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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(387)

 

 いつもの試合場とは、明かに違っていた。

 普通は屋外、そして路地の奥まった所に試合場は用意されていた。ビルの合間とは言え、入り口にはちゃんと門もつけられていたので、邪魔が入ることもなかった。ビル自体も、マスカレイドの管理しているビルなのだろう。

 綾香が一番最初にクログモと戦った、ああいったまったく関係ない屋外、というのも、マスカレイドでさえ珍しいのだ。

 しかし、今回、ここは対極の意味で、違った。

「……つか、何でこんなところでやるんだ?」

「案外、うるさくしても平気だからじゃないでしょうか?」

「いや、まあ、確かに夜は誰も来ないもんな」

 葵の冷静に見える言葉に、いや、そういうことを聞きたいのでは、と一瞬言おうと思った浩之だったが、天然のところのある葵のことなので、早々にあきらめた。

 そう、ここは、小高い丘の上にある。歩いて来るにはけっこう面倒ではあるものの、すぐそこに住宅がある訳ではないので、煩くしても問題ない、と言う意味では、間違っていない。

 屋内であるのだから、申し訳程度は防音効果もあるだろうし、普通の試合場に使われることもあるので、上に観客席もある。何より、普通に試合場に使っているところよりも、よほど広い。

 学校の、体育館の中に、何故か大勢の人がつめかけていた。

 しかも、今は夜。煌々と照明がついているが、そもそも、夜の学校に人が来るのも珍しければ、来ている人間も、明かに学校とは関係ない人間にしか見えない。

 何で、うちの学校が試合場に?

 浩之も、さすがに試合場を聞いたときには、耳を疑った。どういう経緯やコネや交渉があったのかは分からないが、ある意味、いきな計らいでもある。

 女子高生である二人が、高校の体育館で戦う。

 確かに、戦う二人には、おあつらえの場所なのだろうが。

 だが、マスカレイドの試合がここで行われる、というのは、明らかに間違っているような気がする。

 いや、間違っている、と言うのならば、マスカレイドの最終決戦が、女子高生二人によって行われることを問題に……

「俺としては、あのいかにもって雰囲気が好きなんだけどな」

「まったく、これだから不良は」

 まったくもって大丈夫ではない格好の、簡単に描写すれば包帯にぐるぐる巻き、と言った風の健介、多分退院は出来ていないのだろう、の横で、空手部で一度見たことのある女の子が、付き添う、というよりは寄り添うようにしている。その所為か、最初の挨拶以外、葵に対して、健介はあまりからんで来ようとしない。多分彼女が怖いのだろう。

「……って、あれ、多分ビレンだよね?」

「何、彼女がいてショックなのかい?」

「い、いや、そんなことはないけど……」

「ま、私としては、ヨシエに鍛え直されたビレンの試合は見てみたいけど……ちょっと復帰は遠そうだね」

 横には、ランのチームのレディースの一面。話しているのは、けっこうミーハーであることがばれたレイカと、こっちは単なる格闘マニアのゼロ。

「つか、何だこのメンツは」

 さらに少し離れたところに、同じく空手部にいた、御木本、浩之はあまり面識がないので顔だけ覚えている。実力的にはなかなかの男なのだろうが、それよりも今日は個人的な坂下の応援が目的なのだろう。

 そして、ニコニコと柔らかい笑顔を浮かべた少女と、無表情、というよりは、いつも通り、不機嫌な表情を浮かべた少女が、一緒にいる。

「お久しぶりです、浩之さん。と言っても、二週間ほどですけれど」

「どうも、初鹿さん。ごぶさたしてます」

 丁寧に頭を下げられて、浩之は思わず自分も頭を下げる。

 間違っている、と言うのならば、最初から、間違っている。武器や防具をつけてのこと、とは言っても、前からマスカレイドの無敗の一位は、この女子高生だったのだ。

「あの、この人は?」

 葵が、浩之のそでを引っ張る。

「ああ、葵ちゃんは初めてだったかな。初鹿さん。先輩だけど、ランの友達で、信じられないことに、あの寺町の姉だ」

「寺町……さんのですか」

 さすがに、葵も微妙な顔になる。

 多分、寺町のこと、浩之を負かしたりあのバカの性格だったりそれに反するように試合運びは練達の域に達した矛盾した存在だったり、そもそもどう見ても似てないとか、そういう葛藤が頭の中をかけめぐったのだろう。

「初めまして、松原葵と言います」

「初めまして、初鹿と申します。ランちゃんからも、エクストリームの試合のことなら弟からもお話は聞いていますよ」

 にっこりと柔らかく笑う姿は、どう見ても寺町の肉親とは思えない。

 しかし、彼女こそ、マスカレイドで長く無敗の一位を続けてきた、異能の怪物、チェーンソーの正体なのだ。

 さすがに、そこまでは葵には話していないし、初鹿は通常はそれを見せたりはしないので、葵が気付くこともないだろう。まあ初鹿は、いつもは多少相手をからかうぐらいで、無害な人間だから、問題もない、と浩之は結論付けた。

 浩之にとっては、むしろもっと大きな問題は。

 目を、そむけている訳にもいかず、浩之は、ばつの悪いのはどうしようもなかったが、彼女の方を見た。

「浩之先輩、こんばんはです」

「ん、こんばんは」

 どこか、間の抜けた挨拶をしてきたラン。浩之も、思わず間抜けに返してしまう。しかし、その言葉には、少しも躊躇はなかった。

 それどころか、目の中の、先輩に、浩之に対する態度は、少しも揺らいでいなかった。

「松原さんもこんばんは」

「こんばんは」

 何か、むしろ前よりも堂々としてないか?

 前は、どこか葵に対して遠慮する、というよりも、臆するような態度が見え隠れしていた。それも、仕方ない話ではある。同い年だと言っても、葵はランよりも、遥か高みにいるのだ。

 そう、葵は、ランの尊敬する坂下と、同じ位置にいる。一度は、坂下をも破ったのだ。であれば、ランが臆するのも当然だ。

 なのに、今日は、それがない。親しく、というのには関係に無理があるのだろうが、少なくとも、臆する様子はない。

 まあ、今のランならば、葵よりも、浩之に対してもっと臆してもおかしくないのだが。

「浩之先輩、練習はうまく行っていますか?」

「ん、ああ。まあ、無茶な練習を続けてるよ」

「そうですか。私と練習出来なくなったのは寂しいですけど、がんばってください。いつだって応援していますから」

 にこり、と笑う顔は、坂下よりも、むしろ初鹿の方に似ていた。

 ていうか、ランって、そんな顔で笑えたんだな。

 どこか張りつめたようなところがある、元来真面目な人間が陥りやすいそんな状況に、ランはよくなっていた。

 余裕がない、ランの弱点を一言で表すのならば、そう言えたろう。性格もあるじ、実力も関係してくるのもあるが、とにかく、余裕が生まれにくい。それは、力の原動力になることもあるが、往々において、弱点となる。

 今日は、それが見えない。余裕、というのは言い過ぎでも、落ち着いている、いや、落ち着いてはいない。ただ、どこか、前とは違った。

「……よかった」

 浩之が、何がランにあったのか、と悩んでいると、ランは、ほっと息を吐いた。

「ん、何が?」

「いえ、こっちのことです」

 ランは言わなかったが、浩之が多少気を使ってくる程度で、前とあまり変わらないこと、そして、やはり自分が、浩之を見てときめいていることに、ランは安心したのだ。

「浩之先輩、前に話したことですけど」

「え? あ、ああ……」

 さすがに、浩之はどう答えて良い物か迷っているようだった。当たり前である、浩之がランのことを振ったなど、浩之が言いふらそうなどと思う訳がない。むしろ、なるべく話が広がらないようにとすらするだろう。

 それを、まさかランの方から持ち出すとは思わなかったのだ。

「私、まだあきらめていませんから」

 そこには、浩之の助けを借りないといけなかった少女は、もういなかった。一歩進んだ、助けとしてではない、浩之を欲した、女の子。

 いい顔で、笑うようになったランが、ちらり、と、まだ誰もいない試合場と、そして、葵に視線を送る。

「当然、綾香さんも、松原さんも、ライバルです」

「え、私ですか?」

 いきなり名前を出された葵が、何のことかさっぱり分かっていない顔をしている。まあ、分かってくれても、浩之の心臓に悪いのだが。

「あらあら、楽しそう。私も混ぜてもらおうかしら」

 初鹿が、冗談なのか多分冗談なのだろうさらに混乱を招くようなこと、というか余計に何ことか分からなくなることを言って、葵の混乱を深めて浩之の余裕を削る。

 いや、今日は俺が戦う日じゃねえんだけど。

 そう、冗談に冗談を重ねるようなメンツと話だが、それでも、これは最終決戦の試合場なのだ。

 来栖川綾香 VS 坂下好恵

 マスクを必要とするはずのマスカレイドで、マスクを被ることのなかった二人が、何の因果なのか、むしろ必然だろう、ここで、戦うのだ。

 ここで起こっている小さな戦いをまったく気にすることもなく。

 決戦の火ぶたは、すぐそこまで迫っていた。

 

続く

 

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