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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(388)

 

 しかし、今日も普通に部活動があったろうに、体育館の中央には、八角形の金網で囲まれた試合場が作成されていた。数時間で、ここまで用意するのだから、どれほどの人手を使ったのだろうか?

 試合場は、床も硬そうではあるものの、むき出しではなく、ちゃんと別のマットがひいてあり、綾香や坂下が無茶をしても、体育館を傷めることはなさそうだった。

 あの二人が本気で戦えば、床に穴が空くぐらい、平気でやりそうなものだから、油断は出来ないが。

 選手が入ってくる花道も、ちゃんと作成されていた。何と、上から試合場に入るようになっているのだ。

 舞台の上から、一直線に試合場に伸びており、下は通りこそ出来ないが、最大限観客をいれられるように考えているようだった。

 体育館に、これほど人が入ったことなど、未だかつてなかっただろう。それほどに、観客であふれかえっていた。

 準備も手際が良かったのだろうが、観客も、ありえないほどに素早く体育館に入って来たのだ。場所の関係上、時間前に来るのが禁止されていたにもかかわらず、ほんの十五分ほどで、どこから現れたのかも分からない観客は、何の混乱もなく、素早く体育館に入ってきたのだ。

 これも、事前の連絡が綿密に行われた結果でもあるのだろうが、何よりも、観客達も、この試合を待ち望んでいたのだ。一秒でも早く、この試合が見たかったのだろう。

 そのおかげで、この、浩之にとって非常に居心地の悪い状況も、すぐに、解消された。

 上を通る花道を、男が一人、歩いてくる。

 トレードマークの赤いサングラス。首の、痛々しいコルセットはまだ外れていないが、致命的であった怪我を負っているはずなのに、背を伸ばして、見栄えのする格好で試合場に向かい。

 人の高さほどもある花道と試合場の段差を、軽々と飛び降り、着地する。

「長らく、お待たせいたいましたっ!!」

 わっ、と一瞬だけ、観客の歓声が大きくなる。

 その中でも、マスカレイドのプロデューサーである赤目の声は、通る。まさに、アナウンサーとしての才能には溢れている男だった。だが、この男は、それ以上に戦うことの才能を持っており。

「首をやったままですが、それに負けずに、今日も元気に行こうと思います!!」

 才能と強さを持っていたからこそ、綾香に、首をやられ、後一歩遅ければ、殺されていたのだ。

「まず、最初に言っておかなければならないことがあります!」

 そう言うと、赤目は、ぐるりと、観客を見渡す。

「おそらくは、今日戦う二人は、二度とマスカレイドで戦うことはないでしょう!!」

 ザワッ、と観客達はざわめく。

「どちらも、マスカレイドの住人ではありません!! 表の世界で、お二人とも、片方は世界でと言ってもいいほど広い場所で、脚光を浴びる選手であり、こちら側の人間はありません!!」

 それは、そうだろう。

 綾香は、エクストリームのチャンピオンだ。今回も、ブッちぎりで優勝候補である。メディアへの露出も多く、女性格闘家としてならば、おそらくは日本で一番知名度が高い。

 坂下も、それには劣るものの、決して名前が知られていない訳ではない。綾香と戦った、そして負けた後遺症や、葵との試合の駄目ージから、大会では多くの結果を残せていないので、実力と比べて評価されていない部分はあるが、それでも県下で屈指の空手部の主将で、名前はけっこう通っている。

 こんな、今回こそ体育館でやっているが、薄暗い世界で戦う必要など、この二人には、ない。

「当然です。結局、この二人は、一度もマスクを被ることはありませんでした!!」

 そう、結局、一番大きいのは、それだ。例え、正体を隠す気がなくとも、マスカレイドの選手は皆マスクを被っていた。マスカレイドの名前は伊達ではない。それが、マスカレイドのトレードマークであるからこそ、マスクを被るのだ。

 それを否定し、素顔で戦った二人が、しかし、最後に残った。

「そう、それでも、マスクを被らなかった少女達に、マスカレイドの選手は負けたのです。ことごとく、負けたのです!!」

 マスカレイドを否定するような言葉。例え、負けていても赤目はそんなことは言わなかった。いや、それどころか、最初からマスカレイドの選手に有利になるように準備をするぐらいのことはしてきた。

 その赤目が、負けを、認めたのだ。

「所詮は、素人の戦いだった、と認めざるを得ないでしょう!!」

 物わかりのいい言葉、しかし、それに答えたのは、観客達の、ブーイングだった。

 結果は、分かり切っている。マスカレイドの選手がことごとく、このほとんど無敵の防具をつけたマスカレッドも、無敗を誇っていた異能のチェーンソーも、それぞれに、マスクを被らなかった女子高生に、負けた。

 誰もが、分かっている。それでも、ここにいる観客達は、マスカレイドの、ファンなのだ。

 赤目は、手を挙げて、観客達のブーイングを抑える。

「ですが!!」

 赤目は、声を張り上げた。

「この二人が、最強と言っていいこの二人がマスカレイドに来なくなろうとも、マスカレイドには、次があります!!」

 観客達の思いを、ちゃんと、赤目は分かっていた。

「マスカレイドは、永遠に不滅です!!!!」

 おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 離れた民家にも聞こえるのでは、と思うほどの、地鳴りに似た歓声が、あがる。

 反応していないのは、浩之や葵と、後数名ぐらいなもので、他の者は皆、それに同意するように、歓声を上げていた。

 今のところ、確かに、マスカレイドは最強ではなくなったのかもしれない。

 しかし、それでも、ファンにとっては、マスカレイドは代え難いものであるし、続きがあるのならば、いずれ、その位置にさえ来ることが出来るかもしれないのだ。

「この決勝戦に、最後の最後の、最強を決める戦いに、マスカレイドの選手を送り込めなかったのは、悔しい!!」

 しかしっ!!

 観客と、赤目の声が重なる。

「いつか、私達はたどり着くでしょう!! そのときまで、マスカレイドは、邁進します!!」

 ばっ、と赤目は、首の怪我のことも無視したかのように、大きく腕を振り上げた。

「さあ、今日は、マスカレイドをかみ殺して来た、マスカレイドではない戦いを、楽しみましょう!!」

 そして、マスカレイドの戦いではなくとも、誰しも、今日の戦いを、観てみたくて仕方なかったのだ。

「最強の、二人の、入場です!!!!!」

 

続く

 

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