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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(390)

 

「そして、もう一人!!」

 赤目の声は、坂下が試合場に入っても止まらない。

 パシューッ、と、坂下が入って来たのと同じように、スモークが舞台を覆う。

 現れたのは、制服姿とスパッツに身を包んだ、アイドルでも裸足で逃げ出してしまうほどの容姿と完璧にも近い身体を持つ、見ほれてしまうほどの美少女。

 貌には、そのはかない容姿には似つかわしくない、皮肉そうな、しかし自信に満ちあふれた笑みを貼り付けている。そうすれば、それが一番似合う表情なのでは、と錯覚してしまいそうになる。

 オオオオオォォォォォォォォォォォッ!!!!!

 その美少女は、坂下にも負けないほどの歓声で、観客達に迎えられた。

 戦う姿では、ない。下着こそスパッツで見えないが、しかし、運動に適した服装ではないし、格闘技をする格好では、絶対にない。坂下のように、見ただけでそれが強さの証明になるようなものは、何一つない。

 唯一戦うつもりがあるのを示すように、手にはめられたウレタンナックルだけで、その凶暴さを理解しろ、という方が無理だろう。

 見て分からないからこそ、危険な存在。

「マスカレイドでの全成績、四戦四勝!!」

 彼女は、もっとわかり易い。マスカレイドどころか、公式戦で、一度として土をつけられたことがないのだ。それは、マスカレイドに来ても、何一つ変わっていない。

 坂下よりも、その美少女はよほどこういう場に慣れているのだろう。愛想をふりまくどころか、リップサービスの笑顔を振りまく。見た目は文句なしの美少女だ、そうされて、観客が盛り上がらない訳がない。

 それでも、歩く姿に隙がありそうで、まったくないのは、さすがと言うか、異様と言うか。

「一戦目、クログモ!! いきなりの試合、それもクログモの有利な地形にも関わらずKO勝利をもぎ取り、エクストリームチャンプが飾りではないことを、その結果を持って証明しました!!」

 マスカレイドが、自発的に表の相手に狙いをつけた一戦だった。赤目が、マスカレイドが売名行為は理解出来るが、しかしどうしてそんな思い切った行為をしたのかは今でも謎ではあるが、それに綾香は、あっさりと乗った。軽率、とも言える早さだった。

 その戦いに戦慄した者も多かったろう。何せ、遠くから写していたはずのカメラが、彼女の投石で壊されたのだ。格闘技の強さとかは別の次元ですら、彼女が怪物であることは、誰の目にも明らかだった。

 クログモは、綾香の必殺、ラビットパンチ、綾香命名ウサ耳パンチで切って落とされ、地面に落ちた。

「二戦目、バリスタ!! ギザギザに負けて順位を落としていたとは言え、彼はカリュウと同じく、マスカレイドの生え抜き!! それを、あろうことか彼女は真正面から、スピードではなく、パワーで撃破しました!!」

 恵まれた体格と反射神経と運動能力を兼ね備えたバリスタは、誰よりも格闘技に有利だったのだ。実際、綾香はタックルの直撃を受けることとなった。

 しかし、そのバリスタを、綾香は、スピードで攪乱するのではなく、技で打ち抜くのでもなく、力で押し切った。バリスタを倒した打撃の威力は確かにすさまじいものがあったが、その前に、パワーでバリスタが負けたことが、勝敗を生み出す一番大きな要因だったのだ。

 まあ、そうは言っても、投げた相手の頭を、ポールと挟むようにして繰り出す蹴りが、凄くない訳がないのだが。

 綾香の強さだけではない、恐ろしさも、その十分の一でも観客達に理解させた一戦だった。

「三戦目!! リヴァイアサン!! 彼もまた、マスカレイドの生え抜きと言っていいでしょう!! 実力は折り紙つき、こと素手の打撃で言えば、彼に勝てる者はマスカレイドにはいなかったでしょう!! しかし、彼女は、脚にからみつく砂すら関係なく、リヴァイアサン相手に、打撃で完勝しました!!」

 腕を大きく振って、その腕を相手に当てると言う、一見非効率な打撃を繰り出して来たリヴァイアサン。しかし、それはスピードとパワーで理にかなった打撃であり、その一撃は格闘家の蹴りよりも強かったかもしれない。

 綾香は、その相手に対して、同じ打撃で超えて見せた。相手のカウンターを読んだ、というのも大きい。

 ラビットパンチに合わせようとしたカウンターを、さらにカウンター、ウサギカウンターという名前はこの際無視する。

「その他にも、数多のマスカレイドの選手が、非公式に彼女に向かって行き、ことごとく打ち倒されました!! 彼女一人に、マスカレイドは壊滅させられた、と言っても過言ではない!!」

 上位の選手ですら、綾香の前にはすべからく膝を屈しているのだ。それは、それよりも弱い選手が、相手になる訳がない。

 しかし、少なくとも上位の人間は、誰一人として弱い選手はいなかった。エクストリームで無敵の強さを見せつけて優勝した彼女の実力は、疑うべくもない。その彼女に、一撃なりを入れるのに、この三選手は成功しているのだ。知られていない部分も言えば、十位のバタフライも、それに成功している。

 だが、それでも、彼女本人が、油断していた、と誰にはばかることなく言えるほど、彼女は、強い。

「四戦目、マスカレッド!! 打撃技も関節技も許さない、無敵の防具に身を固めた、マスカレイドの化身!!!!」

 それには、観客から一瞬の笑いが入る。マスカレッドの正体は、ここで他人のことのように司会をしている赤目なのだ。

「武器以外で、その化身にダメージを当てられる人間がいるとは、誰しも思っていなかったでしょう!! 彼女は、素手で、さらに言えばその細い腕で、無敵の防具ごと、粉砕しました!! あわれ、彼はまだ病院のベッドから起きあがれないそうです!!!!」

 これには、さすがに笑いが大きくなる。そう言いながら、そのベッドで寝ているはずの本人が、声を張り上げているのだから。

「しかし!! これだけははっきりしています!! 彼女は、彼を殺すことに躊躇いはなかったと!! 彼が生きているのは、単なる幸運でしかない、と!!!!」

 おおげさな、と誰しも思っただろう。何かに誘われるように、彼女を見るまでは。

 ニッ、と彼女は、あけすけに笑っていた。それは、無邪気、と言えば聞こえがいいが、まさに、常識を持たない、子供の笑み。どれほど残酷なことですら、何の躊躇もなく行える、何も知らない子供の笑み。

 とでも言わなければ、その邪悪さに、誰しも、恐怖して声も出ないだろう。

 事実、歓声は、その数瞬、消えた。彼女が、力ずくでかき消したように、沸き立つ気持ちを、断つ。

 そう、打撃技も関節技も通用しない相手を、あわやというところまで追いつめ、それどころか、力まかせに、首をねじ切る。赤目の言葉は、何も大げさなリップサービスではない。本人が感じた、紛れもない事実だった。

 本当の意味での、マスカレイドの生え抜き、化身、というのは、誇張したものではない。事実、マスカレッドは、長い間、マスカレイドの一位に君臨して来たのだ。負けたのは、たった一度、無敗だったチェーンソーのみ。

 それも、過去の話。今では、その両方が、素手相手に負けを喫し。

 マスカレイドの決着とも言える戦いが、マスカレイドの選手ではない人間によって、行われようとしているのだ。

「マスカレイド……二位!!!!」

 その声で、観客達も、我に返る。

 恐怖を、忘れた訳ではない。しかし、もっと小さな恐怖ならば、いつも感じて来たことだし、その恐怖に近いものにとりつかれたからこそ、ここの観客は、こんな違法としか言えない場所にいるのだ。

 しかも、この恐怖の化身のような少女の、試合を見たいが為に。

「来栖川、綾香ーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!」

 うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!

 恐怖を塗りつぶすような、興奮が観客達をおそう。

 興奮していた、当然だ。あの来栖川綾香の試合が見れるだけでも、格闘ファンにとっては垂涎物なのだ。それだけではない、素手で、あの無敗の一位、チェーンソーを破った、刃物にも勝る拳を持つ、坂下との戦いが見られるのだ。

 知名度の問題ではない。その強さを、試合で、観客達が強い、と認めた選手達に見せつけ、そして勝って来たからだ。プロであろうとアマチュアであろうとかまわない。強いのならば、それが観客達の望む全てだった。

 興奮に塗りつぶされるほどの恐怖でしかないということだ。観客は、その殺気の前に直接立っている訳ではないのだから。

 宙を舞う、と言えば一番しっくり行くだろうか。綾香は、足取りも軽く、スカートをゆらゆらとゆらめかせながら、花道を歩く。少女の軽やかなステップ、と言えば明るいが、ひどく人間じみている癖に、そこには、どこか人間離れしたものが見え隠れしていた。

 何人、それに気づけるのだろうか? 彼女は、生物学上は人間であるが、その中身は、まるごと、人間以外のものであることに。

 人の皮を巧妙にかぶっていても、あふれ出るものは隠せない、隠そうとすらしない。

 怪物、来栖川綾香。

 花道を歩き終えたそれは、とんっ、とやはり軽やかに花道の最後を蹴り、宙に舞った。

 足先が、綺麗に弧を描いていく。普通の時間の流れのはずなのに、そこだけ、スローモーションのように、誰の目にもはっきりと見えた。

 宙を一回転し、ふわり、と音もなく着地した綾香は、スクリーンの向こうですら見ることのないような、華麗な見栄を切る。

 もう、浩之達にすら、声もなかった。

 これが、人とは明らかに違う、怪物のスペック。人を恐怖におびえさせると同時に、人をどこまでも惹き付ける。

 彼女こそが、唯一無二、来栖川、綾香なのだ。

 最強、と言ってもいい両者が、この狭い試合場の中に、そろった。

 しかし、最後に本当の意味で最強、と呼ばれるのは、その片方。

 決戦は、もう、目の前なのだ。

 

続く

 

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