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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(386)

 

「おろ、ランじゃん。久しぶり〜、今日はヨシエにしごかれてないのかい?」

 チームの仲間から、気軽に声をかけられる。

 私がマスカレイドに参加するようになったきっかけを作ったのは、自分を負かしたタイタンだが、ケンカをするようになったのは、このチームに入ってからだった。そういう意味では、ここは私の生まれ故郷とも言っていいかもしれない。

「部活動以外は、自主トレだから」

「うわっ、ラン、もういっぱしのスポーツマンだよね」

「てか、じゃないとマスカレイドじゃ勝てないっしょ」

 そう、ここを故郷、と思ってしまうほど、私はここから離れていたような気分だった。

 たかが、一ヶ月にも満たない期間だ。それが証拠に、久しぶりとは言っていても、チームの仲間は、誰一人私がここにいることを疑問に思っているようには見えない。前の通り、気軽な声がその証拠だ。

「おお、ラン、久しぶり」

 しかし、姉のレイカの方はけっこう驚いているようだった。

「姉さん……久しぶり」

 私も、久しぶりと答えるのに、まったく違和感がなかった。

「って、あんたら姉妹だろ、何で久しぶりなんだよ」

 ゼロが、しょうがないやつらだという顔で突っ込みを入れてくる。ここらへんも、全然変わってない。

「いや、最近ランとは生活時間が合わなくってさあ。私も、最近はヨシエと会うよりも、ランと会っている時間の方が短いんじゃないかと思ってるんだけど」

 それも、間違いではないだろう。私は家にいる時間が長くなったが、姉の生活時間は変わらないし、昼型の上に会う可能性のある夕方あたりは私は部活に自主練習で会う機会がない。

 浩之先輩と練習をするようになってからは、余計に顕著だった。

 マスカレイドの試合があるとき以外で、姉に会った記憶が、確かに私の方にもないのだ。

 浩之先輩のことを思い出して、私の胸は、ちくり、と痛んだ。まあ、吹っ切るにはまだまだ時間が短すぎるのは、自覚のあるところだ。感覚的には、かなり長い時間が経っているように感じているのだが、心のささくれは、まだいっこうに収まる気配がない。

 夜にここに来たのも、自主トレでランニングをし難い、というのもあるのだ。会う可能性はごく低いが、それでも、私は浩之先輩と会う可能性の場所には、なるべく近寄りたくなかった。

 それでも、いい訳のようなものを考えながら、学校には行っているのだから、自分の気持ちすら、私自身で測りかねた。

 気分転換のつもりで、ここに出て来た私だが。

 強く、感じてしまった。ここは、もう私の場所ではないのだと。

 チームの仲間は、そんなことは少しも感じてはいないだろう。でも、私は、ここはもう私のホームグラウンドではない、と感じていた。

 私の居場所は、ここではなく、いつの間にか、あの空手部になっていたのだ。ヨシエさんに指導してもらって、池田先輩に意見をもらって、あの御木本をどつき倒して、健介のバカを田辺さんとうまく行くように遠くで見守って、友達が沢山いる、そんな空手部が、いつの間にか、私の居場所であったのだ。

 少しは、気付いていた。しかし、昔からいた場所に来てみて、それを余計に実感した。

「……なあ、ラン?」

「……何?」

 いつもとは違う、酷く真面目な表情で姉が私に話しかけて来た。

「あんた、何か、あった?」

 私は、一瞬どきりとしたが、しかし、何とかそれを顔に出さずに、多分出さずに済んだはずだ、無表情を取り繕うと、全部に嘘をつくわけもいかず、答えた。

「まあ、色々」

「そっか、色々か。何か、ちょっと見ない間に、成長したなあ、と思ったんだけどね」

「何らしいこと言ってるんだか。というか、ランはマスカレイドで二勝してるんだから、私達の助けなんていらないっしょ」

「まあ、そうなんだろうけどね」

 仲間の、微妙に的を外した言葉に、しかし、深くを知らない姉は、苦笑して納得する。

 確かに、マスカレイドで二勝したのは、何もなかったというには、大きなことかもしれない。あれが私に影響を与えていない、とは思わない。それ以外にも、色々はあった。

 でも、成長、とは違うような気がしていた。

 私の弱さとかどうしようもなさとかを、再度確認しただけなのだ。それを成長とは、言わないのではないだろうか?

 だって、私は、あのときから、浩之先輩に助けてもらってから、一歩も前に進んでいないのだ。マスカレイドでは勝てた、戦いを続けることも出来た。でも、それだけだった。

 相も変わらず、私はうじうじして、結局他人の力を借りようとしている。

 御木本を蹴ってうさを晴らそうとしたり、昔の仲間に会って気を紛らわそうとしたりしている。それは、強いとは、絶対対極の位置にあるものだ。

「また、しばらく来れないと思う」

 そう言ったのは、一人でがんばろう、と思ったのではなく、もう、ここが自分の場所ではないと思ったからこそだった。ここにいて、気がまぎれることはない、と悟ってしまったのだ。

 昔と、強くはなっていなくとも、違う自分は、どうしても浩之先輩を思い出してしまうから。

「私らみたいに遊んでたら、マスカレイドで勝てないしね。まあ、がんばりなよ」

「応援ならまかしときなさいって」

「とりあえず、選手でいい男と知り合ったら紹介……」「あ、ずるっ」

 でも、基本的にレディースの癖に和気藹々としている仲間、そう、まだ仲間だ、と思える、に、私は思わず、笑ってしまった。

「でも、しばらくは、マスカレイドの方も試合ないみたいだしねえ。何でも、二人の身体の回復を待ってるとか何とか」

「他の試合すればいいのにね」

「あ、でも、あの試合気になって、他の試合見る気が起きないかも」

 二人、言わずもがな、来栖川綾香と、ヨシエさんだ。

 今や、マスカレイドの一位と二位。

 一位と二位、と考えて、私は初めて気付いた。

 ヨシエさんの方が、来栖川綾香よりも、順位が上なのだ。

 途中結果の話なので、それが最終ではない。しかし、それが例え途中結果であろうとも、来栖川綾香は、それを受け入れるだろうか?

 正直、そうは思えなかった。付き合いは短いが、来栖川綾香が、誰よりも強さにこだわっているのを、私は感じ取っていた。

 絶対に見たい試合、しかし、試合場に行けば、会わずには済まされないだろう。

 それを思うと、胸が痛くなる。

「でも、ランの試合が組まれないのは残念だよね。ランは、試合したくないの?」

「……」

 何げない仲間の言葉に、私は、一瞬どう答えていいのか、分からなかった。

 マスカレイド、自分がそう言われる中で戦っていたのが、昔のことのように思えた。あれから、やっと身体が回復したほどの時間しか経っていないのに、もう何十年も前のようのことに思えて。

 ドクンッ

 それでも、それは、私の場所であることを、私は思い知らされた。

 チームは、もう過去の場所だ、と感じた。しかし、マスカレイドは、まだ、私の血を、動かす。

 そこが、私の舞台なのだと、言い聞かせるように。

 失恋して失意の底で、もう何も手がつかなくて、それでもうさを晴らすように身体を動かす私なのに、試合をしたくないのか、と聞かれて、心臓が、動いた。

 したい、と思った。

 ……ああ、私は、やはり、戦う人間なのだと。

 負けた癖に、それをまったく懲りてないかのように、次を考えている自分が、酷く滑稽で。負けるのが何より嫌なのを、負けたからこそよく理解しているというのに。

 酷く、色々なものを笑い飛ばしたくなった。だから、私は、笑った。

「何か、ラン、よく笑うようになったよね」

「……そうですか?」

 そうなのだろう。それは、きっと浩之先輩のおかげであり。失恋した今も、浩之先輩がくれたものは、私の中でちゃんと生きているのだ。

 そして、浩之先輩も関係ないところで、私はやはり血をたぎらせている。

 矛盾しているようで、その実、単なるわがままな自分を、私はようやく、と言っていいのか、もう、と言っていいのか、認めた。

 吹っ切れてなど、少しもいない。ただ、それはそれ、これはこれ、と割り切って、次の戦いを求める自分の、貪欲さというか、しようがなさというか。

 そんなときでも。そんなときだからこそなのかもしれないけれど。

 会いたい、と思ったのは、浩之先輩だったのに、私はまた、笑ってしまった。

 

続く

 

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