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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(291)

 

 そもそも、制限はあるものの、武器を許された試合で、武器を使用しないことの方がおかしいと言ってしまえばそれまでなのだ。

 マスカレッドが、今まで武器らしい武器と言えば、拳を鉄で固めているぐらいで、そんなものは、武器の優位性としてはあまり上等なものではないのだ。リーチを稼げる武器を携帯している可能性は高かった。

 だが、浩之としては、その武器、特殊警棒自体には、あまり不安を感じなかった。

 あのチェーンソーは、確かに武器を手足のように、もしかしたら、それ以上に使いこなしていたかもしれない。

 しかし、武器を持った選手は、マスカレイドの中には、あまりいない。いたとしても、上位に食い込める選手は、ほんの一握りだけのようだった。

 もっとレベルが下がれば、武器を持った選手は多いのかもしれない。しかし、マスカレッドでは、上に来ることは、あまり多くないのだ。

 簡単な話だ。マスカレイドにおいて、武器は絶対ではない、ということなのだ。武器を持ったからと言って簡単に強くなれるのなら、苦労はいらない。

 これが、刃物や飛び道具が許されているのならともかく、長さは一メートルまでで、刃物は駄目で、飛び道具も、自分で投げるもの以外は禁止されている。

 素人が武器を持てば、強い格闘家に勝つことも可能。それに嘘はない。

 しかし、それはあくまで、「スポーツの試合」を前提に鍛えた相手に対してなのだ。

 マスカレイドの選手は、その多くがケンカ屋で、ケンカでは武器が出て来ることなど日常茶飯事、しかも、鈍器よりも、もっと危険な刃物が出て来る可能性もかなり高い。

 そんな中で、それでも素手で戦って来たような人間が、マスカレイドで選手となるのだ。武器を持った程度の素人に負けるはずがない。

 そこからさらに上達すれば、武器の方が有利なことは多いが、所詮、まだ若い、むしろ幼いと言った方がいい人間の多い世界だ。熟練、というには、いささか年が若すぎる。

 武器は、確かに強いが、取り扱いが難しいのだ。それを越えれば、さらに強くなるだろうが、その前に、マスカレッドではつぶれてしまうだろう。

 素手を矜持として戦っている選手が、武器持ちの選手に手加減など出来ようはずもないし、そもそもする気もないだろう。

 浩之は知らない話だが、武器持ちと戦った選手ではなく、武器を持っていた選手の方が、再起不能の割合は多いのだ。浩之の目利きは間違っていない。

 しかし、反対に、その中で残った武器持ちの選手は、本当に強い。武器を持った上で、熟練という強さが加わった結果なのだから、当然だ。

 それでも、武器の有用性だけ手にして戦っていたはずのアリゲーターも、本当に武器持ちとして強かっただろうギザギザも、素手の相手に負けている。

 武器を持ったからと言って勝てるほど、甘い相手ではなかった、ということだ。浩之だけではない、横にいるランですら、それはよく理解している。

 そして、武器を持った、つまりマスカレイドでは最大限有利になるように準備をしたマスカレッドの前に立ちはだかる素手の相手は。

 さて、武器を持ったぐらいで、勝てる相手だろうか?

「ゼイッ!!」

 気合いを入れたマスカレッドの、両手の特殊警棒が、素早く綾香に振り下ろされる。

 綾香は、それを素早く避けると、あっさりと距離を空けた。必死さも何もない、自然な動きだった。

 マスカレッドは、ここまで武器を封印していた。何故か?

 綾香に知られたところで、武器を持っていることは不利にはならない。あの手錠は知られると途端に使うのが難しくなるが、単純な特殊警棒の場合は、不利などない。

 何より、武器を相手に取られる、という危険性が、ほとんどないのだ。何故なら、綾香は武器など使わないからだ。武器を使ったところで、綾香は強くなったりはしないのだから。

 しかし、それは、マスカレッドにも言えることだった。

 マスカレッドの打ち込みは速く、両腕を自由自在に扱っているようにも見える。普通ならば、なるほど凄いのだろうが。

 正直言って、綾香相手には、大して有効とは思えなかった。むしろ、意味のない行動だとすら思える。

 マスカレッドの特殊警棒を扱う姿は、それなりにはさまになっているが、残念ながら、洗練された動きでは、まったくない。熟練という言葉が、そこにはない。

 武器を使わなかったのではない、使う意味がなかったのだ。マスカレッドは、武器の扱いに、そこまで長けていない。

 浩之が相手なら、さて、浩之は一体いつまで逃げられるか微妙だが、綾香ならば、問題としない。

 初めて見せるも何も、それを見せねばならないほどせっぱ詰まっているだけなのだ。そして、それも、単なる悪あがきでしかない、と浩之には見えていた。

 案の定、表情を変えないので、どう思っているのかは分からないが、綾香の動きには、確実に余裕が見えていた。

 今は、マスカレッドの攻撃をどうさばくかではなく、どう攻撃しようか、と考えているようだ。むしろぞんざいに避けているようにすら見える。

 手錠を破った時点で、綾香の有利は、決定付けられたようなものなのだ。例え片手がダメージでろくに動かないとしても、全身に投げのダメージを受けているマスカレッドの、あの鈍った武器での攻撃など、綾香は問題としない。

 しかし、だからこそと言うべきか。

 浩之は、背後から、不安という薄ら寒いものを感じていた。

 マスカレッドの、特殊警棒による攻撃など、所詮は悪あがきだ。しかし、マスカレッドは、悪あがきで済ませるようなヤツだろうか?

 もしものとき、備えあれば憂いなし、とでも言わんばかりに、ピンチになったからと言って、武器を取り出す。

 それは、今まで見て来たマスカレッドの、正確に言えば、勝つ為には何でも準備する赤目のやり方と、ちぐはぐなのでは、と感じたのだ。

 悪あがきは、どこまで言っても悪あがき。そこから活路は見いだせない。そこそこの武器の使い手でしかない、かなり強いマスカレッドが押されたときに、そこで頼るものが、武器?

 ありえない、とまでは言わないものの、意味がない、とは言える。

 だから、浩之は漠然と不安を感じたのだ。違和感を感じたということは、そこに、作為的なものがある、ということなのだ。

 渾身のマスカレッドの右の特殊警棒が空を切り、マスカレッドの身体が泳ぐ。どんなに身体能力があろうとも、そこから体勢を立て直すのを一瞬で行うことは不可能。

 綾香は、その隙を見逃さなかった。

 体勢が崩れたマスカレッドの懐に入り込んでの、突き上げる掌打を狙おうとしたのだ。

「綾香っ!!」

 ぞくり、と浩之の背中に悪寒が奔り、浩之は叫んでいた。

 しかし、浩之が叫んだときには、すでに時遅かった。

 シュパァァァンッ!!!!

 完全に体勢が崩れた上に、渾身の力で振ったはずの右から放たれた、神速とも言えるスピードの裏拳が、懐に入り込もうとした綾香の顔面に、カウンターぎみに、直撃していた。

 綾香の細い身体が吹き飛ぶと同時に、パッ、と試合場に、赤いものが、飛び散った。

 

続く

 

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