一応、先にダメージを当てた坂下の方が、押していると言えば押している。しかし、だからと言って、簡単に攻めてどうにかなる相手ではないだろうに。
坂下は、自分から仕掛けていた。
うかつな攻撃は隙を生むぐらい、今更言われるまでもないことだし、そうでなくとも、チェーンソーの方には鎖がある分、リーチがあるのだ。
突っ込んでくる坂下に、チェーンソーは、当然、分かり切ったように攻撃を合わせる。
この攻撃は、大して不用意だとは思えなかった。攻撃はともかく、距離を詰めて来たのは坂下の方であり、その分坂下の方が分が悪い。チェーンソーは、坂下の出方をうかがって動けるからだ。
チェーンソーの両腕が横に振りかぶられ、そのまま腕を振り抜く。とは言っても、ためなどほとんどなかった。
右が、坂下の顔を、左が、坂下の足を狙って、双撃が繰り出された。
普通、両腕で攻撃することはありえない。威力もスピードも出し辛いし、何より、両腕を同時に自在に扱う、というのは至難の技なのだ。
世にある二刀流というのは、片手で牽制やフェイント、または守りに使って、出来た隙に本命である残りの片手を使うものだ。
一人で時間差など、出来ない。あくまで、片手で扱える、という利点以上のものは、普通はない。
しかし、チェーンソーの攻撃は、まさに二刀であった。
やはり、それでも、一人時間差などは不可能なのだろうが、両腕を振るうにも関わらず、その軌道を別の方向にしている。
片方が、相手の視界に近付いていく方向に、片方が、相手の視界から離れた方に。反射神経では、同時に複数のものに対処するのが非常に苦手であることを考えても、その攻撃の有用性は計り知れない。
現実的に考えれば、最高の二刀流、と言っていいだろう。
だが、坂下は、まるでそれを読んでいたかのように、たんっ、と地面を蹴っていた。
前進の為に前に出されていた左脚、そこを狙って繰り出されたチェーンソーの鎖を、坂下は地面を蹴って脚を後ろに逃がすことで避ける。
と同時に、脚が後ろに下がったのにつられて後ろに下がった上半身が、上に振られた鎖を、これもしごく当然のように避けた。
そして、さらにそこから、坂下は止まらない。
下と上が後ろに下がったというのに、胴体はそのまま前に動き、その腰の動きに合わせるように、後ろに飛んでいたはずの左脚が、真っ直ぐ前に突き出された。
避ける為に左脚は後ろに下げたが、右脚はまだ生きていた。その右脚が中心となって、後ろに下がって来た力を跳ね返し、それを腰に伝えたのだ。
腰の入った前蹴り、いや、足刀蹴りが、チェーンソーの腹部に打ち込まれる。
方や、チェーンソーの鎖は、すぐには戻れない。遠心力でスピードを上げていようと、その分、距離を必要とするのだ。時間的なことを言えば、スピードがあがっても、時間は余計にかかるだろう。
ドカッ!!!!!!
おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
一撃目と同様、坂下の方の攻撃が、先にチェーンソーに当たったことに、観客達は、歓声というよりも、動揺したような声を上げる。
後ろにはね飛ばされるチェーンソーを見ても、しかし、浩之達は喜ばなかった。
「完全にガード、間に合いましたね」
「好恵でも、あんな逃げ腰じゃあ、防具を打ち抜くような威力は出せないしねえ」
「……というか、ガード、間に合ったんですか?」
一人、チェーンソーの動きを追いきれなかったランが、疑問の声をあげる。
しかし、確かにチェーンソーは、自分の腹部の前で、腕をクロスしていた。立っているところを見ても、どうもガードは間にあったようで、致命傷にはほど遠そうだ。
ガードが間に合えば、腕の防具は、チェーンソーの付けた防具の中で、一番厚い。全体的に言えば、マスカレッドとは比べものにならないぐらい薄い防具だが、守りに頻繁に使う腕だけは、かなり厚い防具をつけていた。
ランの疑問に、何だそんなこと、と綾香が答えてくれる。
「そりゃ、別に鎖でガードする必要はないんだから」
「あ……」
言われてみれば、それはそうだ。時間がかかるのは、鎖であって、腕の方ではない。鎖は鎖でそのままにして、腕は防御に回せばいいのだ。幸い、チェーンソーは防具をつけているので、多少鎖が自分に当たっても、そう酷いことにはならない。
それよりは、坂下の足刀蹴りを受けた方が、大変なことになるだろう。具体的に言うと骨折とか内臓破裂とか。
ガードも間に合って、後ろに飛んで威力も殺したとなれば、ダメージはゼロと考えても良いだろう。
しかし、ここは、チェーンソーにダメージがなかったことを悔やむ場所ではなく。
「何か……ヨシエさん、簡単に、チェーンソーを捉まえましたけど」
今は、ダメージを当てることが出来なかった。しかし、それはチェーンソーの後の対処が良かっただけで、坂下の落ち度ではない。
落ち度どころか、坂下は、予想以上に、やりすぎている。
まだ、始まったばかりだというのに、こんなに早く、チェーンソーに一撃を、ガードごしにすら当てる選手は、今までいなかった。
チェーンソーは、怖ろしいまでの手練れなのだ。そこに、多少のダメージを無視出来る防具と、リーチのある鎖が入っては、簡単に近付くことすらできない。
特攻すれば、それは出来るかもしれないが、無傷では済むまい。
それを考えると、チェーンソー相手に、坂下は、上手過ぎる。すでに二度、その攻撃をかいくぐって中に入っているのだ。
「そりゃ、出来ないことはないんじゃない?」
「……」
出来ないって、つかそれぐらいで出来るのなら、苦労はない。
ランの顔は、ありありとそう言っていたので、浩之は思わず吹き出してしまった。
「……何ですか?」
顔に出ているとは思っていないのだろうが、少なくとも自分が笑われたのは分かったのだろう、珍しくほほをふくらませて、不機嫌、見方によっては恥ずかしいのをごまかすように、浩之につっかかる。
「あ、いや、何でもないって。俺も、理屈は分かるんだが、気分的にはランと一緒だしな」
「一緒、ですか?」
微妙な顔をするラン。どうも機嫌が良さそうに見えたのだが、まあ、そんなことはないのだろう、と浩之は勝手に納得することにした。
「というか、理屈は分かるんですか?」
「ああ、理屈はな。実践しろって言われても、絶対無理だし、試すのも嫌だけどな」
「試さないでいいですから、教えてくれませんか?」
「ああ? 簡単な話だって。深く考えなくても分かるだろ。チェーンソーの武器は鎖だからな。腕の振りよりも先には来ないんだよ」
「……ええと……」
意味が分かるような、分からないような、という顔のランに、浩之はまた少し笑えて来たが、今度は横で見ていた綾香の方が吹き出した。
「……皆して、何ですか?」
「いや、かわいいなあって」
「来栖川さんに言われても、あまり嬉しくありません」
実際、本当に嬉しくない。どの面、というかどの美少女の顔下げて言っているのか。むしろ怒りすら沸く。
ランをからかった綾香は、詳しい説明をしてくれるでもなく、ふんっ、と鼻で笑って、肩をすくめた。
「まあ、それぐらいで完全に封じ込めるような相手じゃ、ないみたいだけどね」
綾香の言うそれは、浩之にはかなり不吉な言葉に聞こえた。
続く