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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(379)

 

 今まで、真面目に部活をしていたはずの人間が、部活に出なくなる。

 怪我、家庭の事情、色々とあるだろうが、やはり思春期ではありがち、いや、大人になってもあることだろうが、その多くの原因は、人間関係であるだろう。

 確かに、芝崎が部活に来なくなったのも、人間関係にまとめてしまえる内容なのかもしれない。だからこそ、こんな、何も特別なことがなさそうなときに来て、しかも、その部活に来なくなった理由に話しかけるというのは、異常だった。

 丁度、一年ほど前だろうか?

 坂下が、完膚無きまでに、芝崎を倒したのは。

 部活の一環、とも言えるだろうが、主将をかけての試合は、完全KO制の、高校生にはあるまじきルールだった。

 それを受ける坂下も坂下だが、売る方も、もう少し考えればいいものだろう。まだ入ったばかりの一年にそんなことをやらせるなど、しごき以外の理由などないのが普通だ。

 だが、あのとき、芝崎は本気だった。二年で主将となるぐらいだから、実力も人望も、決して低いものではなかった。

 しかし、それは、平均から考えて、というだけだった。

 坂下は、普通ではなかった。今まで戦って来たものが違い過ぎた。そもそも、怪物を相手することを前提に戦って来た坂下に、一介の高校生が、相手になる訳などない。

 それでも、本人すら勝てないと分かっていただろうに、芝崎は主将をかけて坂下と試合をして、負けて、部活に来なくなった。

 空手部の上と下の人間関係は、もとからそう良好なものではなかった。何せ、坂下は運動系の上下関係には慣れていたが、それでも先輩達よりも遥かに強く、それは弊害を生むのは当然。残りの主力である二人、池田はともかく、御木本の方は、先輩に対する敬意とかある訳もなく、何かと問題を起こしていた。

 そして、皆に頼りにされていた主将の、早過ぎる引退。後輩に負けての、引退だ。

 そこから、ぽつぽつと人が減り、ついには、先輩のほとんどは来なくなった。かわりに、坂下に惹かれて入って来る人間が増え、むしろ空手部自体は活性化しているというのも、皮肉な話だ。

 しかし、くすぶっていたものに火をつけてしまったのは、芝崎であり、火がついてしまうことを、理解してなおその話を坂下は受けたのだから、多くの原因は、この二人にあるだろう。

「先輩よ、まだお礼参りには早いと思うぜ?」

 御木本が、芝崎を挑発する。まあ、もとから真面目で思い詰めるタイプで、だからこそ坂下と主将をかけて試合をするような芝崎と、基本的にはいいかげんな駄人間である御木本の馬が合う訳がない。

「相変わらずだな、お前も。まあ、御木本には用事はないさ」

「つっても、用件によっては、俺も関係してくるかもしれないだろ?」

 あのときのことも、芝崎にはすでに過去の話で、昔を懐かしむ為に来た、などとは、御木本は考えていないようだった。まあ、高校の一年というのは、長い様で短い。少なくとも、感情が落ち着くには、あまりにも短いと言えよう。

 であれば、平和的な話である理由がない。芝崎は、一人で思い詰めるタイプではあったが、だからと言ってそれで道を踏み外すようなタイプではない。とは言っても、人間、場合によってはいくらでも墜ちれるものだということを、御木本は良く分かっていた。

「何、大した手間じゃない。坂下、俺と、戦ってくれ」

 坂下も御木本も、当たり前でまったく驚かなかった。それ以外の理由が、むしろ思いつかない。

 芝崎は、二人のことを相変わらずだと言ったが、御木本から言わせてもらえば、この男の方が、よほど相変わらずだった。真面目で、だからこそ、融通が利かない。

 戦うときは、こうやって、真っ正面から行くしか、方法を知らない。

 悪意ある行為でないことだけはすぐに理解出来たが、しかし、やはり御木本にとって流せる内容ではなかった。普通なら、坂下の意見を尊重するところだが、今は駄目なのだ。

「好恵はただ今絶賛負傷中だ、俺が相手……」

「いいですよ」

「ちょ、おい、好恵!!」

 御木本のセリフを途中で遮った坂下に、御木本が抗議の声をあげる。

「戦うって、お前、まだ腕の怪我治ってないじゃねえか」

 坂下の腕には、包帯がまかれ、わずかに見える部分も、黒い痣になっており、見ているだけで痛々しかった。こう見ると、坂下も普通の女の子である。

「……そうか、怪我しているのか。相変わらず、無茶してるんだな」

 普通に生活して、出来る怪我とはとても思えない。しかし、芝崎はそれに何の疑問も挟まなかった。坂下の武勇伝は、部活に近付かなくとも、聞こえて来るのだ。両腕を怪我することぐらいあっても不思議ではない、と思ったのだろう。

 少し残念そうだが、しかし、真っ直ぐな性格はここでも健在なのだろう。背を向けて帰ろうとしていた。確かに、腕の怪我は、試合の出来そうな状態には見えない。

「ですから、いいですよ」

 しかし、芝崎の動きを止めたのは、坂下の何も気にしていない言葉だった。

「……坂下、お前が強いのはよく分かっているが、俺だって、自負がある。その怪我では、勝っても嬉しくないんだよ」

「怪我と言っても、腕は動きますし、拳も痛めていません。問題ないです」

「おい、好恵。お願いだから、無茶はやめてくれ」

 御木本も、坂下の肩をつかんで止める。坂下が強いのは知っているが、試合をすれば、さすがに身体に負担がかかるだろう。腕の怪我も、どう転ぶか分からない。御木本としては、止めるのは当然だった。

「先輩が、どれほど覚悟してここに来たのか、私にも、理解できますから」

「……」

 勇気が、いっただろう。そう坂下は考えていた。

 一度、これでもかと言うほど負けた相手だ。負けた後、追いつけない、と絶望に打ちひしがれたかもしれない。そして、自分の無茶が招いた結果として、大切であったはずの空手部に行けなくなった。

 そんな場所に、もう一度顔を出すのに、生半可な勇気では足りないはずだ。

 それでも、来た。あのときとは、多分違った覚悟をして、引きずる何かを断ち切る為に。

「その覚悟に、応えない理由は、私にはないです」

 部活を休んでいた、と言うには、あまりにも鍛えられた身体だ。部活には出なくとも、ちゃんと身体を鍛え、そしておそらくは、どこかで空手をしていたのだろう。

 そこまで準備されたのだ、期待に応えない訳にはいくまい。

「それに、先輩には悪いですが、この腕のハンデがあっても、先輩が私に勝てる見込みはないですから」

 そう言う坂下だが、そこには決して悪意はなく、むしろ、真摯に芝崎に接しているようにすら見えた。ある意味、後輩の気遣い、と言っていいだろう。

「……ははっ、言ってくれるな。いいだろう、そう言うなら、相手してもらおうか」

 その気遣いに、芝崎は感謝したのか、そう言って道場の入り口から、中に入った。

 

続く

 

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