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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(347)

 

 坂下には、思い違いなどなかった。

 予定通り、坂下の狙い通りの動きを、彼女は取っていた。

 浩之は間違えているが、坂下は、鎖の回転を止めることを、そう優先させていなかった。確かに、近づけない、という弊害はあろうとも。

 必殺の気合いのない攻撃を、恐れる坂下では、ない。

 道着を投げて相手を止める、などという手も、使う気はなかった。そこに罠があろうことは明かだし、何より、それでは格好がつかない。

 知覚できる攻撃ならば、坂下にとっては、防御できる攻撃だった。鎖の回転は、確かにやっかいではあるが、怖くはなかった。坂下の目には、ちゃんと捉えることが出来ていたからだ。

 それどころか、必殺の気合いの入らないその作戦は、坂下にとっては、望むところだった。

 坂下からは攻撃出来ないように見せかけて、本当は、坂下の方が一方的に有利だったのだ。何故なら、坂下は、必殺の気合いを込めた一撃を、自分から出せるからだ。

 多少スピードがあろうとも、気の抜けたような鎖の回転の中に、手を突っ込むことぐらい、そしてそれを受け流してはじくことぐらい、坂下には造作もない、とまでは言わないまでも、至難ではない。

 そして、隙の出来たチェーンソーに向かって、前蹴りを放つ。さすがは一位、その反撃に、自分も前蹴りを合わせて来た、それは凄いことだが。

 それすら、坂下は予測していた。

 外から見れば、前蹴りは、同時に見えただろう。しかし、坂下の方が、一瞬出すのが早かった。一瞬先ならば、それで十分。

 出した脚がチェーンソーを蹴るのではなく、軸足が地面を蹴るような、そんな下から突き上げる前蹴りが、チェーンソーの腹部に到達、さらに、当たった瞬間に、素早く脚を引く。

 打撃の基本だ。ジャンプするときのことを考えればいい。ジャンプする一瞬、地についた足には大きな力が入る。そこから、地面を蹴って飛ぶ訳だが、地面が柔らかいと、その衝撃が逃げて、高く飛べない。高く飛ぼうとすれば、より強い力を地面に与えなければならないのだ。

 それを打撃に応用すればいいのだ。相手の身体を蹴ることによって、ジャンプと同じように、力を地面へ、つまりこの場合は相手へ、伝える。

 力を存分に相手に入れた前蹴りを当てた後は、地面でふんばっている脚は、もういらない。相手を蹴った反動の一部で、自分は後ろに飛ぶ。

 すでに後ろに飛んでいる身体に、チェーンソーの前蹴りが入る。しかし、それは柔らかい地面と同じ。力は逃げる。

 クリーンヒットの感覚。もし相手が、普通の服ならば、悶絶している一撃だ。運が悪ければ、内臓破裂を起こしているかもしれない。

 だが、チェーンソーは、そんな蹴りを受けたにも関わらず、膝すらつかない。

 しかし、それも強がっているのは、確かだった。

 普通の防具ではない。あれだけの薄さで、それでもかなりのダメージを、チェーンソーの防具は分散させている。

 しかし、それでも。

 車と正面衝突して、無事でいることが出来るだろうか? 坂下の打撃は、それに似ている。

 どんなにダメージを分散させたところで、全体のダメージを、その薄さではそう減らせるものではない。

 何より、坂下は、どんな防具であれ、自分の打撃なら、打ち砕く自信があった。現実には、もちろんそんなことは無理なのだろうが、しかし、目の前にすれば、その不可能すら、坂下にとっては、大きな障害ではない。

 防具の上からでも、坂下の一撃を受けてなお、倒れないチェーンソー。何より、後で入ったチェーンソーの前蹴りは、坂下にとっても、無傷ではなかった。

 いくら後ろに逃げたとは言っても、チェーンソーほどの選手の前蹴りを、全て受け流す、というのは無理がある。一瞬早かった、とは言っても、所詮は一瞬なのだ。

 しかし、坂下は、決して軽視すべきでないダメージを受けているにも関わらず。

 前に、出た。

 チェーンソーを、なめている訳ではない。自分の受けたダメージを、大したことない、と思っている訳でもないし、チェーンソーに与えたダメージの大きさを鑑みた訳でもない。

 だが、倒す為には、前に出るしかないのだ。

 だが、その前進は、あっさりと止まった。

 ゴウッ!!

 チェーンソーの放った両腕を組んだ鎖の一撃を避ける為に、止まるしかなかったのだ。一本でも十分相手を破壊出来る鎖が二つ重なったその圧力は、坂下の脚を止めるだけのものがあった。

 ダメージを受けている人間の繰り出す技の圧力では、なかった。それが、坂下の脚を止めたのだ。

 いや、このまま前に出たとしても、チェーンソーには、腕をそのまま首に巻き付けるようにして繰り出される連撃がある。

 が、その判断が間違いであったことに、坂下は次の瞬間気付いたが、しかし、それはすでに遅かった。

 腕を首にまわすのではなく、身体全体がその場で回転する。スピードよりも、次の一撃の為に、体勢を作ったのだ。もし、前に出ていれば、坂下の方が先に打撃を当てることが出来ただろう。

 しかし、チェーンソーが、それをさせない。

 身体の回転ですでに十分に加速した鎖が、さらに腕の振りによって加速し、坂下曰く、必殺の気合いのこもった一撃が、坂下に向かって繰り出された。

 距離が、近い!!

 坂下は、自分が入り込んではならない場所に脚を踏み入れていることに今更ながら気付いたが、すでにどうしようもなかった。

 いや、坂下が入り込んだのではないのだ。チェーンソーが、反撃を恐れずに、体勢を作りながら、前に出た。その分、深く坂下を射程に入れたのだ。

 反撃も、間に合わない。そう思う余裕すら、坂下にはなかった。

 身体の回転から繰り出される、一方向からの、二撃。

 先に来た方が、坂下の脚を狙い下へ、片方が、坂下の頭を狙い上へ。リーチと熟練した技と、完璧な策が生む、一撃二発。

 いかな坂下とて、それを華麗にさばく、というのは難しい。とくに、下に打たれた一撃は、受けにくいことこの上ないし、飛んで良ければ、上を狙った追撃に身をさらせることになる。浮いた状態では、受け流すのも簡単なことではないし。

 何より、坂下であろうとも、必殺の気合いの入った一撃を、簡単に受け流すことなど、出来ない。

 その迷いが、坂下の動きを、止めたのか。

 ビシィッ!!!!

「ぐっ!!」

 チェーンソーの鎖が、坂下の脚を刈り、坂下は、腰を中心にして、その場で回転していた。

 

続く

 

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