作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(283)

 

 ぴたり、と二人の動きが、試合場の中心で止まった。今までの激しい動きが、まるで嘘のように、試合場の中が静寂に包まれる。

 歓声は、まだまだ響いている。しかし、それをはねのけるほど、綾香とマスカレッドの間に、緊迫した空気が奔っているのだ。

 通る声だから、だとかではなく、その静寂の中だからこそ、他の誰にも聞こえなかっただろうが、綾香だけには、聞こえた。

「取った」

 それは、キャラを作ったマスカレッドの声ではなく、マスカレッドの中にいる、赤目の、本心の言葉だったのだろう。

 取られた、と綾香はそれを聞いて思っていた。

 マスカレッドの左手が、綾香の左腕をがっしりとつかんでいた。

 綾香は、今まで、マスカレッドにつかまれることを、つまり組み技で戦うことを避けて来た。

 綾香だって、組み技が苦手というわけではないが、それにしたって、マスカレッドと組んで戦うのは不利と感じたからだ。

 刃物こそ持っていないものの、マスカレッドの身体は、硬い防具で覆われており、それはあますところなく、至近距離でも凶器となる。

 素手では、足も地についていない、助走をつける距離もない、そんな場所から、必殺の技を出すことは出来ない。

 もちろん、マスカレッドにだって、そんなことは無理だ。しかし、力が入りにくいのなら、当てる場所自体の硬さが問題になってくる。

 ふりをつけなくても、拳で殴られるのと金づちでなぐられるの、どちらが痛いかと言えば、後者だ。

 必殺にはならずとも、至近距離からの連続の軽い攻撃で、結果致命傷を受けてしまうのだ。綾香も、不安定な体勢からパンチに威力を込めることも出来るが、不利はいなめない。

 かつ、マスカレッドには、絞め技も関節技も通じない。

 試すまでもない。首に関しては、完璧に防具を固めており、ここを締めて効果があるとはとても思えなかった。寝技で一番怖い絞め技が効かないとなると、不利は余計に大きくなる。

 関節技にも、効かない技があるというのも、かなり痛い。試してはいないが、おそらく探せば穴はあるだろう。しかし、それを探している間も、綾香はマスカレッドの攻撃を防がなくてはならないのだ。

 何より、防御するので、それが効くのか、と思って狙って、実際は効きもしなかった場合、ほとんどマスカレッドは不利なしで綾香を引き込めることになる。そんなリスクを背負うのは、綾香の望むところではなかった。

 そんな理由から、綾香は、そうなるのを避けて攻防を続けて来たのだ。

 しかし、それは、ここに来て崩れた。少し綾香があせりを見せたところ、いや、普通なら気付きもしないそれに、すぐに合わせて来たマスカレッドがうまかった、とも言える。

 とにかく、こうなってしまっては、素早い動きで入出を繰り返す攻防は不可能だ。この近場で、削り合うような戦いをしなければならない。

 観客達は、また違った試合展開を期待して、歓声をあげている。

 見ているだけの観客達は気楽なものだが、綾香は、やはりあせりを顔には出さずに、マスカレッドの動きを待っていた。

 しかし、見方によっては、マスカレッドのみが有利、とは言えない状況のはずだ。

 マスカレッドが有利なのは、拳の硬さだけではない。防具自体の重さと、それを着ながら。軽々と動ける腕力にある。

 しかし、身体の大きさやパワー、そして迫力と言う意味では、綾香がすでに倒した8位、バリスタの方が上だろう。これは実力どうこうの問題ではなく、単純に持って生まれた先天的なものだ。

 そのバリスタを、綾香は多少の不覚は取ったものの、本気になったとたんに、圧倒的な差で勝っている。

 バリスタを倒せたのだから、それよりも体格的に劣るマスカレッドに、同じ状況で負けるということは考え難い。

 しかし、綾香は、あのときとは違うものをすでに感じ取っていた。でなければ、何故ここまで慎重になっただろうか。

 バリスタのときは、金網は普通のものだったので、持ち上げられて、叩き付けられる可能性があった。実際、タックルで金網に叩き付けられたあれが、今までマスカレッドで受けたダメージで最大のものだった。

 今は、金網は全てスプリング付きで、叩き付けられても、ダメージは引く。もちろん、間にある鉄のポールに叩き付けられれば大きなダメージはあるだろうが、少なくとも、叩き付ける場所が小さい、というのは大きい。

 しかし、反対に、ここには障害物がない。障害物自体は、身を隠すのにも適していたし、何より、それに足をかけることによって、体重の差を無視出来たのだ。

 今回は、まずそれがない。だから、体重のことを考えれば、綾香の今持つ体重で勝負しなければならないのだ。

 金網の近くに行けば、金網に足をひっかける、という手も使えるが、今は試合場の中央であり、おそらくマスカレッドはそんなへまは冒さないだろう。

 それに、何より問題なのは……

 綾香が、じっとしているのを、不利を知って慎重になっていることに、マスカレッドは気付いているのだろう。自分の有利を見て取ったのか、思い出したように、声を張り上げる。

「マスカフィールド、完成!!」

 よりにもよって、今の状況に、名前をつけたのだ。

 「おお、新技だ!!」「で、あれ何が技なんだ?」「ばか、お前、あの体格差で掴んだら勝ちだろ」「でも、バリスタ倒してなかったっけ?」「解説欲しいよな」

 歓声なのか罵倒なのか冷静な突っ込みなのかよく分からない観客達の声も、今の綾香にはまったく届いてなかった。

 ギリギリギリギリッ!!

 その地獄から響くような音に、観客達も、思わず黙る。

 綾香が、口をゆがめて歯ぎしりをしていた。かわいい顔が、今は見た者が恐怖にすくむほどの顔になっている。それでも綺麗さは損なわれていないのは、造形の勝利と言ったところか。

 まあ、綾香がそこまで腹をたてるのも当たり前だろう。

 自分が有利、いや、これで勝ったと思ったからこそ、マスカレッドは悠長に、キャラを作って技名までつけているのだ。

「……なめないで欲しいもんね」

「いや、これで終わりだ! ここからの逆転はない!!」

 綾香の絞り出す声に、マスカレッドは口調的には真面目に、つまり綾香から見れば、おちょくられているとしか思えない、ヒーロー口調で答える。

「やれるもんなら、やってみなさいよ!!」

 綾香の怒りが、とうとう爆発した。見ている者は、浩之でなくとも、身をすくめる、強烈な怒りだった。

 それを合図に、マスカレッドの攻撃が、始まった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む