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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(316)

 

「さあ、後ろのヤツを助けたかったら、その場に跪け!!」

 アリゲーターは、坂下に、一方的に要求を突きつけた。

 武器そのもので脅すのではない。その後ろにいる相手が傷付くことが、あたかも坂下の所為のように錯覚させる、それはどこまで行ってもアリゲーターの所為なのだが、それを自覚して、しかしそれを作戦として使用するアリゲーター。

 それに坂下よりも先に反応したのは、御木本だった。

 さっきまで、どこかふざけていた、というより健介が冗談では済まされないほどにボロボロにされていてさえ軽薄な笑みを消ささなかった御木本の目が、すっと細くなる。

 考えてみれば、御木本は、カリュウの姿で、アリゲーターに制裁を行っている。しかも、それは明かに普通のカリュウと違う、必要以上の残忍さを持って行われた。

 今この場で、あのときを再現しろと言われれば、御木本は嫌だと答えるだろう。

 もう、制裁では済まさない。こんなゲスは、ここで、きっちりと殺してしまうべきなのだ。

 結局、御木本の気持ちも、健介の気持ちと一緒だった。こんなヤツを、許しておける訳がないのだ。結果的にマスカレイドに制裁されるにしろ、その前に殴り殺さないと、気が済まない。

 もちろん、アリゲーターは、油断出来る相手ではない。ボウガンなどという飛び道具をわざわざ用意しているということは、それなりに練習して来ているはずだ。

 しかし、坂下だけではなく、いきなり御木本も参戦したのなら、どうなるだろうか?

 御木本がいきなり飛びさせば、とっさに御木本の方を狙うかもしれないし、そうでなくとも狙いが雑になるかもしれない。

 見たところ、二層式のボウガンだが、反対に二発撃ってしまえば、後は矢を装填しない限り撃つことは出来ない。

 アリゲーターは、表情までは見ていないだろうが、おそらくは御木本の動き自体は警戒しているだろう。御木本が大きく動いた瞬間に、坂下に向かって撃つかもしれない。

 そのとき、坂下が無傷で立っていれば、おのずと勝敗は決する。

 躊躇など、まったくなかった。御木本は、自分でもバカらしいと思うが、坂下の為になら身体を張ることをためらったりしない。

 御木本とて腕に自信がある。ボウガンを急所から外して受けるぐらい、やってやれないことはない、と自分に言い聞かせる。

 ゆるり、と御木本が動こうとした瞬間だった。

 すっ、と坂下が、片手をあげる。

 ……何だそりゃ?

 声には出さずに、しかし、坂下のあまりにも馬鹿らしい決断に、御木本は思わず心の中でつっこみを入れていた。

 片手を上げたのは、前に出ようとする御木本を止める為のものだ。

 御木本と坂下は、それなりに危険な状況、というのにも遭遇している。付き合いは高校からだが、お互い、こういうときの意思疎通には何の不都合もない。

 その、気軽に手をあげて、御木本を止める仕草の意味するところは。

 止めろ、ではなく。

 ……まかせろ、だぁ?

 それはよく見る光景だった。坂下にとってみれば、並の相手ならば御木本の手助けなどいらないし、そして、坂下は戦うのが嫌いではないのだ。

 もっとも、今は、楽しむ為の行為では、決してないだろう。

 御木本は、ずっと坂下の後ろ姿を見て来た。だからこそ分かるし、それでも、背筋に寒いものが走る。

 楽しむ人間も、そしてどうしようもなくなって歯ぎしりしながら屈辱に耐える人間も、後ろ姿から、こんな雰囲気を発したりはしないだろうから。

「……あぁ?」

 あきれている、というよりも、戸惑っているのは、アリゲーターも一緒だった。

 ひざまずくでもなく、横に逃げるでもない。

 坂下は、アリゲーターに向かって、真正面から歩き出したのだ。

「おいおい、人の言うことが聞こえなかったのか、動けば撃つぜ?」

 肩をすくめて、アリゲーターは余裕を持って言う。

 それに答えるでもなく、坂下は、そのまま焦らず急がず、ゆっくりとした足取りで、アリゲーターに近付いていく。

 これは危険、いや、ありか。

 御木本は、すぐに坂下の真意を予測する。

 武器は危険であるが、しかし、それを使う人間にも、大きなストレスを与える。とっさにならともかく、ゆっくりと考えた上で、殺傷力の高い凶器を使える人間は、この日本にはそう多くないだろう。

 坂下の動きはあくまでゆっくりであり、とっさに、という手段を選ばせない。そして、気付けば坂下がどうにでもなる位置まで、届いているかもしれない。

 しかし、それは甘い考えだった。

 アリゲーターは、心の中で舌を出していた。

 肝が据わっている人間や、後先考えないのなら、正面から来ることがあっても不思議ではない。坂下ならば、半分ぐらいの確率で来るのではないか、とアリゲーターは予測していたのだ。

 平和な日本で育ったその危機感のなさを呪うんだな。

 生まれも育ちも完全な日本人のアリゲーターだが、心の中で、そうやって坂下をバカにする。

 なるほど、武器というのは、しかもそれが相手を殺しかねないとなれば、使う方は大きなストレスを感じるだろう。使わないに越したことはない、とすら思うだろう。

 だが、あくまで、それが俺じゃねえ場合だ。

 アリゲーターには、ストレスなど、まったくない。後先で言うのならば、ここで坂下を殺すなり無力化して犯すなりしなければ、アリゲーターは次に進めないのだ。

 死姦なんて趣味はねえが、急所にでも当たらない限り、いきなり死ぬってこともねえだろうし、最悪、殺してもこの場合、問題ねえ。

 そもそも、アリゲーターの考え方は、仕返しから、殺人の線まで飛び越えているのだ。冷静に考えても、それが出てくるほど、アリゲーターは奥の奥から、腐っているのだ。

 アリゲーターは、にたり、と笑った。一瞬でも多く、坂下に絶望を見せる為に。もっとも、フルフェイスで隠れている以上、表情は坂下には見えないのだが。

 見えないからと言って、表情を消せるほど、今のアリゲーターの嬉しさは低いものではなかったのだ。

「バカらしい、俺が躊躇するなんて思ってるとは、めでたいヤツだぜ。生きてたら、たっぷりかわいがってやるからよ」

 ことのついでとばかりに坂下の考えを、否定し。

 何のためもなく、何の躊躇もなく、物凄くあっさりと。

 アリゲーターは、坂下に向かって引き金を引いた。

 

続く

 

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