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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(293)

 

 それを聞いた観客達は、一様にざわついている。どう判断したらいいのか、分からないのだろう。

 マスカレッドが、色々と仕掛けを持っているのは、誰でも知っている話だ。それで勝って来たことも少なくない。

 しかし、この『機械仕掛けの裏拳(back hand blow of machine)』を、許していいものなのかが、観客達にも判断つかないのだ。

 マスカレイドは、決して学芸会でも、ロボットコンテストでもない。あくまで、武器を使おうがどうしようが、肉体と肉体の戦いのはずなのだ。当然、一方的になってしまう刃物や銃器は禁止されている。

 その意味で、マスカレッドの裏拳は、微妙な位置にあった。

 確かに、マスカレッドのそれは、飛び道着ではない。距離的に言えば、自分の裏拳が当たる距離でしかない。例え手に警棒を持っていても、距離を稼ぐには手首を返すしかなく、あの動きでは、それは出来ない。

 しかし、動力が、人間ではない、というのは、大きく問題となる。極端な例を出せば、電動でもエンジンでもいいが、何かの動力で、八方に鉄の棒が伸びる仕掛けをしたものを身体につけて戦えば、勝率は高そうだが、それはもう格闘技ではない。ケンカであるのかどうかも、かなり怪しくなってくる。

 マスカレッドの裏拳は、言ってしまえばそれに近い。本人以外の動力を使うというのは、反則と思われても仕方ないだろう。

 例え、裏拳という形を取り繕っていても、本質は武術とは大きくかけ離れたものなのだ。それを、簡単に認められる訳がない。

 浩之は当然、それは駄目だろうと思ったし、ランも完全にアウトだと思った。というか、そんなものを使ってマスカレイドで戦うな、と今はマスカレッドの応援をしなければならない立場なのに、腹を立てたぐらいだ。

 しかし、それを、綾香はこう言い捨てた。

「確かに、私が聞いたルールに乗っ取っても、反則じゃないものね。なかなかやるじゃない」

 何と、綾香は、それを認めるどころか、誉めさえしたのだ。

 ありえない、と観客達は思ったろう。

 そう、ルールのどこにも、人間以外の動力を使ってはいけない、という事項はない。跳び道具はそれなりに厳しくルールが定められているが、手から離れないものは、1メートル以内で、刃物でなければ許されているのだ。

 マスカレッドの裏拳は、刃物ではないし、距離も裏拳が当たる距離でしかなく、ルールにまったく反していない。

 しかし、だからと言って認めるかどうか、となると大きく話の違うところだ。はっきり言って、マスカレッドが、いや、赤目が、最初からルールの穴として作っておかない限り、考えつくはずのない作戦だった。

 いや、考えられたとしても、反則だと勝手に判断してしまうだろう。実際、試合で使って止められる可能性は高い。そんな危険なことを、誰もしたいとは思うまい。

 だから、それを使えるのは、ルールを決める立場にいる赤目で、赤目が演じているマスカレッドだけだ。

 卑怯、とすら言える戦法だ。そして、マスカレッドにしてみれば、一度でいいのだ。この予測がつかない攻撃は、実力が上がれば上がるほど、警戒されにく攻撃なのだ。誰がどう見ても、そこからの反撃はないし、実力が上がれば上がるほど、ここからはない、という確信は大きくなるからだ。

 ただ一度きりでいい。普通に戦っても、マスカレッドは一度しか負けないほどの強さを持つのだ。もし、負けそうになったとき、ただそれ一回を凌げば、また当分は安泰なのだ。

 もしかしたら、チェーンソーに負けた、ただ一回のその敗戦が、マスカレッドにこの作戦を用意させたのかもしれない。

 しかし、さて、もしチェーンソーのときにこの攻撃を使っていれば、マスカレッドは勝つことが出来ただろうか?

 いや、出来た出来ないは、所詮可能性でしかなく、少なくとも、勝つ可能性は上がっていただろう。

 そして、一度勝てば、後は封印してしまえばいいのだ。不評だったから、ルールに新しく記載するとでも言えば、ただ一度きりの使い切りだが、誰も真似出来ない必殺技となる。

 誰がどう見ても卑怯としか言えない戦法。

 だが、それを、綾香はあっさりと認めたのだ。

「もっとも、私としては、予測してたしね。対して怖いものじゃないわね」

 結局、綾香も現金なもので、自分に通用しなかったから、問題なし、と言っているのだ。

 何かある、と綾香は警戒していたのだ。場合によっては、防具が違う動力で動く、ということすら、可能性として考えていたのだろう。

 だから、綾香は致命傷を避けることが出来た。まあ、予想以上のスピードで、さらに何と言っても、大きなチャンスだったので、とっさに手を出そうとしていたから、その分鼻血、という綾香としては嬉しくない結果を招いたが。

 すでに、綾香としては、その裏拳は怖くない、と考えているのだ。

 怖くない? いや、そんな訳がない。

 知られてしまっても、マスカレッドの裏拳は、いや、知られたからこそ、いつでも使えるようになるのだ。

 自分の体勢関係なく、神速のスピードで裏拳が放てるのだ。それを有効と言わずして、何を有効と言えようか?

 しかも、もしその裏拳に、マスカレッド本人の裏拳のスピードも負荷されたことを考えると、それは達人をも越えるスピードと化すだろう。

 綾香がしなければならないのは、観客をあおってでも、マスカレッドの裏拳を封じることだ。実際、どっちが卑怯かと問われれば、間違いなくマスカレッドの方が卑怯なのだから、それぐらいのことをしても、綾香を責める者はいまい。むしろ推奨さえするかもしれない。

 警戒しても、鼻血を出す結果となった、卑怯と言える攻撃を、綾香は許すというのだ。むしろ、使って来いとすら言う雰囲気だった。

 マスカレッド本人すら、それに驚いたのか、綾香に言う。

「いいのか? この技、連発すればお前に勝ち目はないぞ?」

「技、というのはさすがに厚顔過ぎる気がするけど……まあ、やれるもんならやってみれば?」

 技、とは綾香も認めていないらしい。しかし、使うことを認めているというのは、おかしな話だ。

「もっとも……」

 綾香の目が、一見気軽だが、しかし、全てを見透かしたように、マスカレッドに注がれていることに、浩之は気付いた。

「そんなもの、連発出来れば、の話だけど」

 それは、甘い、とすら浩之は思った。一度使った以上、マスカレッドは、観客全員にブーイングを受けても、それを使うだろう。

 綾香相手に、出し惜しみなど出来ない。おそらく、全ての仕掛けを出してしまった後なら、なおさらだ。

 しかし、綾香の言葉に、無言になるマスカレッド。それは、だったら使ってやろう、という感じではなく。

 むしろ、痛いところをつかれたように、浩之には見えたのだった。

 

続く

 

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