作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(404)

 

「じゃあ、いくわよ」

 スイッチは、オフと言う訳ではなかったが、まあ弱中強ぐらいに適当には分割されていることぐらい、安物の扇風機だってあることだから、綾香にそれぐらいの違いはあってもいいだろう。

 だから、オンからオフ、というよりも、風力をあげた、ぐらいと思ってくれればいいだろう。

 とにもかくにも、それは、いきなり来た。心構えという点で言えば、弱から強になった程度では済まされないほどに。

 バカンッ!!!

「っ!?」

 いきなり、坂下の身体が、あごから宙に浮く。いきなりのことに、坂下の声は、悲鳴にもならなかった。

 ズドンッ!!!!

 さらに、坂下の身体に上への慣性力より自由落下の力が勝る前に、地面と水平方向の容赦ない力のベクトルが、坂下の女性にしては背の高い身体を、ゴミでもはじくようにいとも容易く跳ね飛ばした。

 しかし、さすがは坂下、その有無を言わせぬエネルギーをその身に受けても、坂下は倒れることなく、自分の脚で地面に降りようとして。

 ズバシッ!!!!!

 横向きの力が、坂下の身体が動く方向を変える。その間、坂下には、自分で動く方向の自由は与えられなかった。

 タッタッタッ、と、やっと地面に足のついた坂下は、勢いを殺すように地面をはじき、そのまま膝を屈した。

 ビュンッ!!

 その坂下の頭の上を、四度目、坂下の動きを制御しようとした蹴りが空を切っていた。

 ぐるん、と坂下は肩で受け身を取るようにそのまま側転、綾香から距離を取っていた。

「ちっ、さすが好恵」

 綾香は、嬉しいのか嫌なのかよく分からないことを言いながら、何でもないという風に、蹴りを避けられた位置にとどまっていた。正確には、後ろ回し蹴りだった。

 しかし、本当に何でもないような態度を取っているが、先ほどの動きは、そんな簡単に流していいものではなかった。

 フットワークとかすり足とか、そういう部類で分類できない何かで近寄った、そもそも脚を動かして移動したのかも怪しいぐらい訳の分からない動きで距離をつめた。意味が分からないが、おそらく、誰に聞いてもそれぐらいの言葉でしか表現出来なかっただろう。

 そして、肩も動いていないし、腰も曲げていないのに、下からアッパーが、坂下の身体を浮かせるほどの威力で打たれる。

 それで浮いた身体を、足刀蹴りで後ろにはじく。いや、それがコンビネーションだ、と言われればそれまでだが、アッパーからの足刀蹴りとか、身体の流れをまったく無視したものを、しかも一瞬でつないでくるとか、意味が分からない。

 そして、さらに、足刀で後ろに飛んだ人間よりも速く動いて、ミドルキックで横にはじき飛ばす。まるでお手玉だった。お手玉に使っているものが、人間であることを考えなければ、一個でやっているのだから簡単なうちに入るかもしれない。もちろん、人間でやっているので、難しいをかなりの前に通り越している。

 しかも、三回のその攻撃どれも非常識だというのに、さらにそれに後ろ回し蹴りとか、派手なわりに使い道の普通はない技まで四度目として入れて来るのだ。

「てか、思いっきり不意打ちなのに、何でアッパーに手を差し込めているのよ」

 その癖に、文句は人一倍入れているのだから、救いがたい。

 坂下は、その分からないこと、非常識だらけの綾香の最初のアッパーとあごの間に、手を差し込んでいたのだ。いつものように受け流す、とまではいけなかったが、手が一枚はいるだけでも、ダメージはかなり違って来る。

 身体が浮いたのも、首に力を入れて、頭が揺れるのを防いだからだ。身体を支えるほどの首の力と考えると、無茶にもほどがあるが、首の強さは、打撃による脳震盪をかなり押さえてくれる。今回も、手を差し込んで威力を一点で来るのを抑えたおかげで、その効果は十分に出た。

 そして、浮いた瞬間にも、すでにもう片方の腕は動いて次の防御に動いていた。みぞおちを狙った足刀を、片手ではあったが、がっちりとガードする。ガードさえ間に合えばは、足刀自体はダメージが分散される打撃だ、後ろに身体を流すことによって、ダメージを抑えられる。

 そこまで来れば、後の二回は、十分に防御は間に合う。ミドルキックは普通に両腕でガードしたし、そのミドルキックを放った勢いのまま身体を回転させて放って来た後ろ回し蹴りは、下をかいくぐるようにして避けた。ダメージで膝を屈した訳ではないのだ。

 綾香の攻撃がお手玉だとすれば、膝を屈した回避は、パズルのようだ。丁度、綾香の身体が来ない場所を回転して坂下の身体が通過していくのだ。ビデオに取って後からスローモーションで見たら、けっこう面白い絵が取れていたことだろう。まあ、ビデオを取るのなら、まずは綾香の最初の動きを解明すべきだが。

 とりあえず、何とか防御も回避もした。しかし、無傷と言うには、坂下にとって、いささかダメージの多い攻防であった。

 いくわよ、まさに、その言葉通り、綾香は正面から来た。動き自体は、本当に坂下に向かって一直線だった。

 しかし、だからこそ、坂下も言いたいことがあった。少なくとも、アッパーを受けたことに文句を言う綾香よりは、よほど筋の通ったことを口にする。

「……正面から来たのに、まさか受け流せないとは思わなかったよ」

 筋は通っているものの、それは、嘘だ。坂下は、綾香にとっての空手としての最後の戦いで、真正面からの攻撃を、察知もできなかったし受け流すことも出来なかった。葵に負けたのも、やはり真正面からの崩拳だった。実際に、真正面から来ても、対処できない攻撃は、ある。

 が、先ほどの打撃には、驚きはしたし、不意はつかれたものの、察知も出来たし対処も出来た。ただ、明らかに普通の動きではなかったことは明らかだった。

「何、今のは」

 特殊な歩法? いや、坂下の知る限り、綾香は能力こそおかしいが、技という意味では、特殊なものを使って来ることはない。流派の秘技、というものだけに対しては、綾香は非常に遠くにいるのだ。見よう見まねで覚えた、と言われれば、それには返す言葉がないのだが。

「何って……ただ正面から突っ込んだだけじゃない」

 何をそんなことを、という口調で、綾香は答える。綾香には、そのつもりなのだ。嘘をついているわけではない、というのは、坂下にも理解出来た。

 ただ、全部を口にしているか、と聞かれれば、明らかに否、だ。そして、それを隠す気すら、綾香にはなさそうだった。

「まあ、ただちょっと、大人気なく本気出しちゃったけど、ね」

 悪びれもなく、綾香は言う。本気、と。

 まるで、先ほどまで、本気を出して戦っていなかったのようなことを、言う。口の端を見事と言えるほどに吊り上げ、楽しそうに笑いながら、あるのかないのか分からないような事実の毒を吐く。

 まだまだ、怪物としての実力は、少ししか出していなかった、と。それを本気だと思わせたことを、誠意なく謝るように。

「技、なんかじゃないわよ。ただ、速くぶつかっただけ。それで、好恵には十分じゃない?」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む