作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(334)

 

 さすが……雰囲気あるよな。

 試合場に入って来たチェーンソーを見て、浩之はそんなことを感じていた。

 まあ、当然のことだ。相手は、マスカレイド無敗の一位。その強さ、隠そうと思っても、そう簡単に隠せるようなものではない。

 その点に関して言えば、完全に浩之の目が節穴だったのか、それとも、隠していた方が、より上手だったということなのか。

 全身を覆うボディースーツに、フルフェイスヘルメット。その表情も顔も、黒いバイザーごしからは見えない。

 そして、チェーンソーの名前を、あからさまに指す、その武器が、腕に巻き付いている。

 スポットライトで、どこよりも明るく照らされているというのに、その鎖だけが、黒光りを放っていた。まるで、その場所だけ、違う世界のようだった。

 まさか、呪われた武器とか言わないだろうな。

 もっと小さいころにやったゲームソフトでは、呪われた武器は、一度装備すると外れなく、持ち主に様々な嫌がらせをして来たものだ。

 結局、教会に行って呪いを解いてもらうしかないのだが、しかし、この世界には、呪いを解いてくれるような教会は、多分、ない。

 まあ、呪いの武器というのも、単に浩之の妄想の産物で、武器は、単なる武器でしかないはずなのだ。

 今考えても、よくあのときしのげたよな。

 チェーンソーに、浩之とランが、まあ、ランの方は、後から飛び入りで参戦しただけだが、戦ったときに、まったく歯が立たないと思いながらも、何とかしのげたのは、どう考えても、相手が手加減したからだろう、というのは分かる。

 何を思って、俺なんか襲ったのか知らねえけどさ。

 ランなら、まあ確かに順当なところだろうが、さて、マスカレイドで一位の人間が、エクストリームの予選三位を、わざわざ襲ったりするだろうか?

 ただ、その点に関しては、浩之はすでに達観している。

 別に、これと言った理由がなくとも、ケンカを売ってみたくなることはある。少なくとも、俺のまわりには、少し強いと聞けば、すぐケンカを売りたがる人間が多いからな。

 それに比べれば、完璧に手加減していたであろうチェーンソーは、まだまともな方なのだ。まともでない方と比べてしまえば、当たり前なのだが。

 チェーンソーが、ゆっくりと、まわりを見渡している。

 ふと、そのチェーンソーの視線、まあ実際はみえないのだが、が、浩之の方向を見たときに、止まる。

 こちらを見ているかどうか分からない、しかし、浩之は、視線を逃すことが出来なかった。浩之の視点から言うと、チェーンソーと目が合ったような気がしたのだ。

 おいおい、もしかして、食べ残した俺のこと、狙ってる?

 浩之としては、生きた心地がしなかった。何せ、戦っても、逃げることさえままならない相手が、自分を狙っているとなると、おちおち普通に街も歩けない。

 が、それも一秒ほどだっただろうか、チェーンソーは、何事もなかったかのように、顔をさらに動かして、ゆっくりと、まるで観客達を見定めるかのように、見渡す。

 おそらくは、観客を見ているのではなく、試合場を見て、頭に叩き込んでいるのだろう、と浩之は当たりをつけた。

 地形を有効に使う選手がマスカレイドには多いが、そうでなくとも、距離を分かっているというのは、なかなか便利なものだ。

 どこなら足場があり、どこまで行くと金網にぶつかるか、それだけでも頭に入れられるのなら、かなり有利だろう。

 もっとも、それを見ただけで把握、など、無茶にもほどがあるが、相手は一位、それぐらいやってもおかしくない。

 最低、綾香はそれぐらいやるしな。

 それで、チェーンソーの視線が、浩之のところで止まったのを、理解出来た。

 浩之のことにも、もしかしたら気付いたかもしれないが、そこはそう重要ではないのだ。問題は、浩之の横に立つ人物である。

 綾香が、浩之の横にいたのだ。チェーンソーの視線は、ほぼ確実に綾香に向いていた、と思って良いだろう。

 マスカレイドの二位を倒した人間だ。チェーンソーが、もし他の選手にあまり興味がないタイプであっても、無視はできないだろう。

 あまりにも綾香が大きすぎるから、俺がとばっちりを受けることはないと思うが……

 しかし、浩之としては、あまり面白い話ではない。

 自分が注目されないのは、良い。というかその方が良い。未来のことは分からないが、今のところ、チェーンソーに、浩之が勝てる要素はないのだ。ケンカを売られないのならば、それにこしたことはない。

 ただ、その代わりに、綾香に目をつけられるのも、あまり楽しい話ではないのだ。

 綾香は強い、それは間違いなく、しかし、チェーンソーも、浩之の視点から見ると、それに負けないほど強いのだ。

 二人が戦えば、どちらも、ただでは済むまい。選手生命どころか、命にかかわる可能性が、非常に高い。

 あのレベルまで行くと、例え素手であろうとも、それはもう完全な殺人兵器だ。それが証拠に、完全装備であったはずのマスカレッドは、素手の綾香に、あわや本当に命を奪われそうなところまで行った。

 また、今度こそ綾香が相手の命を奪うか、それともチェーンソーが、綾香の命を奪うか、それは分からない。

 しかし、戦わせては駄目だ、と浩之の、鈍感ではあっても、致命的なことに関しては、普通なら気付けないほどのことでも、敏感に反応する感覚が、最大音量で警告を発している。

 まあ、それに関しては、坂下には悪いが、坂下が戦うことによって、少しは安心出来る部分もある。

 坂下が、相手を無傷で負けることなど、ありえないだろう、と浩之は思っているのだ。いや、もしかすれば、坂下なら、チェーンソーに勝てるかもしれない。

 だが、浩之の感覚では、それはない、と言っていた。

 坂下も、浩之から見れば、自分がまったく相手にならないほど強いが、しかし、感覚的な話を言えば、それでも、綾香には追いついていない、と思っている。

 何せ、坂下を倒した葵も、まだ綾香の領域には達していないのだ。

 チェーンソーとて、楽勝とは言えず、ここで無視出来ないダメージなり怪我なりがあるだろう。そうなれば、実力が拮抗しても、状況が綾香に流れる。

 拮抗しなければ、綾香が命を取るようなことはないし、綾香が命を取られるようなこともない。綾香の勝ち負けはともかく、致命的なダメージを受けずに、終わらせることが出来るだろう。

 坂下の犠牲の上に成り立つこの理論も、もちろん浩之は推奨したい訳ではないが、坂下とチェーンソーの戦いは、すでに避けられないところまで来ている。

 どう感じているかはともかく、浩之は坂下を応援するつもりだった。まあ、坂下とは仲間と言って差し支えないほどの関係なのだから、当たり前の話なのだが。

「さあ、両雄、立ち並びました!!!!」

 おぉぉおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!

 歓声は、すでにうなりを伴うほどに大きくなっていた。誰しもが、この戦いを見たくて仕方ないのだ。

「もはや、勝敗はこの二人の手にゆだねられました!! さあ、激しく、美しい舞踏会の、始まりです!!!!」

 浩之だって、考えることは色々あるが、純粋に、この試合を見たい、とも思っていた。少なくとも、綾香が戦うよりは、冷静に試合を見ることも出来るだろうから。

「ちっ」

 しかし、何故か、いや、あまり不思議にも思わないが、綾香は舌打ちする。それは、もったいない、という感情ではなく、明かに腹を立てている音だった。

「……綾香?」

 この状態の綾香に、下手に話しかければ、ろくなことはないのはよく分かっているが、それでも、命知らずな訳でもないのに、よせばいいのに、浩之は話しかける。

「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 綾香からの返答を待たずに、試合場では、赤目が試合開始の音頭を取り、それに観客達が会わせている。

 試合場の真ん中で、向かい合ったまま、構えを取るでもなく、静かに断っている二人を横目で見ながら、しかし、浩之は、綾香の言葉を、聞き逃さなかった。

「あの野郎、私を無視しやがったわ」

 綾香の、怒りながらも、どこか不気味にテンションの上がった声が、赤目のより大きな声で。

「Masquerade…Dance(踊れ)!!」

 かき消される、ものではなかった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む