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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(313)

 

 真正面から、と言っても、お互いに素直に真正面からぶつかり合うほど、どちらも相手のことをなめてはいなかった。

 蹴りの距離に入るぎりぎりのところで、アリゲーターが前進を止めて、蹴りを出してくる。そのまま、慣性の法則で前に出れば、丁度健介の頭に入る位置だ。

 それを、健介は、膝を落としてかいくぐる、と思ったときには、ガードを固めていた。

 バシイィィッ!!

 アリゲーターの腰の乗った蹴りは、健介のガードの上に当たり、お互いにバランスを崩すようにして、二人は距離を取った。

 ハイキックだったはずの蹴りの起動を、アリゲーターは、健介が膝を落として体勢が低くなるのを見て軌道修正したのだ。

 ただ、ガードは完全に間に合ったし、もともとハイキックのつもりで放った蹴りの威力は、完璧とは言い難く、それがダメージを殺していた。

 とは言え、それでも今の健介には効く。

 膝を落とすようにして体勢を落としたのだって、脚の力をかなり使う。今の健介には厳しい動きだった。

 しかし、その程度で根をあげるほど、今の健介のテンションは低くない。

 それに、先ほどから健介は、アリゲーターに一発も打撃を当ててはいないが、それでも、完治していない右拳や、カリュウにやられた傷に響いているはずなのだ。

 傷みで傷に響けば、それだけで手足が縮まる。動きが鈍くなれば、今のダメージをかなり無視できる健介なら、十分戦える相手だ。

 しかし、それに関して、健介はすでに疑問を持っていた。

 アリゲーターの動きが良すぎるのだ。すでに十分KOのダメージを受けて動いている健介が言うことではないが、傷みがあるのなら、アリゲーターの動きはもっと鈍ってもいいものなのだ。

 痛み止めか、それともクスリでもやってるんじゃないだろうな?

 健介の予想は、ずばり的中している。

 アリゲーターは、最近街に蔓延しているアッパー系の覚醒剤を、売人を襲って手に入れて、使っているのだ。

 覚醒剤の顧客リストにもおらず、そもそも、正体を隠して電撃のように襲った以上、そう簡単にばれたりはしない、と判断したのだろうが、まさにアリゲーターにとってみれば覚醒剤の売人も何も関係ない。

 ちなみに、そちらの話は、この話とはまったく関係ないところで大がかりに摘発が行われて、ほとんど壊滅しているので、そっちの手でアリゲーターが狙われることはないのだが。

 とにもかくにも、アリゲーターは、今は傷みを感じていないのだ。だから、平気で攻撃できるし、もしかしたらまだ骨がつながっていないだろう右拳でも攻撃して来るかも知れない。

 しかし、何よりも凄いのは、アリゲーターは、ほとんど覚醒剤の知識がない、にも関わらず、理性、まあもとから理性なんてあってないようなものだが、を保っていることだ。

 ケンカになると、完全に全ての欲を制御出来る。例えクスリが入っていてもだ。覚醒剤の効きには個人差があるが、アリゲーターは、まれなタイプだろう。

 しかし、今の健介だって負けていない。今の健介は、脳内麻薬が出まくっている。骨折しようが何をしようが、止まる訳がない。

 体勢を立て直すと、健介は力が抜けそうになる脚に、無理矢理力を込めて、アリゲーターに向かって飛び込みながら、今度はこちらとばかりに、アリゲーターのあごを蹴り上げようと足刀蹴りを繰り出す。

 それを、アリゲーターは、後ろに距離を取りながら避ける。横に避ける余裕まではなかったのだろう。

 お互いに、相手を倒すためには、完全に意識を絶ち切るしかないのだ。ダメージだけでは、お互いに、止まらない。

 だから、牽制が効かない、という意味では、これは普通の戦いではない。二人が避けているのは、頭に当たる攻撃だからだ。

 ダメージはごまかせても、脳震盪で手足に力が入らなくなるのはどうしようもない。腕の一本をやって、頭を殴れば、それで勝てるのならば、そうするだろう。

 二人とも、だからこそ相手の頭部を狙う。アリゲーターなどは、相手の手足を狙うのを得意としているのに、それなのに、執拗に頭だけを狙っている。

 それは、健介にはそれなりの考えがあってのことだが、さて、アリゲーターはどういうつもりでそうしているのか。それもアリゲーターの才能がなせる技とでも言うつもりか。

 アリゲーターの、ナックルの所為で必殺にもなりうるワンツーを、健介は何の警戒もなく、手ではじく。下手に受ければ、それだけで手の骨にひびが入ってもおかしくないのだが、今の健介には、そんな恐怖はない。よって、恐怖ですくまなかった分、そんな下手はしない。

 健介は、それのお返しとばかりに、アリゲーターの股間を蹴り上げる。

 さすがに、それはうけるとまずいと、下手に理性が残っているアリゲーターは感じたのか、それを後ろに下がりながら避けると、リーチの長さを利用して、健介にハイキックを繰り出す。

 それを、健介は今度こそかいくぐると、一直線にアリゲーターに向かって走り込んだ。しかし、ハイキックを避けられた後とは言っても、アリゲーターにはまだ余裕がある。素早く脚を戻すと、突っ込んでくる健介を待ちかまえる。

 健介の身体ごと打ち込むような独特の動きのパンチに、アリゲーターがカウンターを合わせた。

 バシュッ!!

 お互いの拳が、相手のほほを、同じように削り、血が跳ねるが、しかし、それでも二人の動きは鈍らない。

 攻防は、一進一退だった。お互いの状態から考えれば、実力は拮抗、いや、本当の実力分、健介の方が分が悪いだろうか。

 ここに来て、似通った状態の二人に、差が生まれだしていた。

 片や、これが目的ではなく、ただ邪魔をされているだけ。ここで終わりではないのだから、無茶は出来ないと考えていた。

 片や、このゲスを止めるのに、自分の身などまったく考慮に入れていない、ここで倒れても、相手を倒せばそれでいい、と思っていたし、実行に移していた。

 理由を見つけるのなら、その捨て身の気迫が、実力で言えば上のはずのアリゲーターを押し始めた要因だった。

 相手のナックルなど、もう目にすら入っていない。倒れないのならば、どこでも打たせてやる、という気持ちで攻める実力で劣る方だが、しかし、二人の間には、圧倒的な差はないのだ。

「ちっ」

 まさか、こんな関係ないところで苦戦するとは思っていなかったアリゲーターは、押され出したのを感じて、忌々しげに舌打ちする。

 こうしている間にも、時間は過ぎているのだ。この状況で、坂下が来てしまったら、アリゲーターだって、勝ち目がないことは分かっている。

「いいかげんに、死ねよ!!」

 健介の目を隠すように、顔面に向かって、拳を繰り出すアリゲーター。

 しかし、それはおとり。本命は、この至近距離だからこそ、来るとは思っていないであろう、タックル。

 倒してしまえば、後はどうでも料理出来る、とアリゲーターは判断したのだ。何も、実力が拮抗している打撃でバカ正直に戦う必要などないのだ。

 素早く健介の腰の位置に入り込んだアリゲーター。しかし、それは、あまりにも勝負を急ぎすぎた行為だった。

 ガスッ!!

 とうとう、その頭を、健介のフックが、捉えた。

「ぐっ!!」

 たまらず、アリゲーターは距離を取ろうとしたが、逃げるアリゲーターに、さらに健介のストレートが追い打ちで入る。

 ズバシッ!!

 腰はあまり入っていない、どちらかと言えば手打ちに近いパンチだったが、ガードもなしに、アリゲーターはそれを直撃で喰らってしまった。

 クリーンヒットを取っても、健介は動きを止めなかった。それどころか、さらに追い打ちをかける。

 ここで、このゲスを倒しておかないと、絶対に駄目だ。

 だから、健介は手加減も何もせずに、アリゲーターに向かって拳を突き出した。窮地に陥ったアリゲーターが、一瞬早く、健介のボディーを狙って腕を動かしたのは確認していたが、回避する必要すら感じなかった。

 それで肋骨が折れても、最悪ナイフで刺されても、この一撃でアリゲーターを倒せば、健介の勝ちなのだ。

 健介の拳よりも、先にアリゲーターの攻撃が健介の腹部に当たり。

 健介は、そこから受けたことのない、強烈な衝撃を受けて、その場に崩れ落ちた。

 

続く

 

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