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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(320)

 

「ふーっ、すっきりしたぜ」

 浩之は、頭をバスタオルで拭きながら、リビングに入って来た。

 それを、あかりがにこにこしながら迎え入れた。

「浩之ちゃん、丁度ご飯出来たよ」

「お、すまんな、あかり」

 浩之のお礼の言葉に、にこり、とひまわりのような笑みを返すと、あかりはてきぱきと出来た料理を並べて行く。

 メインディッシュのチキンステーキは、この日の為に練習してきたあかり特製のソースがかかっており、かすかに香ばしい匂いが広がっている。付け合わせのシンプルな温野菜も美味しそうだ。

 素揚げしてダシの中に入れられ、上におろし大根とおろしショウガの乗せられた揚げ出しナ ス。

 田舎の風情を思わせる、野菜たっぷりに、ちくわの入った筑前煮。

 大盛りにもられたサラダは、ゆずドレッシングを使用して、さっぱりと。

 お味噌汁は、薄目の味付けに、豆腐とナス、なめたけに厚揚げと、具は豊富。

 香の物は遠くに住んでいるおばあちゃんの漬けてくれたたくあん。

 もちろん、主食でありこれがないと始まらない、ほかほかのご飯が、大盛りにつがれている。あかりのお茶碗には少しだが、浩之のそれはどんぶりに大盛りにつがれている。

「ザ・夕ご飯」

 思わずそうつぶやいてしまうほど、豪華ではないが、豪勢で、そして美味しそうな食卓だった。

「もう、意味分からないよ、浩之ちゃん」

 確かに意味はよく分からないが、とりあえず悪い気はしなかったのだろう、そのつぶやきを聞いたあかりは、少し恥ずかしそうにほほを染める。

「これでビールもつけば完璧なんだが」

「あー、浩之ちゃん駄目なんだ、不良さんなんだ」

「冗談だよ、だいたい、アルコール取ってもいいことなんてないしな」

 そう言いながら、あかりの出してくれた氷入りのコップにウーロン茶をつぐ。

「でも、言われた通りに、鶏肉をメインにしたけど、良かったの? 浩之ちゃん、こういうときには、ハンバーグとかの方が良くない?」

 あかりとの付き合いは長い。浩之があまり好き嫌いを言わないのは知っているが、しかし、健全な高校生である浩之は、やはり肉が好きで、それぐらいはあかりも分かっている。

 高い牛肉でステーキ、というのはさすがにお金がこころもとないので、あかりはそこらへんに気を利かせて、味のわりにコストの押さえられるハンバーグを重宝している。

「あー、いいんだいいんだ。そんなに気にするほどじゃねえが、鶏肉と比べて、脂肪が多いからな」

「ダイエットでもしてるの?」

「ダイエットじゃねえが、脂肪は落としてる途中だからな」

「浩之ちゃん、お腹とか出て来たの?」

「てめえ、どの口さげて言ってやがる」

「痛い痛い痛いっ」

 ふざけながら、浩之はあかりの頭をぐりぐりといじめる。

「冗談だよ、浩之ちゃん、むしろ痩せすぎのような気がするんだけど」

「あー、まあ筋肉は足りないわな。だから鶏肉メインにしてタンパク質取りたいんだが」

 あかりの目から見れば、今の浩之は、筋肉の塊のようなものなのだが、それでも、浩之はまったく満足していないようだった。

「……ねえ、浩之ちゃん、無茶、してない?」

「ん? 何だ、やぶからぼうに」

 あかりとしては、心配で仕方ないのだ。

 自分が出来ることなど、こうやって、たまにご飯を作ってあげることぐらいしか出来ないのは分かっているが、それで心配が解消出来るはずもない。

「最近、ずっと授業中寝てるし」

 そりゃ授業中は明かに殺意を持って技かけてくる人間はいないしな。先生達のチョークや本での攻撃なんて、今の俺には効かないし。

「生傷もたえないようだし」

 ああ、何せ自分でもよく大怪我しないよなあ、と感心するぐらいだしな。かすり傷ぐらいは当たり目だ。

「朝以外は、あんまり一緒になることもないし」

「それはすまんな、俺も忙しくて、なかなか遊ぶ時間取れなくてなあ」

「そんなに……」

「ん?」

 顔には、笑顔を貼り付けているが、浩之には、あかりが緊張しているのが、手に取るように分かった。

「そんなに、格闘技って楽しいの?」

「ん、まあな。いや、楽しいっつうか、もう抜けられないっつうか……」

 いい訳じみた言葉を並べながら、しかし、それでは駄目だと思った浩之は、あかりの頭に、ぽん、と手を置く。

「ごめんな、心配かけちまったな。でも、俺は大丈夫だ。俺がやりたいからやってるんだ、弱音なんてはかないし、辛く……いや、さすがに辛いけどな」

 浩之が、あかりに気を使ってくれているのが伝わったのだろう、あかりは、こくん、と頷いた。

「ううん、いいんだよ。浩之ちゃんは浩之ちゃんのやりたいようにやれば。ときどきは、こうやって手伝うことだって出来るんだから」

「や、これはまじで助かるわ。俺も自炊出来ないと駄目かなあ」

 身体を作るのは、やはりまず食事からだ。たまに武原道場で晩ご飯をもらうこともあるが、あそこもおばさんにまかせきりで、男二人は何も働こうともしない。

 あの化け物共に一番効くのは、もしかして兵糧攻めなんじゃねえのか?

 浩之は、そんなことを思いながら、密かにもしものときは作戦として使おうとすら思っている。

「い、いいから、浩之ちゃんは食べる人、私が作る人、それでいいと思うよ」

「何慌ててるんだ、あかり。はっ、もしかして、お前も兵糧攻めで俺を倒すつもりか?」

「もう、私は浩之ちゃんの味方だよ。というか、兵糧攻めって?」

「大男も、食べ物には勝てないって話だ」

 あかりは、話のつながりが分からずに、首をかしげる。

「それにしても、あの親が、食費を上げてくれるとは思わなかったぜ。おかげで今日はこんなに豪勢に出来たしな」

「全国大会に出れるんだから、おばさんも気合い入れてるんじゃないかな?」

「け、テレビに出る可能性があると知ったとたんあれだ。あのミーハーババアが。食費が二倍でも俺は喰いきる自信があるぜ」

「浩之ちゃん、太っちゃうよ?」

「うるせー、喰ってないとやってられっか。と、いうわけで、いただきます」

「あ、はい、おあがりくださ……ちょ、早っ」

 盛大に口の中に食べ物をかきこむ浩之。ちゃんと味わっているのかどうか怪しいものだが、これで味が分かるというのだから、ある意味芸である。

 あかりは、そんな浩之を、ニコニコしながら見るのだった。

 浩之にとっては、つかの間の休息のお話。

 

続く

 

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