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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(294)

 

「ほら、許してあげるから、いくらでも使って来なさいよ」

 くいくいっ、と綾香は、手で誘ってマスカレッドを挑発する。

 実際のところ、綾香に許してもらう必要などない。ルールで確かに、明記されていない以上、それは反則ではない、と言い切ればいいだけなのだ。

 それに、大前提が違っている。確かに、マスカレイドにはルールがある。しかし、それを守らなければならないのは、何故だろうか?

 マスカレイドで戦うから、マスカレイドのルールを破るようならば、マスカレイドで戦えなくなる? なるほど、そういう考え方もある。

 しかし、もし、マスカレッドが、つまり主催者側の人間がこれを行ったら?

 ファンは離れるかもしれない。しかし、おそらくは、それでも観客達は残る。ルールは無きに等しくなったとしても、そこが一対一で戦う暴力の場であることには変わらないのだ。その防鹿を見たくて、種類は変われど、人は集まるだろう。

 しかし、今問題なのは、後のことではない。この、今の戦いのことだ。

 マスカレッドは、逡巡している。このまま戦った後の、マスカレイドの今後の試合のことを考えているのだろうか?

 いや、それはない。少なくとも、一度使ってしまった以上、この試合は、マスカレッドは、その裏拳を使わない意味がない。

 勝てるのなら、それを使って、何としても勝っておくべきなのだ。それを使わずに勝てる、と思えるほど、甘い相手ではないのだから。

 しかし、マスカレッドの脚は前に出ない。今さら、カウンターを狙う訳でもないのに、マスカレッドの方から攻撃しない意味がない。

 ふふ、と綾香は笑った。マスカレッドが何を考え、そしてマスカレッドが、何を躊躇しているのか、彼女は分かっているのだ。

「出来る訳ないわよねえ? その右腕、使い物になるの?」

「……」

 マスカレッドは、動かない。そう言われたところで、右腕を庇う訳でもないのは、ただ単に、防具があって打たれても問題がないからなのか?

 いや、そもそも、今まで、綾香はマスカレッドの腕を攻撃しただろうか?

 綾香なら、無防備に立っている相手なら、蹴りつけて腕を折ることも可能だろうが、マスカレッドはかかしのように立っている訳もないし、そもそも、その防具の中で、腕の防具はかなり厚い部分だろう。

 装甲が厚く、衝撃を逃がせるマスカレッドの腕にダメージが集まる可能性は、皆無だ。

 だが、浩之も言われてやっと気付いたが、マスカレッドの右腕が、下にだらんと垂れ下がっているのだ。左半身になったとしても、普通は胸元に引きつけるか、前に出すかするはずなのに、まるで無防備だった。

「ちゃんと説明しないと、観客の人には分からないかな? 振った腕を、機械仕掛けで無理矢理反対に動かせば、そんなの壊れるに決まってるじゃない」

 綾香が、最初の方で一度見せた、相手の打撃に合わせた、打撃関節技。あれの原理は、相手が自分で伸ばしきったところを、さらに自分の力を加えて壊す、という実に理にかなった技だ。それを出来る反射神経と腕さえあれば、簡単に相手の腕を使い物にならなく出来るだろう。

 マスカレッドの今の右腕は、その状態に似ている。違う部分は、限界まで動こうとした腕の関節が、無理矢理反対に動かされた、というところだ。

 簡単に言えば、マスカレッドの腕は、かなりのスピードで硬いものに正面衝突した形になったのだ。

 しかも、裏拳が無茶なスピードであったということは、腕は衝突した後も、そのスピードで無理矢理反対に動かされることになる。

 まさに、一人関節技、いや、一人自動車事故とでも言おうか。

 下手をすれば、重大な後遺症を残しかねない。おそらくは、何度ももっと遅い速度でそれを練習してはいるだろうが、しかし、それでも腕が壊れるのは、回避できなかった。

 身体が、絶対こちらには打撃が来ない、と分かる体勢でなければ、綾香はひっかからない。それを分かっている以上、例え体勢に無理がある状態であっても、いや、無理があるときを狙ってマスカレッドはそれを放つしかなかった。

 その代償に、綾香は鼻血を噴いて、マスカレッドは右腕を壊す。

 それは、分の良い賭けなのか、まったくの無駄だったのか。

 それに、と綾香は思う。

 わざわざ説明しなかった、それが確実とは言い切れなかったからこそなのだが、おそらくは、腕が健在でも、あの裏拳は来ない、と綾香は読んでいる。

 なるほど、マスカレッドの仕掛けは、素晴らしい、と言ってもいいぐらい多種多様で、凝っている。武器を持っていない、と見せかけた状態ならば、プロでもひっかかるだろう。

 しかし、反対に言えば、隠せている、ということであり、隠せるほどの仕掛けしかできない、ということなのだ。

 細くてもトン単位の重さを維持できるワイヤーぐらいならまだしも、動力部となれば、しかもマスカレッドの振りのついた腕を無理やり反対に折るほどの動力となれば、さて、あんな小さいものの中に入れることが出来るのか?

 重さの問題もある。重いのはマスカレッドの有利な点の一つではあるが、あまりに重いと、さすがにマスカレッドでも動きが鈍るだろうし。

 何より、これは案外大事なことなのだが、機械というのは衝撃に案外弱く出来ているのだ。それこそ、綾香の打撃を直に受ければ壊れてしまいかねないほどに。

 そんな情報から考えれば、マスカレッドの裏拳の仕掛けは、おそらくはかなり原始的な、反対に言えば、壊れにくい形で出来ているのだろう。

 しかし、それはとりもなおさず、一回のみ使用が可能、という部類の仕掛けの可能性が高い。

 もちろん、可能性の話であって、実際は何度でも、それがなくとも、何度か使用できるのかもしれないが。

 あんな腕の状態で、しかも綾香を倒すつもりで使えば、それこそ腕が千切れかねない。

 それでも綾香に勝ちたい、というのなら、綾香は謹んでその攻撃を受けるつもりだった。真正面から受けて、それを撃退するつもりだった。

 それが出来るからの綾香。それをやろうと考えるからこその綾香。

 とは言え、綾香の方も、左はあまり使い物になる状態ではない、それでもマスカレッドよりはよほど軽傷だろうが、のだから、状態はどっこいどっこいのはずだ。

 マスカレッドの手には、特殊警棒はまだ握られているし、もしかすれば、他の隠した仕掛けが残っているのかもしれない。

 しかし、そういう状態を踏まえた結果、綾香は、言い切った。

「そろそろ、決着でもいいんじゃない?」

 もちろん、これで終わり、という意味ではない。

 ここらへんで、そろそろ終わりにしてやろう、という、綾香の宣言。

 口にははっきりとは出していないが、当然、勝利宣言だ。

 それを、マスカレッドは聞いて、さっきまではぴくりとも動かさなかった身体を動かし始めた。

 

続く

 

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