作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(300)

 

「……一つ、いいですか?」

 ランが、物凄い不機嫌な顔をして、挙手をして発言する。

「この二人が、何故ここにいるんですか?」

「まあそう言うなよ、ランちゃん。こっちのちっこいのは知らねえけど、俺のいじましい努力の邪魔しないでくれ」

「こいつはよく分からんが、俺がここにいて悪いか? ついでに俺は小さくねえよ」

 挙手もせずに言いたいことを言う二人に、ランは余計に不機嫌になる。というか、ほっとくと殴りかかり、まあランの場合は蹴りかかるだが、そうな雰囲気だ。

 ランには、この状況はあまり居心地の良い状況ではないようだ。いや、坂下だって、別に居心地がいいとはまったく思っていないのだが。

 大して気にするほどの状況でもない、というのが、坂下の判断だった。

 格技場の裏、普通なら一昔前の不良かいちゃいちゃしたいが金のない高校生のカップルぐらいしかいそうにない寂しい場所だが、今日はいささか人口密度が高い。

 ここにあるのはせいぜい巻き藁ぐらいなのに、こいつらは何が嬉しくてこんなところにいるんだか。

 もちろん、ランはその巻き藁を使って練習するのだから問題ないのだが、後の二人は、坂下としても、ここにいるのが謎だった。

 少なくとも、真面目に練習、という気持ちでここにいるとは到底思えない。不真面目に練習、という言葉がぴったり来そうだ。

 それでも、空手部の男子の中では、現状上から数えた二人なのだから、ままならないものである。

 仕方ない、これも部長の役目か。

 坂下は、ため息をついて、とりあえず聞き分けの良さそうな方、比較しての話だ、に話しかける。

「健介」

「あぁ?」

 先輩に対する態度がなっていない。健介が何故か敬意を払うのは葵だけというのだから、よく分からない世界である。

 坂下は、大きくため息をつくと、ぎらり、と健介を睨み付ける。

「さっさと戻って基本練習に戻りな」

「う……ふ、ふん、俺は暴力には屈しないぜ。自分の方が強いからって何でも言うこと聞かせられると思ったら大間違いだ」

 腰が多少引けながらも、勇気があるのかバカなのか、坂下に反論する。御木本など、すでに横で十字を切って冥福を祈っているほどだ。他人事ではないような気もするのだが、そこは腐ってる御木本のこと、問題ではないのだろう。

 ゴッ!!

 問答すらなかった。坂下の電光石火の一撃が、健介の前頭葉に叩き付けられ、御木本にはちっこいと言われたが、決してちびではないはずの健介の身体が、腰を中心にして半回転、あっさりと地面に落ちる。

 リンチとか色々問題になっているこのご時世だが、坂下の教育には容赦がなかった。まあ、普通なら相手の前頭葉など殴りつければ、自分の拳がどうにかなるところだが、坂下のそれは、すでに凶器だ。

「うわっ、死んだな、こりゃ」

「御木本、次はあんたの番だって分かってるのかい?」

 こちらは、警告すらなし。そもそも、警告とか通用するようなかわいい性格ではないのは、例えどんなに優位に立っても、坂下は忘れていない。

 よって、手加減も、ほとんどない。

「へへへ、あいにくと俺はマゾじゃないんでね。いくら好恵には溢れるほどの愛があっても、そう簡単に捕まると思う……」

 どさくさにまぎれて何か言っているようだが、坂下は無視。ランは知っているからいいとして、そこで倒れている健介は、すでに意識がないと判断したのか。

 と、御木本は言葉を止めた。

 すでにリタイア、と思っていた健介が、御木本の足首をがっちりとつかんでいたのだ。

「あ、こらこのチビッ!!」

 何度も言うが、健介はチビではない。御木本と比べれば低いだろうが、平均から言えば高い方ではないだろうか? ただ、そう言われてむかっと来ない男子もあまりいまい。

 御木本なら、倒れている健介に止めを刺すぐらい造作もないことなのだろうが、すでに逃げる体勢に入って腰の引けていた状態では、蹴ることも出来ない。しかし、一歩近付くということは、臨戦態勢というか、殺る気満々の坂下に近付くということで。

「健介、そのまま握っておいたら、話ぐらい聞かせてやるよ」

 その言葉に反応したのか、それとも道連れが欲しかったのか、健介は全力を持って御木本の足首を掴んだ。それは、あたかも足をひっぱりあう愚者のようだというか、まんまそう。

「てめ、はなゲフッ!!」

 坂下の、ちょっとだけ手加減した、つまりあんまり手加減されていない前蹴りが、それでも素早くガードをした御木本の腕を吹っ飛ばして、ついでに身体を、足首をつかんでいた健介を引きずるように吹っ飛ばした。

 死して屍。いや違う、死屍累々。

 見ていたランは、ちょっと気分が晴れた。ランの気分を少し晴らせるだけにしては、少々死体が多いような気もしないでもない。

 坂下も、容赦がない。

「く……これも好恵が俺のことを身内だと思っての、ちょっと過激なスキンシップだと思えば」

 ゾンビのような生命力を持って御木本が身体を持ち上げる。というかこれほどの打たれ強さは、試合中にすら見せない気もする。

 ガスッ!!

「よしっ、なかなかいい蹴りだ、ラン」

「て、てめえ、覚えてや……ガックリ」

 ゾンビに対しては、ランも遠慮がなかった。

 しかし、そういう意味では、この二人、ランも健介も、かなり空手部になじんで、すでにもう普通の部員と化している。

 健介のこだわりぐらい、御木本のバカに比べれば大したことはないし、ランは部員やクラスメイトに当たる分には、かなり温厚なのだ。

 自分のように手と口を一緒に出すのもどうかと、自分のことは棚に上げて思う坂下だったが、ランのこういう変化は、望ましいことだと思った。

 その所為で、御木本が被害を受ける分には、坂下としては問題ない。何、かわいい後輩のやんちゃぐらい受け止められなくて何が先輩か。

 やんちゃな後輩を一撃でのした坂下は、それをおくびにも出さずにうんうんと頷いた。

 と、まあなかなか平和な暴力が吹き荒れた後、何故か二人(もちろん殴られたり蹴られたりした方)は正座をさせられ、坂下の話を聞けることとなった。

「まったく、二人とも、どこで感づいたんだか」

「好恵のことならほくろの数……いやすまん、まじで悪かった。ほくろの数も知りたいと言いたかったんだ」

 それもかなりどうだろう?

 とりあえず一発殴るだけで許してやって、健介の方に聞く。

「そりゃ、そこまで殺気みなぎらせてたら、気付くって」

 そんな端的な言葉に、坂下は感心する。

「一応、隠してたつもりなんだけど」

「表面上はな。でも、俺もバカじゃねえんだ。次のことを考えたら、おのずと答えは見つかるだろ。だから最近は注意して見てたんだよ」

 それで田辺に殴られていたのをランは知っていたが、武士の情けで黙ってやることにした。とりあえず健介のおかげで、御木本を蹴れたのだから、それぐらいのお目こぼしをするほどには、ランは鬼ではない。

「へえ、バカかと思ってたんだけど」

「最近、自分のバカさ加減に飽き飽きしてるがな」

 ぼそっ、と健介はつぶやいたが、とりあえずいやらしい御木本ぐらいしか聞き取れなかったようだ。

「ま、感づいてるんなら、今さら言うまでもないけど」

 すっ、と坂下の目が、細くなる。目の前にいた健介などは、それだけで走って逃げたくなったが、それを気力を振り絞って我慢する。

 それほどに、坂下の本気は怖いのだ。

「次の、試合の相手が決まったよ」

「それは……」

 それを聞いて、ランも、やっとそのことの重要さに気付けた。さっしの良さ、という意味では、健介や御木本の方が何倍も良かった、ということだろう。

 坂下は、相手を、端的に言った。

「チェーンソー」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む