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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(336)

 

 私は、あぜんとして試合場の惨事を見ることしか出来なかった。

 ヨシエさんと言い、初鹿さんと言い、やることが、いちいちおかしい。派手は派手なのだが、それよりも、中身のおかしさが際立つ。

 ヨシエさんが、試合場の端で放ったパンチは。

 一撃で、鉄柱に突き刺さっていた。

 鉄柱は、ヨシエさんの拳の高さを中心に、くの字に折れ曲がっていた。

 試合場の金網を支えている鉄柱は、かなり頑強なはずだ。来栖川綾香とバリスタの戦いでは、何度か二人の身体が金網や鉄柱にぶつかったが、それでも、へこんだりはしても、折れ曲がったりはしなかったのに。

 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 酷く分かり易いヨシエさんのパフォーマンスに、初鹿さんのときの歓声に負けないぐらいの、大音量の歓声が上がる。

 いつもにも増して、観客達のテンションがおかしい。こんなテンションで、最後までもつ訳がない。

 しかし、私にも、気持ちは分かる。

 はっきり言って、今までの選手とは、桁が違った。これに対抗できるのは、せいぜい、来栖川綾香ぐらいだろう。

 見ただけでも、すでに、マスカレッドでも、たどり着けない位置に、二人は立っていた。

 初鹿さん、いや、あそこに立つのは、初鹿さんではなく、チェーンソーだ。

 チェーンソーの鎖は言うに及ばす、ヨシエさんの拳も、マスカレッドの、あの厚い防具を、。有無を言わさず叩き壊すだろう。

 二人の手にかかれば、試合場自体ですら破壊するのに、そう時間はかからないだろう。

 改めて、私はヨシエさんの恐ろしさを、実感した。

 チェーンソーの鎖も、もちろんおかしい。鎖で金網を引き裂くなど、一体どうやればできるのか、やられてでさえ想像がつかない。

 しかし、それでも、鎖自体は、硬い武器だ。リーチがある分、スピードも増す。その先端が、鋭い刃物のような効果を及ぼすまでのスピードというものが、どれほどおかしいことだとしても、感覚的には理解出来る。

 しかし、ヨシエさんは違う。拳で、それを成すのだ。

 それは、柔らかい鉄柱程度なら、私の蹴りでも折れ曲げることぐらいはできる。しかし、その後、脚はただでは済まないだろうし、少なくとも、この試合場の鉄柱をどうにか出来るとは、到底思えない。

 しかし、ヨシエさんは、それを、あろうことか、拳でやってみせた。

 あんなことをして、手の骨は大丈夫なのかとか、そもそも、蹴りでも出来ないようなことを、腕だけ、しかも突きで可能なのか、という色々な疑問が浮かぶ。

 しかし、ヨシエさんは、それをまるで、デモンストレーションの一つ、試合にはまったく関係ないお遊びの感覚で、やってのけた。

 表情には、まだまだ余裕があるし、もちろん、強がっているようにも見えない。それを、いつでも出来ること、と考えているからだろう。

 しかし、と私は思う。

 ヨシエさんは、確かに、強い。それはよく知っている。浩之先輩にケンカを売ったのを、横から来たヨシエさんが相手になったのだ。あのときほど、力の差を感じた戦いはなかった。今考えても、まだ浩之先輩と戦っていた方が、ましな戦いが出来たと思う。

 だが、あんなにも、強かっただろうか?

 昔、私と初めて戦ったときは、もちろん本気を出す必要がなかった、と言えばそれまでなのだろうし、今までも、本当に、奥底の本気を見せていたのかは分からないが。

 それでも、疑問に思う。あそこまで、異常な強さを持っていただろうか、と。

 私とは、明かにかけ離れた強さ。来栖川綾香もそうだし、そもそも、マスカレイドの上位の選手は、ほとんどそうだ。

 しかし、それでも、来栖川綾香や浩之先輩のような、天分の才を持って戦う人では、なかったように思う。

 松原さんもそうだ。それは、積み上げられた強さ。長い修行が、凡夫を仏にするように、ただの人間が、天才達に近付くことの出来る、唯一の方法で、ヨシエさんは強くなった、という印象が強い。

 しかし、チェーンソーの力は、酷く暴力的で、容赦がない。圧倒的な力で、相手を押しつぶす、それはまさに天の才に恵まれた者のものだ。

 だから、見ただけでは、どうしても、ヨシエさんの方が劣る。絶対的なものと、積み上げたものでは、どちらが不格好なのかは、言うまでもない。

 それは、チェーンソーの態度にも、現れていた。

 ヨシエさんが、決して油断できる相手でもないし、戦えばぎりぎりの戦いになるだろうと分かっているはずなのに、私にヘルメットごしに視線を送るほどの余裕があったのだ。

 横の来栖川綾香などは、チェーンソーが私を見ていることに気付いていたようだが、その、もっと強いであろう来栖川綾香を流して、私に視線を送ることが出来るほどに、チェーンソーには余裕があるのだ。

 それもこれも、絶対的な能力の為だ。能力が、余裕を生む。能力が、自信を生み、試合前でも、余裕のままに立っていられる。

 それに比べて、ヨシエさんのように積み上げて来た者は、何と必死なことか。カリュウなどが、その良い例だ。あのおちゃらけた問題の性格を保っていられないほどに、実力に自信がないのだ。

 強がっているのか、それについてカリュウ、御木本は多くを言わないが、同じ境遇である私には、言わずとも分かる。もちろん、私はあんな駄目な性格はしていないが。

 積み上げた者は、それを簡単に崩すことのできる人間がいることを知っている。何故なら、一度は崩されたから、そして、それだけの才能を見たからこそ、そこに向かうのだから。

 ヨシエさんには、私は決して届かないだろう。しかし、それはヨシエさんの才能が、私を上回っているだけであり、それよりも、さらにさらに、嫌になるほど上の才能を持った選手が、ヨシエさんのまわりには沢山いるのだ。

 私は、目をこする。

 そう、おかしい。私には、チェーンソーと同じものが、ヨシエさんにも見えた。勝つ勝たない、という点を置いて考えても、ヨシエさんとチェーンソーの差は、明かだったはずなのに。

 それでも、ヨシエさんが勝つ、と思えるほどには、ヨシエさんは強い。そう思っていたのだが。

 今のヨシエさんは、それだけですら、なかった。

 来栖川綾香の奥のものを見たときに、私がはっきりと感じたもの。それが、あの二人に、まるで重なるように、見える。

 頭の打ちすぎで、おかしくなった、と言われても仕方ないが、私にははっきり見えていた。

 それが証拠に。

「へーーー、ヨシエも、そこそこやるようになったのねえ」

「あれを、そこそことか、言うか?」

「さすがは好恵さんですよね、こと拳の破壊力では、誰にも負けませんね」

 私よりも、それを先に感じても不思議ではない三人が、そう呑気に話をしているのでも分かる。

 ヨシエさんは、強くなっている。

 あの、来栖川綾香と、チェーンソーの二人にしか、使うことの無かった言葉を、私の頭の中に浮かべさせて。

 試合場の二人は、大きく距離を空けたまま、向かい合った。

 

続く

 

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