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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(338)

 

 何が起こったのか、よく分からないでも、二人が吹き飛ぶ様子は、観客達には非常に受けが良かった。

 だが、見た目が派手だからと言って、浩之などは納得できるものではない。何が起きたのか、すぐに理解しようとするのは、強くなるためには必須の行為だ。

 見切り、と言えばいいのか。

 坂下は、最初のその一撃を、距離を測ってやり過ごしたのだ。

 カウンターは、高等技術ではあるが、レベルの高い世界では、頻繁に見られる動きだ。相手の動きに合わせない限り、高いレベルでは、打撃など当たらない、という話でもある。

 坂下のそれも、カウンターと呼べる。距離を正確に測り、相手の攻撃をやり過ごした瞬間に自分の攻撃を入れる。

 いかにチェーンソーが前進のスピードを全て上半身にまわしても、いや、まわしているからこそ、そこにカウンターが入れば、強烈な一撃になるだろう。

 簡単な話ではない。何せ、これがお互いに、最初の一撃なのだ。

 普通、カウンターは、最低でも何度かの攻防をして、タイミングや距離を測ってから行う攻撃だ。でなければ、出来ない。

 それを、坂下は、最初の攻防でやってのけたのだ。

 チェーンソーであろうとも予想できない最速のスピードで、攻撃を合わせて来たのだ。

 チェーンソーほどの相手になれば、簡単にはカウンターなど打てなくなる。だから、そのオープニングの一撃が、一番カウンターを合わせやすい、というのは分かる話だが。

 それにしたって、坂下にはかけだったはずだ。

 スピードが速い分、チェーンソーの攻撃の軌道は単純になることを予測できても、危険過ぎて浩之なら試そうとは思わない。

 その技術も凄いが、一番凄いのは、やはりその度胸だろう。

 相手の不意を突く、真正面からの蹴り。

 しかし、それでも、チェーンソーを倒すことはできなかった。

 チェーンソーの一撃は、確かに速かったが、しかし、一撃放てば、それで終わりだ。その一撃に、追撃がついていかない。

 だから、一撃をやり過ごされた以上、どうしても隙が出来る。

 そこに、坂下のミドルキックは割り込んできたのだ。

 そのまま打ち抜けば、例えチェーンソーが防具で覆われていようと、関係ない。あばらを数本折ったついでにチェーンソーは吹き飛び、試合は終わっていただろう。

 だが、そうはならなかったのだ。

 幸運などではない。チェーンソーの技で、そうならなかったのだ。

 左の追撃では間に合わない、完全に威力を上げる為に全身の力を使っているので、他の部位で攻撃することも出来ない。

 だが、チェーンソーにはまだ攻撃方法があった。

 振り抜かれた腕が、そのまま自分の頭に巻き付くように動き、スピードが乗ったままの鎖が、チェーンソーの頭の後ろから伸びて来たのだ。

 フルフェイスヘルメットをつけているからこそ出来る、チェーンソーのオリジナルコンボ。

 横薙ぎの一撃の後、そのまま腕を首に巻くように後ろを回し、ヘルメットに巻き付くように頭の後ろから放たれる鎖の一撃。

 浩之は、その片鱗を一度だけ見て、やかれれば、避けられない、と思っていた。それほど、素手ではありえない方向からの一撃なのだ。

 坂下のミドルキックの方が速かった。しかし、そのままいけば、確実に坂下の顔面に、鎖が打ち込まれていた。

 だから、坂下はその場で止まって、腰の入ったミドルキックを放つのを断念するしかなかったのだ。坂下としても、その鎖の防御は、そのままでは間に合わない、ととっさに判断したのだ。

 止まっていた足を浮かせ、前斜めに、慣性の法則にまかせて、飛ぶ。

 だから、ミドルキックは、蹴りというよりは、ほとんど体当たりのようになった。もちろん威力がない訳ではないが、防具を無視して相手を倒すまでの威力は、望むべくもない。

 しかし、ダメージはあったのだろう。チェーンソーも、そのままふんばることは出来ず、斜め前方に吹き飛んでいる。

 お互い、相手の攻撃の威力ではなく、前進の力をそのまま殺しきれなかった結果、当たった分、斜めに動いただけ、という結果に終わったのだ。

「やりましたね、好恵さん」

「まあ、まだまだ甘いけどね」

 だが、この攻防は、大きかった。

 武器と防具の両方を持った相手に、先にダメージを当てた。それは、何よりも大きかった。

 普通なら、じわじわと追いつめられて、起死回生の一撃を狙うのが定石、というか、そうならざるを得ない。それほどまでに、このレベルでの武器持ちは強いのだ。

 葵と綾香が喜んだり、程度は低いとは言え誉めているのは、そういう背景がある。例え完璧でなくとも、ダメージを当てることには、大きな意味がある。

 これで決められなかったのは痛い?

 確かに、そうだろう。その所為か、ランなどは、嬉しそうにもしながらも、どこか苦い顔をしている。これだけの相手だ、決められるときに決めておかなければ、危険過ぎる。

 しかし、だ。

 すいっ、と、ダメージがないかのように、チェーンソーは立ち上がって素早く構えを取っている。同じく吹き飛ぶ格好になった坂下も、ダメージはないのだから、同じようにすでに構えを取っている。

 一撃の撃ち合いだけで、あれだけ濃密な攻防を行った二人なのに、それはすでにもう過去のことで、まったく頭にある様子はなかった。

 あの一撃で決められなかった。確かに、最大のチャンスであったろう。

 だが、もし坂下が逃げることに一瞬でも躊躇すれば、良くて相打ち、悪ければ、坂下の方が負けていた。それは覆せない事実だ。少なくとも、浩之だけでなく、葵も綾香も、その事実は変わらないようなのだ。

 だったら、決められなかった、と嘆く場面ではない。

 あれぐらいで倒せる相手ではない、とはっきりと認める方が、正しいのだ。

 おしかったことは、確かにおしかったのだろう。しかし、おしかろうがどうであろうが、あの攻防では倒せなかった、どころか、負けていた可能性が高いのだ。

 お互い、一歩間違えば、一撃で負けていたようなあの場面も、所詮二人にとってみれば、小手調べでしかないのだ。

 威力が桁外れているのは、すでに分かっている話だ。後は、どうやって、相手を倒すかなのだ。

 威力だけ高くて倒せるような相手では、お互いにないのだから。

 一合目は、お互い同時に。

 そして、二合目は、坂下の方が、先に動いた。

 

続く

 

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