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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(314)

 

 今まで受けたことのない衝撃を受けた健介は、その場に膝をついた。と同時に、アリゲーターも、ダメージが大きかったのだろう、その場に膝をついていた。

 二人は、同時に膝をついたが、次に立ち上がったのは、一人だった。

 そして片方が立ち上がると同時に、もう一人は、力が抜けたように、地面に伏した。

 しかし、立ち上がった方も、無傷どころか、やっと、という様子で、しばらくは膝に手を置いて、息を整えていた。

「はあっ、はあっ、はあっ……くそっ」

 それは、フルフェイスのヘルメットを被った方、アリゲーターだった。息も絶え絶え、という状態で、悪態すらつけないが、しかし、両の脚で立っているのは、このゲスの方だった。

「ザコのくせに、手間取らせやがって」

 倒れた男を、アリゲーターはヘルメットごしに睨み付ける。普通なら、目の前で倒れている男に、これ以上ない制裁を加えるところだが、残念ながら、今のアリゲーターには、その体力も惜しかった。

 確かに覚醒剤を使用して、傷みは消しているが、それをあまりアリゲーターは信頼していなかった。確かに、アリゲーターに自覚はないが、効きにくい体質だということは、傷みを取る効果も薄いということだ。

 それに、頭に入った衝撃は、どうやっても防げるものではない。傷みがなくとも、吐き気は感じるし、身体が動かないのでは、傷みを消した意味もない。

 心肺機能の方も、クスリではどうにもならない。久しぶりの激しい運動は、今のアリゲーターには非常に苦しい。

 アリゲーターが、わざわざ今まで手を出さなかった覚醒剤に手を出したのは、ダメージの不利を無くす為だ。だから目的は快楽ではなく、傷みを感じなくすることである。しかし、それが長くもつとは、あまり思っていなかった。

 だが、それにしても早過ぎる、と感じていた。

 くそっ、まじで長くないか?

 身体を動かした所為なのか、アリゲーターは自分の右拳に痛みが戻りつつあった。

 クスリが少なかったか? いや、あんまり取ると、身体が自由に動かなくなるかもしれない、これ以上はクスリを使うのはリスクがでかすぎる。

 自分の快楽第一のアリゲーターだが、自分の腕力以外で手に入るものは、信じていない。クスリなど、他人と同じで信じるに値しないのだ。

 ましてや、扱っていたのは、クズのような人間だ。信じろ、という方が難しい。もっとも、アリゲーターにとってみれば、自分以外の人間は、全てクズだと思っているのだが。

 とりあえず、準備だ。もし、坂下のアマが警察をつれて来たときは、素早く逃げないといけないしな。

 どう見ても破滅に向かっているとしても、アリゲーターの頭は明晰に動いていた。方向は完全に間違っているが、その方向であるのならば、ちゃんと考えられるのだ。

 あせる必要は、もちろんある。人質に一度失敗すれば、二度と成功するとは思えない。大人数で帰られたら、もう手は出せない。この倒れた男のレベルがもう一人いたら、自分も危なかった、という自覚はあるのだ。

 アリゲーターが、色々と思考を巡らしながら、動こうとしたときだった。

 ぐいっ、と足を引っ張る感覚があって、アリゲーターはその場から動けなかった。

 倒れた男、健介が、アリゲーターの足首をつかんでいたのだ。アリゲーターの背筋に、一瞬冷たいものが走る。

 こいつ、動けるのか?

 アリゲーターは、一瞬あせったが、しかし、健介にそれ以外の動きはない。

 そう、意識はあるだろうが、身体は動かないはずだ。アリゲーターの奥の手を受けたのだ。動ける訳がない。

 おそらくは、最後の力で、アリゲーターの足首をつかんだのだ。アリゲーターを、ここから動かさない為に。

 おそらくは、坂下の為に。

 アリゲーターは、ぎりっ、と歯ぎしりをする。

「……このクソが、最後まで、俺を苛立たせやがって」

 弱いやつが、最後までアリゲーターの邪魔をする。それはもう、アリゲーターにとって、完全に許せない行動だった。

「そんなに死にたけりゃ、サービスだ、殺ってやるよ」

 アリゲーターは、健介の手から足首を抜こうと、力を込める。

 が、健介の手は、全ての力をそこに集中したかのように、外れない。

 アリゲーターは、ねばりなどしなかった。ちっ、と舌打ちすると、倒れた健介の顔を、空いた脚で、思い切り蹴り上げた。

 バカンッ!!

 まったく抵抗することなく、健介の頭部に、アリゲーターの脚がクリーンヒットする。倒れた相手に対する頭部への蹴りは、殺してしまいかねない技だが、アリゲーターは、まったく手加減しなかった。

 そうやってダメージを当ててから、いや、殺すつもりで蹴ってから、脚を抜こうとする。

 が、それでも健介は、その手を放さなかった。

「……」

 無言であったし、ヘルメットに隠れて見えなかったが、鬼の形相をして、再度健介を蹴りつける。

 ガコッ!! ガスッ!! ゴッ!!

 健介の身体は、ぐったりとして動かない。それでも、アリゲーターの足首をつかんだ手は、外れなかった。

 バシィッ!!

 自分をつかんでいた腕に、蹴りを入れて、腕の骨を折る感覚をアリゲーターが感じて、やっと、健介の手がアリゲーターの足首から外れた。

 自由になったアリゲーターは、二、三秒考えた。ここで、この男を殺すか、それとも、坂下を倒す為に、体力を温存しておくか。

 答えは、すぐに出た。

 すでに、アリゲーターの怒りは限界だった。

 ここで殺しておく、何、すでに瀕死の男を一人殺すぐらい、わけねえ。

 喉を踏みつぶす為に、アリゲーターは足を持ち上げた。そのときだった。

 ビュンッ!!

「!!」

 間一髪、いきなり飛んできたけっこう大きな円盤のようなものを、アリゲーターは後ろに飛んで避けた。後一歩遅ければ、直撃していたところだ。

 とっさに飛び道具にされた学生鞄は、実際当たれば流血は確実な威力を持っていたが、避けられたそれは、そのまま近後ろの方に飛んでいく。

「アマ、来たかっ!!」

 アリゲーターは、憎々しげに、しかしどこか嬉しそうに、そちらの方を見るまでもなく断定していた。

 もちろん、戦えることが嬉しいのでは、決してない。

 これから、坂下に仕返しが出来ることが、嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ。

 そして、そこに立っていたのは、アリゲーターの希望通りの人間だった。

「よくもまあ、私のいないところで、やってくれたね」

 仁王立ちした、無表情の坂下が、鋭い眼光で、アリゲーターを睨み付けていた。

 

続く

 

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