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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(326)

 

「やあヨシエ、逆恨みして襲って来たアリゲーター返り討ちにしたんだって?」

「……何でその話がもう伝わってるのよ?」

 いつもの溜まり場所であるファミレスに顔を出した坂下にかけられたのは、レイカのそんな言葉だった。

 坂下が、アリゲーターを倒してから、まだ二時間も経っていない。さすがに伝わりが早過ぎる気がする。

「そりゃ、特別連絡まわって来たからさ」

「特別連絡ぅ?」

 何だ、その小学校の連絡網みたいなものは。

「そりゃそうでしょ。マスカレイドに逆らった人間の末路は、マスカレイドなら何を置いても知らしめたいところだろうし」

 警察にではなく、マスカレイドにアリゲーターを引き渡したことについては、坂下は何の後悔もない。アリゲーターは、そうされていいだけのことを、やろうとして来たのだ。

「つっても、すでに精神的にも肉体的にも壊れちまったみたいだけどね。何でも、坂下の幻覚を見ておびえているそうだし」

「……」

 それは、まあ真正面から、今度こそ完膚なきまでに破壊したが、精神的に追いつめるようなことを、坂下はした覚えがない。

 坂下に自覚があるかどうかはともかく、坂下に正面から破壊されれば、それはトラウマの一つにもなるというものだ。

 今回は、覚醒剤を服用していたことが悪く、まあ、見方によっては良く作用して、アリゲーターは完全に折れてしまった。

 もちろん、見せしめもある、その程度では済まされないだろうが、坂下は正直、アリゲーターのことなど、どうでもいい。

 いや、おそらく、あれで健介はまた一皮むけたので、感謝すらしているぐらいだ。

 もっとも、弁護しようなどという気持ちはない。後輩を人質に取るなど、許せようはずがない。もし、近くで御木本が殺意を見せていなかったら、坂下だって止まれたかどうか怪しいものなのだ。

 それを意識して、御木本がわざわざ殺意を持ってアリゲーターを仕留めようとしていたのかどうかまでは、分からないのだが。

「一応、こっちは私が行くまでの時間稼ぎをしてた後輩が一人、入院させられたんだから、おあいこどころか、やり足りない気分はあるけどね」

「うわっ、災難だね、その後輩も」

「ま、アリゲーターがスタンガンを使ってこなければ、勝ってただろうけど」

「は? アリゲーター、腐ってるけど、あれでも元九位だよ? 勝てる人間が、同じ部の中にいるってのかい?」

「ああ、健介は、一応マスカレイドの選手だよ。確か……ビレンとか言ってたかな」

「へーーー、ビレン、身内なんだ」

 坂下が思った以上に、まわりの人間も反応している。考えてみれば、十何位ということは、マスカレイドの中では、それなりに有名人ということだ。

 ばらして良かったのか、と坂下は一瞬考えたが、まあ、気にしないでおくことにした。レイカ達は信用出来るし、健介も、正体を隠して身を守ろうという性格には見えない。

「つい最近部活に入ったんだけどね」

「ビレンかあ、あの子、けっこうかわいくて好きだよ」

「かわいい?」

 その表現に、坂下は思わず聞き返してしまった。

 悪ぶっているのは、口が悪いこと以外は、どこか演技じみているところもあるが、さて、かわいいというレベルだろうか?

「あの、さも子供が強がっています、とか見える必死さとか、けっこうお姉様達には人気だよ。とか言う私も、けっこう好きだし」

「まあ、そう言われれば分からないでもないけど……」

 確かに、健介は強がっている、という訳ではないのだが、どこか無理しているようにすら見えるときがある。

 端々に、少年らしさが出ているのに、それを必死にニヒルに隠そうとしているあたりが、どうも年上の女性にうけるらしい。

「男にはなまいきだって不評らしいけど」

「それは分かる気がする」

「はは、ヨシエは男前だからねえ」

 とは言え、今の健介なら、どうだろうか?

 最終的にスタンガンの前に倒れることになったとは言え、アリゲーターを正面から倒すだけの実力を手に入れたのだ。

 その場面を、確かに坂下は見ていない。だが、分かるのだ。アリゲーターの動きから、明らかに精彩が欠けていたのは確かで、それは、健介のがんばりがあったからだということを。

 最終的には、坂下が勝つだろうが、健介のがんばりがなければ、逃げられていたかもしれないし、倒すにしても、もっと苦戦していたはずだ。

「そっか、最近試合見ないと思ったら、ヨシエのところで修行して、アリゲーターを倒すほどになってるのかあ。こりゃ、また人気出そうだね。かわいかったり格好良かったりしても、やっぱり、マスカレイドは強くないと」

 勝ったときのはしゃぐ姿とか、ラブリーよねえ、とか仲間内で話しているが、見る視点が変わると、こうも変わるものなのだろうか?

「でも、入院って……」

「スタンガンでやられたからね。まあ、後遺症はないらしいけど」

「そっか、じゃあ、今日はヨシエはそのまま見舞いに行った方が良かったんじゃないの? ゼロの用事なんて、大したことないんだし」

「大したことないとか言うな」

 このチームの情報係とも言える、メガネがトレードマークのちょっと変わったレディース、ゼロが、とりあえず低く評価されたことに文句をつける。

 ゼロは、ノートパソコンをいじりながら、坂下に視線を向ける。当たり前のようにブラインドタッチだ。

「とは言え、今日でなくていいのは確かだよ。ビレンは、正直伸び悩んでたんで、最近はチェックから外してたんだけど、そうか、ヨシエのところでしごかれれば、強くなれるかもね」

 まあ、しごくことはしごいていたが、とにかく、KOされない日がない、というほど酷いものだから、坂下もあまり多くは言わないことにした。

 そんな練習法をしている、などとゼロに言えば、科学的な練習がどうとか怪我がどうとかで、今日一日がつぶれるかもしれない。

「で、お見舞い良かったの?」

「問題ないよ、気絶する前に、私の言葉は伝わってるし」

「さすが、スパルタそうだもんね、ヨシエのところは」

 それに、と、これは口に出さずに、坂下は考える。

 田辺にまかせてるから、ここで行くのは、単なるお邪魔虫にしかならないだろうしね。

 恋愛にうとそうに見えて、実はけっこう鋭い坂下の見る限り、健介の気持ちは、先生にあこがれる小学生と、そう大して変わらないように見えた。まあ、それが本気ではない、と言うと他のところから文句が来そうだが。

 少なくとも、健介と田辺の気持ちは、本物だろ。

 坂下が、何を言うまでもない。ほっといても、二人ならいつかひっつくだろう。いや、もしかしたら、坂下が気付いていないだけで、すでに付き合っているのかもしれない。

 どちらにしろ、坂下は、倒れる前に健介には言葉をかけているし、これ以上何をする必要もなかったので、田辺にまかせて、こちらに来たのだ。

 二人の間を、意味もなく邪魔するほど、坂下は無粋ではないのだ。

「で、ゼロ。アリゲーターとの戦いでも聞きたいの?」

「ああ、それもいいけど」

 くるり、とゼロは、テーブルの上のノートパソコンの画面を坂下に向けながら言った。

「これ、見てみ?」

「何、これ?」

「あんたの次の相手、チェーンソーの、試合さ」

 その言葉に、ざわっ、と仲間達からも、大きなざわめきが聞こえた。

 しかし、それ以上に、その名前に反応して、坂下は、身体に走る、武者震いだか寒気だか分からないものを、感じていた。

 

続く

 

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