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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(290)

 

 必勝のはずの手錠を外された、いや、外すしか出来なかったマスカレッドは、それでも立ち上がったが、すでにセリフはなかった。

 逆転はない、と言ったのに、それを綾香に覆されたのだ。言葉など、あろうはずがない。それに、投げのダメージでしゃべるのもおっくうなはずだ。

 対する綾香は、青あざのついた左腕は、血も出ているが、それよりも何よりも、力なくだらりと垂れ下がっている。

 決して、綾香だって有利、とは言えない。一発は頭突きを受けているし、左腕は打撃には使えはしないだろう。

 だが、それを正しく理解していたとしても、マスカレッドに、攻撃に意志が残っているだろうか?

 確実有利な状況を覆されるというのは、精神的なダメージが大きい。それも、手錠を外したのは、マスカレッドの意志なのだ。

 綾香の技の前に、マスカレッドの意志が屈した、とも言える。格闘技が、人と人のぶつかり合いである以上、意地の張り合いで負けた、というのは、ある意味普通にダメージを受けるよりも、よほど手痛いダメージがあるだろう。

 もし手錠を外していなければ、そのまま負けていたとしていた、そう思ったところで、押し負けた事実は、楔として心に打ち込まれている。

 しかしまた、それで折れる人間が、こんな場所に立ってなどいない、というのも事実。ダメージを負いはしただろうが、それで止まることはない。

 この世界、あきらめが悪い者など、ただ弱いだけなのだ。強ければ強いほど、悪あがきをしてきた証拠だ。

 マスカレッドは、ぐっ、と腰を落として、攻撃の意志を見せる。

 すでに見せた、マスカブレッド、突撃とスプリングの入った金網によって速度を増す、当たれば危険な技、だ。

 所詮、当たれば、という言葉がつく技ではあるけれども。

 すでにマスカレッドの攻撃を、綾香は見ている。最初の突撃は、あくまで防具で身体を隠すことによって、踏みだしなどを隠し、騙して打ち出されるからこそ速度が増したように見えるだけで、来ると分かっているのならば、綾香には避けられないものではない。

 それでも、綾香は構えを取るし、油断もしていなかった。そして、ネタがすでにばれていて、効果が薄いことも分かっているはずのマスカレッドも、打つことを躊躇しなかった。

「マスカ……」

 つぶやくと同時、一気に、マスカレッドの重い身体が加速、綾香に向かって突進する。綾香は、それをステップを踏んでするりと避けようとする。

 タイミングもすでに分かっているし、突進中に出来る攻撃の距離などたかが知れていた。綾香にとっては、避けるのなど、簡単な話。

 と、思った瞬間、マスカレッドの腕が、伸びた。

 ゴウッ!!

 腰を落とす、というよりも、腰から下の力を抜いて、倒れるように綾香はマスカレッドの、「予定よりも長く伸びて来た何か」を避ようとして、しかし、それですら間に合わずに、綾香は素早く首を回して、寸前のところでそれを避ける。

 右手を地面につくと、綾香はくるりと側転して、素早く立ち上がってバランスを取る。

 綾香の頬に、僅かに傷が出来て、綺麗な顔に血がたれていた。マスカレッドの攻撃を避けきれずに、頬をかすったのだ。

 伸びた、というのは比喩ではない。マスカレッドの腕は、伸びていた。正確には、マスカレッドの腕から、何か伸びていた。

 いつの間にか、マスカレッドの手に特殊警棒が握られていた。突撃しながら、特殊警棒を伸ばしたのだ。

「ブレイド!!」

 マスカレッドは、ちゃんと技の名前を叫びながら、そのまま金網に背中から、ぶつかり、体重を預け、ぐぐっ、と力を溜める。

 スプリングでつながれた鎖で勢いをつけて、そのまま突進する。速度が上がれば、それだけで怖ろしい技となるのに、それに特殊警棒のリーチが入れば、凶悪な技となる。

 ここに来て、マスカレッドは力まかせな方法を選んだのだ。

 並の小細工でも、並でないどころか、想定すらできないはずの小細工が、破られたとなれば、最後に頼みの綱とするのは、やはり正攻法だった。

 いや、それを正攻法と言っていいものか。

 防具によって相手の打撃関節をほとんど封じ、地面は土を選んで、自分に負担がかからないようにした上で、金網をスプリングでつなげることによって、加速をそこで得て、土で足を取られる不利を無くし、さらに特殊警棒でリーチと攻撃力を上げる。

 迫り来るマスカレッドを避ける為に、綾香は転がるようにして、左、マスカレッドから言えば特殊警棒を持つ右、に避ける。

 シュバッ!!

 低い体勢になると読んでいたのだろう、そこを、マスカレッドの特殊警棒が、狙ったように放たれるが、それを、綾香は転がるようにしていたところから一転、飛び上がって上を抜ける。

 ガッ、とマスカレッドの足が、地面に突き刺さった。高速で突っ込んで来て、それを防具に仕込まれた仕掛けを使い、普通なら足がどうにかなってしまうことろを、身体に負担をあまりかけない動きで、急停止する。

 しかし、それもすでに綾香は見ている。

 しかも、特殊警棒はもう綾香をねらって振られた後で、攻撃にまわるまでには、多少の時間を必要とする。それだけの時間があれば、綾香はすぐに体勢を立て直して、距離を取ることが出来る。

 と、届かない距離のはずなのに、マスカレッドは左の裏拳を放つ。

 がっ、とマスカレッドの腕に、綾香のキックが入った。腕へのダメージはほとんどなかったようだが、それでマスカレッドの攻撃が止まる。

 その左腕には、どこから出したのか、もう一本、特殊警棒が握られていた。もし、綾香が何も考えずに避けにまわっていれば、もしかしたら当たっていたかも知れない。

 しかし、綾香は読んだ。ここまで真正面から攻撃して来る以上、戦力を全て出すはずだと。そして、もしマスカレッドが武器を使うのならば、しかもそれが片手で扱えるような軽いものならば、両手に持たない意味がない、と。

 綾香は、そのままマスカレッドの腕を足場に飛ぼう、と考えた瞬間に、素早く蹴り足を下ろして、地面を蹴って距離を取る。

 マスカレッドは、あの一瞬の間に体勢を無理矢理整えて、綾香が足場にしようと自分を蹴るのを待っているのを察知したのだ。もし、足場を蹴った瞬間に引かれれば、綾香はバランスを崩して、距離を取るのに失敗していただろう。マスカレッドは、そこを狙うつもりだったのだ。

 マスカレッドの腕を足場にするよりは時間がかかったが、マスカレッドが待ちに入ったことで、綾香は難なく距離を取るのに成功した。

 マスカレッドの突進プラス不意打ちの特殊警棒の攻撃を避けきり、頬にいささか傷を負ったが、大したことはない、綾香は腕を下ろした左半身で改めて構えを取る。

 マスカレッドも、追撃をあきらめて、改めて、綾香に向き直り、両腕に持った警棒をクロスして、構えを取る。いや。

「マスカブレイド、これを見せるのは、お前が初めてだ!!」

 ほとんど正面を向いて、警棒をクロスさせている格好は、決して「構えている」とは言えないものなのだが。

 どこか間抜けな、いや、間抜けなはずの格好で、マスカレッドは吼えた。

 

続く

 

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