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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(341)

 

「そんなの、技に決まってるじゃない」

 手首に固定された鎖が、腕をほとんど動かしていないのに、勝手に跳ね上がる。番組が番組なら手品か心霊現象にでもあげられそうなことを、綾香は、技と言った。

「あれも、技なのか?」

「そ、見えなかった?」

 見えていないに決まっている。だいたい、綾香一人だけ、別世界を見ているのに、それをあたかも自分が標準だと言わんばかりの口調で言うのだ。その時点でつっこみを入れたい。

「でも、腕はあまり動きませんでしたよ。それは、少しは動かしたかもしれませんけど……」

 葵にも、見えなかったのだろう。そして、その少しの動きで、鎖があそこまで動くのもおかしい、と思っている。

 本当に、手首をひねった程度の動きしかなかったのだ。鎖が動き出してから、やっと腕がついていくような動きを取った。鎖が、動きを先行したのは事実だ。

 しかし、それが出来るのなら、それはかなり凄いことだった。ほとんどためも動作もなく、鎖を動かせるというのなら、いかに守りのうまい坂下でも、簡単に対処できはしない。

 だが、その超能力じみた動きが、本当に可能なのだろうか? 達人と言われる世界になろうとも、物理法則を無視することは不可能なのだ。あの鎖の動きは、物理法則を無視していたようにすら見えた。

 超のつく能力とも思えるその鎖の動きに対して。

「別に、そんなに深い技じゃないわよ。ただ単に、鎖を蹴っただけだし」

 綾香の解答は、実にシンプルだった。

「……何となく納得できるような、そうでないような」

 何も、鎖を動かすのは、腕を使う必要はない。脚で蹴れば、それは当然鎖は動く。言われてみれば、確かに、脚が不自然に動いたようにも思えた。

「それで納得できるような動きとは、大きく外れているように思えますけど」

 ランは、納得できないという顔をして言った。

 鎖だって、脚で蹴れば、それは動くだろうが、しかし、あのスピードで動くかどうかはかなり怪しい。ついでに言えば、棒のように、片方蹴って片方固定しておけば、それなりのスピードが出るものではないのだ。

 鎖は、力を非常に伝え辛い。最終的にスピードに結びつけることは出来ても、初速は、力の伝達が難しい分、どうしても遅くなる。

 それを、あれだけのスピードで振り回すチェーンソーの技術は凄いのだが、しかし、それを考えたって、やはり無理のある動きだった。

 先端に、重りなどがつけてあれば、それを蹴ってスピードを上げることは可能だろうが、それすら、チェーンソーの鎖では無理なのだ。

 いや、その必要すらない、というのが正しいのかもしれない。

 綾香は、すでに説明は終わったと言わんばかりに、試合場の方に視線を向けて、一体どういうことか、説明を求めている皆を、完璧に無視した。

 浩之は、一応綾香が言うのならそうなのだろう、と無理に納得しておくことにした。

 タネをあかせば、チェーンソーは、鎖を脚全体に乗せて蹴ったのだ。蹴ったというよりも、押したと言った方が正しいかもしれない。

 力を乗せづらいのは、鎖が曲がるからだ。そこで、パワーがロスされる。そして、武器を扱うときには、かなり重要なてこの原理が応用出来ない。

 だから、チェーンソーは、脚全体に、鎖が当たるようにして蹴ったのだ。力が、他に飛んでロスされるのなら、それをロスする場所を、全て封じてしまえばいいのだ。

 そして、そうやって鎖に乗せた力を、手首の返しでうまく方向性を持たせて、腕が動いていないのに、鎖だけが動くという、奇っ怪な技を作り出した。

 普通よりはスピードで劣る攻撃だ。しかし、それでも相手の裏を突く、という点では、十分に技としての効果を発揮していた。

 この原理が分からないでも、チェーンソーが、勢いを押し返した、と観客達は感じていた。確かに、それが出来るということは、動きを予測しにくくし、坂下が守るのが難しくなるので、間違いではない。

 むしろ、当たったときのダメージが大きい分、坂下が押されている、と誰しも思うだろう。

 しかし、坂下も、対等にやってる、よな。

 さて、それに何人気付いているだろうか? 葵や綾香は気付いているだろうが、ランは気付いていないかもしれない。浩之は、ぎりぎり気付けた。

 最後の、チェーンソーの反撃が、鎖ではなく、蹴りであったことに。

 いかにチェーンソーが、普通の打撃だって強いとは言え、本当に十分な体勢ではなかったことを考えると、鎖で攻撃した方が、絶対的に良いに決まっている。

 何より、鎖ならば、ガードした坂下の腕にも、ダメージを当てることが出来るだろう。

 だが、チェーンソーの攻撃は、蹴りだった。結果、坂下はガードが間に合い、横に飛んだことによって、ダメージを受けていない。

 何も出来ずに逃げた、というのは、嘘だった。

 坂下は、ちゃんと反撃していたのだ。

 普通の拳ではない、指を第二関節で曲げた形で固めた、抜き手に近い拳で、チェーンソーの脇腹を打ったのだ。

 防具が、どれほどそのダメージを消してくれるかは、分からない。しかし、そのまま受けるのには、あまりにも危険過ぎる拳だった。

 いや、理屈抜きで、チェーンソーはとっさにガードしたのだろう。腕の厚い防具であれば、それを防ぐことも出来る。

 間違っては、いなかったのだろう。少なくとも、効かないような打撃を、坂下が打つとも思えないし、もし効いたとき、チェーンソーは血反吐を吐きながら倒れることになるだろうから、ガードしたのは正解だ。

 しかし、だから、その腕は攻撃に回せなかった。いくら何でも、ガードにまわした腕の方の鎖までは、攻撃にはまわせなかったのだ。それだけでも、チェーンソーは、自分の意志の通りに、何の制限も受けずに鎖を動かせる訳ではないことが分かる。

 これで倒せる、などとは、当然坂下も考えていない。しかし、もしガードを捨てて、こちらを倒すつもりで鎖を打ち出して来たとき。

 相打ちではなく、必ず、相手を打倒せしめる力を、その拳に入れていただろう。

 すでに凶器と化している坂下の拳は、その一撃で相手の内臓を損傷させていただろう。が、今回は、幸運にも、その機会には恵まれなかった。

 取り逃がしたのは、チェーンソーの方であるのだが。

 命をつないだのも、チェーンソーの方であり、自分が危険な状況であっても、それを転換させるだけのものが、坂下にはあった、ということだ。

 しかし、ここまでやっても、まだまだ、坂下が押している、とはとても言えない。

 それを示すかのように、チェーンソーは後ろに飛んでいた。坂下は、一瞬追撃する構えを見せて、やめた。

 そのときには、すでに鎖が動き出していたからだ。今からの追撃は、スピードの乗った鎖をかいくぐっていかなければならず、それは、さすがの坂下もあまり選択肢に入れたくない攻防だった。

 ただ、どうせ、行かなくとも、すぐにチェーンソーの方から来るのだ。

 坂下の躊躇を作り出したチェーンソーは、十分に距離を取っても、鎖を振り回すのを止めなかった。

 それどころか、少しずつ、スピードが増してくる。

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ

 鎖が風を切る音が、間隔無く試合場に響く。

 それは、見る見る内に、スピードをさらに上げ。

 傍観するしかなかった坂下をあざ笑うかのように、チェーンソーの鎖の球が、チェーンソーの身体を包んだ。

 

続く

 

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