作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(340)

 

 坂下が、チェーンソーの鎖のスピードについていっているのを、浩之は腕の振りと鎖の話で説明した。

 鎖は、物自体は硬いとは言え、棒のように一本の線が通っている訳ではない。

 だから、どうしても、腕を振った後の軌道を、追うようにしか動けない。もちろん、多少の変化はつけられるのだろうが、剣道のように、素早く剣先の軌道を変える、ということは出来ないのだ。

 それだって、十分に異常なスピードなのだが、坂下にとってみれば、それだけのヒントがあれば、鎖を避けることは難しくはあっても、不可能ではない。

 いくら鎖でリーチが伸びようと、蹴りなら届くのだ。相手の攻撃後に合わせれば、その脚自体を狙われることもないし、坂下の「引き」はかなり速いのだ。チェーンソー相手にだって、簡単に伸びた脚を打たれるようなへまはしない。

 もちろんそれだって、細心の注意と、それを実行するだけの度胸がなければ出来ない話だが、その点に関して言えば、坂下にはその両方を満たせるものがあった。

 だから、武器相手に、始めから優位に戦いを進めることが出来ているのだ。

 押し切るには、まだまだ危ない橋を何度も渡らないと駄目だが、対抗できない訳ではない、それだけが分かっただけでも、かなり大きいだろう。

 しかし、それを、綾香は不吉な言葉で表した。

 戦っている坂下に怨みがあるのか、と言いたくなるような、まさに不幸を呼ぶセリフだ。

「それぐらいで封じれる相手じゃない……か。まあ、そうだろうなあ」

 しかし、浩之も、それに同意せざるを得なかった。

 並の相手なら、もう勝負は決したようなものだ。起死回生の技を狙って、隙の出来たところに、坂下の本気の一撃を入れられて、勝負が決するだろう。

 しかし、今回の相手は、そんな簡単な相手では、ありえない。

 チェーンソーは、二度も避けられたにも関わらず、それでも、まだ懲りていないのか、自分から距離を詰めようとしていた。

 と思った瞬間には、コンクリートの地面を、滑るように坂下に向かって動いていた。腰がほぼ完全なほどに安定しており、まったく隙の見えない歩法だ。

 しかし、それには坂下は驚いた様子もなかった。坂下も、それぐらいの動きは出来るし、それぐらいでいちいち驚いているようでは、このレベルでは戦うことなど出来ない。

 坂下は、じっくり待ちに入っていた。チェーンソーの方がリーチが長い分、先に手を出さないといけないのは、チェーンソーの方なのだ。

 よしんば、坂下を逃がさない為に、もっと奥まで入ってくれば、そこを坂下は前に出て迎撃すれば良いのだ。近付いてしまえば、刃物でもない以上、武器の意味はあまりなくなる。意味を無くすだけの威力を、坂下が出せるからだ。

 坂下の理解している、チェーンソーのだいたいのリーチよりも、さらにチェーンソーが内に入ってくる。

 誤解のないように言っておくが、坂下は、チェーンソーの間合いを、はっきりと理解している訳ではない。時間が経てばともかく、このスピードを、そんなに早くは無理だ。

 しかし、「だいたい」は理解できていた。

 後は、度胸と勘と経験で補って、カウンターに近い技を繰り出しているのだ。そのファジーさにも、かなり驚かされるものがある。

 だが、数センチ、数ミリというレベルで見切っている訳ではなく、だいたいここらへん、という部分で見切っているだけであり、チェーンソーは、そのだいたいのリーチよりも、内に入って来た。

 それでも、坂下は待つ。まだ十分に、坂下は逃れることが出来る、と判断していたからだ。

 何故なら、チェーンソーの腕が、まだ動いていなかったからだ。さらに言うならば、脚の方は、前蹴りを放とうと動いている。

 鎖の攻撃を捨てて、素手による攻撃を出してくる可能性を、ちゃんと坂下は考えていた。普通に鎖だけで来られるよりも、対応はどうしても難しくはなるが、やれないことはない、と考えていた。

 チェーンソーの、普通の格闘技の技も、坂下と同レベルである可能性はあったが、それでも、坂下は対処出来るつもりでいた。

 が、坂下は、素早く横に飛んでいた。反撃を考えることもない、全力で回避する為の動きだった。

 腕が動くよりも先に、鎖が、跳ね上がったのだ。

 おかしい、動きはなかったずだ!

 坂下は、心の中でそう叫んでいた。しかし、それで事実が変わる訳でもないし、それなのに、ちゃんと坂下は避けているのだ。

 だが、予測していなかった分、坂下の対処が遅れた。だから、反撃の余裕もなく、横に逃げていたのだ。

 もちろん、ただで逃がしてくれる訳もない。チェーンソーの回し蹴りが、横に逃げた坂下を襲った。

 ズバンッ!!

 重い蹴りが、お返しとばかりに、坂下を横にはね飛ばす。

 坂下は、それを片手で何とかガードしていた。さらに横にも飛んだので、ダメージを逃がすのには成功したが、ギリギリだった。

 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 やられたままでは済まさないチェーンソーの反撃に、観客達はお約束のように声を張り上げる。が、当然そんなものは、坂下は気にしていない。

 気にするのは、チェーンソーの鎖の動きだった。

 腕がほとんど動いていなかったはずなのに、鎖は下から高速で打ち出された。腕を一瞬動かして、そこから引くことによって、不可能ではないだろうが、それにしたって、スピードが有りすぎた。

 ちゃんと見ていれば、鎖が不可解な動きをしたのは分かっただろう。

 事実、葵や浩之は、首をかしげていた。鎖の動きが、不可解だったのを、ちゃんとわかっているのだ。

「今、鎖がおかしな動き、しませんでしたか?」

 ランにも、その不可解さは見て取れたようだ。もっとも、少し半信半疑なのは、チェーンソーの鎖は、最初から不可解と言われれば不可解な動きをしているからだ。

 それでも、道理ではなく、感覚的におかしい、と感じているだけ、ランにはなかなか目があるのだろう。

「ああ、おかしかったんだが……何か身体に仕掛けでもあるのか?」

 マスカレッドがそうだったように、身体の中に何か仕掛けておく、というのはありえる話だった。普通の部位は不可能でも、頭のフルフェイスヘルメットや、腕のガードの中になら、何か仕込むことも出来るだろう。

 しかし、そんな予測を、ばっさりと、綾香が切り捨てた。

「そんなの、技に決まってるじゃない」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む