、普通なら、当てられれば、それで十分なんだけど……

 綾香の攻撃は、どれもこれも人間の防御を上回るものだ。当たれば、確実にダメージが行く。綾香は、それを繰り返せばいいだけだ。

 しかし、この相手には、正攻法では、防具ではじかれて終わりだ。ダメージを当てる為には、それなりの工夫が必要になってくる。

 今のところ、ダメージを当てる方法は少ない。ボディーなどは、普通なら狙い易い箇所だが、そうそう何度も入っていけるほど、マスカレッドの懐は浅くないし、そもそも、最初からマスカレッドが、多少のダメージなど無視して綾香を捉まえに来たら、不利なのは綾香だ。

 となると、後は頭を掌打でゆらすか。正直、効果は薄そうなんだけど。

 急所となる場所は防御する、ということは、裏を返せば、防具の硬い場所は、防御しないということだ。

 掌打ならば、何度打っても、いや、数に限界はあるだろうが、それでも相手にへどを吐かせるぐらいには、続けることが可能だろう。

 しかし、リーチは拳や蹴りに比べて落ちる。それに、両腕でしか攻撃して来ないとわかっていられると、対処される可能性も高い。

 さて、どうしたものかなあ。

 と、綾香が呑気に考えた瞬間、マスカレッドの姿が、綾香の視界から突然消える。

「っ!?」

 綾香は、それに驚きながらも、素早く反応し、状態をそらす。

 フオンッ!

 綾香の頭のあった場所を、マスカレッドの腕が通り過ぎる。横薙ぎのそれは、リヴァイアサンの腕での一撃を思い出させる迫力があった。フックほど腰は入らないが、腕の先端は驚くほどスピードに乗っており、つまり威力はかなりのものになるだろう。

 もし、綾香がリーチの長い突きを予測して横に避けていたら、喰らっていたかもしれない。綾香のとっさの判断が、マスカレッドの一撃を、今までと同じように回避する。

 その場でマスカレッドが回転するのを、見たのか見ていないのか、綾香はさらにすぐ動いていた。

「よっ!」

 軽いかけ声と共に、スウェイして残っていたお腹を引っ込めるように、後ろに飛ぶ。

 ふわっ、とマスカレッドが浮いたかと思うと、綾香の避けた空間を、中断の飛び後ろ回し蹴りが突き抜けていく。鉄で固められた踵で飛び技だ。喰らえば、内臓破裂の可能性すらあった。

 後ろ回し蹴りの回転を殺しきれなかったのか、マスカレッドは綾香に背中を見せる格好で着地、それを見た綾香は、一瞬前に出ようとして、しかし、急ブレーキをかけて前進を止める。

 マスカレッドは、そのままバク転をして、オーバーヘッドキックの要領で脳天に向かって蹴りを放ったのだ。

 もちろん、ブレーキをかけた綾香を捉えることはできなかったが、近付いていれば、喰らうか、最低でも両腕で受けなければならなかっただろう。

 マスカレッドは、器用にそのままバク転で着地すると同時に、振り返りながら、腰の下を通る動きで、綾香の腰を狙ってタックルをしかけてきた。

 しかし、綾香は一瞬早く脚を前に出して、飛びかかってくるマスカレッドの肩を前蹴りで蹴っていた。

 ダメージを狙ったものではない。マスカレッドの身体を蹴って、距離を取る為の動きだった。その動きに、マスカレッドは素早く反応する。

 綾香の蹴り脚を掴もうと、タックルを瞬時に止めて綾香の脚に手を伸ばしたのだ。

 が、綾香の前蹴りは、まるでジャブにも似た、突き出すスピード以上のスピードで引き戻されていた。

 その反動で、綾香はマスカレッドのタックルの外に逃げる。ブレーキをかけた以上、綾香には脚は残っていなかったはずなのだが、あっさりそれを綾香は補って見せた。

 オオオォォォォォッ!!

 二人の、というか、マスカレッドの連続技に、観客達が盛り上がる。攻撃を連続して行っただけではない。その重い身体で、飛び後ろ回し蹴りどころか、オーバーヘッドキックまで繰り出し、しかも華麗に着地さえしているのだ。

 そこからのタックルへの移行も、まったくよどみない動きだった。打撃や武器が主流のマスカレッドで、それだけのタックルの動きが出来るのは、バリスタか、カリュウしかいない。

 観客すら、マスカレッドにそんな動きが出来るとは思っていなかったのだ。だからこその歓声だった。

 先ほどまでは、リヴァイアサンほどの打撃のプレッシャーはなかったし、バリスタほどのタックルのうまさもなかった。だからこそ、綾香はマスカレッドの攻撃をことごとく完璧に避けていたのだ。

 それが、ここに来て、出てきたということは。

 ふん、そろそろ、本気を出して来た、ってことね。

 それもこれも、綾香が「どんな攻撃も効かないことによる自信の喪失」という、マスカレッドが本来得意として来た手を、真っ正面から打ち砕いたからだ。

 攻撃をことごとく受けきった上で、相手の自信を破壊する。そういう手が、防具を持つマスカレッドが得意として来た手だろう。

 それはそうだ。ここまで来る選手ともなれば、誰もが自分の技に自信を持っている。それを受けても、平気な相手を前にして、平常心でいろと言う方が無理だ。

 それでも、何とかすがりつくように、防具の薄い場所を狙って来る相手を待ちかまえて、迎撃する。それがマスカレッドの戦い方なのだろう。

 だが、綾香の自信は揺らぎもしなかったし、あっさりとマスカレッドが待ちかまえていた場所を突き抜けて、ダメージを当てた。

 相手を精神的に壊すのを狙うってのは、かなり性格悪そうだけど。

 もう、それだけではすまない、と思ったのだろう。

 綾香は、ぺろり、と唇をなめる。

 それは、望むところだった。

 今まで、一度しか負けていないマスカレッド。それが、今までのマスカレイドで戦って来た選手を、ことごとく上回るからこそのものならば。

 それを見ないなど、もったいない。綾香は、そう思うのだ。

 

続く

 

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