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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(337)

 

 試合場は、少なくとも、一対一で戦うことを考えれば、十分な広さがある。

 後ろを向けて走って逃げても意味のないほどの広さしかないが、どこにいても相手の手が届くほどには狭くない。

 試合場の真反対にいれば、飛び道具ですら、そう簡単に当たるものではない。エクストリームと比較しても、かなり大きめな広さがある。

 だが、それを無視するかのように、二人は、一番距離を取った場所で、お互いに構えを取った。

 チェーンソーは、右腕を大きく後ろに引いて、その腕にある鎖を、最大限の力でふれるように、腰をひねる為に、左半身、ではなく、完全に左を向く。

 反対に、坂下は腰を落として、一気に前に飛び込む力をその腰に溜め、腕は、それでも攻撃の為なのか、かなり身体に引かれている。身体は、ほとんど正面を向いている。そこから身体をひねれば、左右どちらでも均等に技の威力を上げられるだろう。

 完璧な攻撃型と、攻撃を二の次にして、距離を縮める為に構えを取った坂下の構えは、比較してみれば、差は明かだった。

 しかし、距離が距離だ。坂下が距離を縮める為の用意をするのは当然のことだが、しかし、距離をつめた後の展開が、読めない。

 いや、読むだけなら浩之にだって簡単だ。チェーンソーの攻撃は空を切るだろうが、坂下の攻撃は、チェーンソーには届かない。

 どんなスピードが乗ろうと、当たれば相手を確実に打倒できようと、距離が有りすぎるのだ。

 ここまで遠いと、どうしても近付くのに時間がかかり、その時間は、そのまま相手の出方を見ることが出来る時間になる。

 相手の動きが見えなくなったならともかく、距離が空いていて、相手の動きが丸わかりの状態で、お互いの攻撃を受けるとは、到底思えない。

 二人がどうにかなるのは、接近戦をしたときだ。こんな遠距離線では、話は終わらない。近付き、おそらくはチェーンソーの連撃に、坂下が対抗できるか、そういうもので決着は着くだろう、と浩之は予測していた。

 近付かれると、途端に視野が狭くなるのだ。反対に言えば。万全の状態の二人の視野の裏を突く、というのは不可能だと、浩之は思っているのだ。

 ただ、不安な部分もあった。

 何せ、この二人は、浩之の想像をはるかに超える実力を持っているのだ。当たり前に考えてこうなる、という案を、果たして通してくれるかどうか。

 だから、お互いに、不用意に飛び込むことは出来ない。先に動いた方が不利、というのは、格闘界では常識と言ってもいい。不用意な攻撃は、致命的な隙を生むのだ。

 だと言うのに。

 もう、不用意、という言葉以外が思い浮かばないほど、本当に不用意に。

 同時に、二人は前に動き出した。

 一瞬だけ、身体がゆるり、と動いたのを見たとき、浩之は、さすがにまさか、と思った。しかも、それが両方だ、自分の見間違いかと思ったほどだ。

 はっきりと見えたのは、その一瞬だけで、すぐに二人はトップスピードに変わった。驚異的な瞬発力が、ゼロのスピードを、一瞬だけの時間で、トップまで持ち上げたのだ。

 だが、それでも、その一瞬は、浩之ですらとらえることの出来る一瞬。もう、相手の隙を突くということは出来ない。完全にばれている動きだ。

 それが、二人のレベルになれば、もう見え見えの動きでしかないはずだった。意識の隙間を狙うとか、相手の呼吸を読んで、という駆け引きもなく、まるで、お互いに息を合わせるつもりだったかのように、二人は動き出していた。

 十分な距離、という認識は、甘かったのかもしれない。

 動き出した瞬間には、すでにチェーンソーは攻撃の体勢に入っていたし、お互い、相手に負けないほどのスピードで中央を目指しても、チェーンソーは、鎖の分だけ、先に相手に到達する。

 驚異的なスピードで前進していたチェーンソーの身体が、一瞬で急停止する。

 前進のスピードで、そのまま打つのでは、スピードは完全には生かされない。

 左足が、まるでコンクリートの地面に突き刺さるようにそこで動きを止め、その脚を軸にして、チェーンソーの胴体が、さらにスピードを増して回転する。さらに、それとほぼ同時に、チェーンソーの右腕が、大きく振られる。

 モーションは大きいかもしれない。しかし、そのチェーンソーの動きは、その右の一撃に、、最速を込め、目視すら不可能かもしれない一撃と化した。

 スピードというのは、どれだけその一瞬に、複数の筋肉を動かせるかどうかで決まる。その点で言えば、チェーンソーのその一撃は、理想に近かった。

 これは、浩之も目視できた訳ではなく、そうなのだろう、と思っただけの話だが、チェーンソーの腕に巻かれていたはずの鎖は、その一撃を放つ間に、いつの間にか完全に腕から外れて、最長の長さを持って、坂下に襲いかかっていたのだろう。

 坂下は、最初から最高のスピードを持って放たれた、その横薙ぎの一撃を。

 ピッ!

 前髪を散らすだけで、やり過ごした。

 ズバンッ!!!!

 次の瞬間には、二人の身体は、大きく前斜めに跳ね飛んでいた。まるで、お互いに別々に車に正面衝突したような勢いで、きりもみしながら、宙を舞った。

 ズサーーーーッ!!

 と、それでも、お互いに、宙で体を戻し、すべるようにして威力を殺しながら、お互いに倒れることなく、コンクリートの上に着地した。

 二人が、ぶつかったのは、見ていた観客達にも分かったが、しかし、言葉通りぶつかった、正面衝突したのかどうかは、早過ぎて見えなかった。しかし、二人が跳ね飛んだのを見て、そうとしか思えなかった。

 だが、二人の攻防は、正面衝突などでは、決してなかった。

 チェーンソーの左足の動きが、スピードを全て上体に伝える為の動きだとすれば、坂下のそれは、本当の意味で、ただ停止する為の左足の動きだった。

 その一撃を放たれる一瞬前に、坂下は、左足で自分の前進にストップをかけたのだ。

 結果、その一瞬の差が、チェーンソーの一撃に空を切らせた。

 いや、それだけではない。そこから、一度は止められた左足は、勢いを殺しきれずに、坂下の身体を前に動かし。

 無理に止められていた左足は、その勢いを取り戻して、蹴りとして放たれたのだ。

 一度はスピードを落とそうとしたとは言え、それでも十分な力が残ったままだった。その力を、左脚に乗せて、坂下は一撃を放ったのだ。

 先に動いた方が不利、それは、攻撃が隙を作ってしまうに他ならず、その隙を狙わない限り、この二人には、そう簡単には攻撃は当たらない。

 だから、坂下は、攻撃の隙を、無理矢理こじ開けて作ったのだ。

 攻撃が来ると分かっていても、どうしようもないほどのスピードが、チェーンソーの一撃には乗っていたはずだった。しかし、坂下は、それをやってのけたのだ。

 チェーンソーだって、避けられると思えば、それなりの対策を考えて来る。最低、反撃できるような余裕はない、チェーンソーのその予想を、坂下の動きが上回ったのだ。

 浩之とて、全部を見れた訳ではなかったが、しかし、細部はともかく、二人の動きを、何とか追うことが出来た。

 だから、坂下のその動きを、本気で凄いと思っていて、手放しで賞賛したい、とも思った。

 だが、それでも、チェーンソーの動きも、凄い、と素直に思ってしまったのだ。

 何故なら、結果、チェーンソーは倒れることなく、攻撃を成功させたはずの坂下も、一緒に宙を舞う結果になったのだから。

 

続く

 

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