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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(415)

 

 蹴りが当たったのではない。しかし、坂下の両腕を、ガードで封じた。そのチャンスを、もちろん綾香は逃したりしなかった。

 もし、ガードで動きを止めることが出来ずに、うまく受け流されていたときには、致命傷になったかもしれない思い切りの良さで、綾香は、その次の技を放っていたのだ。

 坂下が右ハイキックをガードしたときには、すでに綾香の左足は床から離れていた。

 ズバシィィィィィィィンッ!!!!!!

 右のハイキックから、数瞬も時間が経たない間に坂下に打ち込まれた、左のハイキック。

 ありえないはずの、「左右の」ハイキックを、右をガードしたことによって受ける術も避ける術も無くした坂下を襲った。

 万全であれば、例え左右のハイキックがほぼ同時に来ても、今の坂下ならば受け流しきることも出来たかもしれない。しかし、ガードを無理矢理させられた結果、坂下には、受け流す腕が残っていなかった。

 坂下は、避けることも、そしてガードに使った両腕が間に合うこともなく、それに直撃された。

 綾香から打たれたハイキックは、丁度、空中で両脚を使って坂下を挟み込むような形になっていた。いや、それはもうハイキックという部類に入れていいのか迷う打撃だ。

 そのハイキックと呼ぶのもためらわれるような蹴りは、決して初めて使われたものではなかった。葵が、エクストリームの予選で、同じような連続の蹴りで勝利を収めている。

 確かに、うなるほどの高度な技だし、完全にガードさせる、という状況を作る必要があるし、威力を出そうと思えば、なお難しい。

 だが、綾香の体と心を持ってすれば、その技は使える。同時に、坂下にとってみれば、すでに見たことのある技であるし、何より、坂下はガードして動きが止まる、という状況になりえない部分もあり、脅威のある技でもなかったのだ。

 だからこそ、打撃を完璧に受け流す為に、ガードする、という状況にならない坂下相手に、足場になるほどにガードをさせたそれは、綾香の、技、だった。

 左右のハイキックなど、綾香にしてみれば、そのおまけのようなものに過ぎない。その技の原理を、見ている者は誰も理解出来なかった。それほど、高度というか、不可解な技だったからだ。しかし、だからこそ、坂下をも上回って、その技は炸裂、いや、その技によって、必殺の技が炸裂したのだ。

 綾香が、それを説明する訳もなく、どういう経緯かを別にして、坂下はハイキックをガードなしで受けていた。

 左右で挟まれた坂下の身体は、横に動いてダメージを逃す、という行動すら出来なかった。つまりは、綾香の変則とは言え、ハイキックの直撃を受けたのだ。

 どんな人間だろうと、打たれ強さには限界がある。それは人間の出せる打撃の限界よりも、遙かに低い水準でしか成り立たないもの。綾香のハイキックは、当然のように人間のダメージの限界など、あっさりと突き抜けている。

 綾香は、蹴った勢いを利用して、バランスを多少崩したが、後ろに下がりながら、地面に着地した。綾香の驚異的なバランス感覚を持ってしても、その後に攻撃を続けることは不可能だったのだろう。

 まあ、それも分からなくもない。結果を見て分かるように、ハイキックを回避不可能にして打ち込むのだ。ズルとも言える技なのだ、バランスを保てない程度、リスクのうちにも入らない。

 綾香のハイキックが、人間の限界を超える以上、反則じみた技なのだから。それが証拠に。

 坂下の膝が、落ちる。

 そして、にも関わらず、坂下は、倒れなかった。

 それが分かっていたように、バランスを取り戻した綾香は距離を一瞬で詰める。今度は、距離を開くなどという行為はしない。真っ正面から、スピードにまかせて、坂下にワンツーを放っていった。

 そのワンツーが、膝が落ち、決して万全の体勢ではない坂下の、二人の間にあって完璧の動きをする両腕によって、華麗に受け流される。

 左右のハイキックでも、倒せなかった。

 もう、それを悟った瞬間に、綾香は後ろに飛んでいた。今の坂下の構えは、後の先に特化した構え。綾香から仕掛けない限り、攻めるには向いていない。まして、ダメージは坂下の動きを鈍らせている。先ほどのワンツーの間に、拳が割り込んで来なかったのがいい証拠だった。

 ダメージは、ある。だが、それが時間と共に回復していくものであることも、綾香は理解していた。いくら攻撃を連打しても、その速度を多少遅らせる程度にしか通用しないことも理解していた。だから、距離を開けるしかない。

 ダメージをある間に押し切れ? それが出来る相手ならば、綾香はこうやって手をこまねいてなどいない。

 クリーンヒットにすら、見えた。いいや、誰の目にも、綾香の左のハイキックはクリーンヒットだった。ガードする方法も、回避する方法も、坂下には残っていなかったはずなのだ。唯一、下に逃げることが可能だったかもしれないが、下に逃げた後ならば、綾香は追撃が出来た。だが、その必要すらなかったのは、確かな手応えがあり、激しい打撃音があり、あれが当たってないとは、誰にも言えないだろう。

 当たっては、いた。綾香の冗談みたいな威力のハイキックは、坂下にダメージを当てていた。

 しかし、倒せなかった。理由は簡単だった。坂下が、打撃精度をぼかした為だ。

 もちろん、綾香の打撃はどこに当たろうとも、問答無用なほどの威力がある。だが、それでも、頭に当たるのと、ガードの上に当たるのでは、天と地ほどもダメージに差があるだろう。だからこそ、それ自体が急所でもある頭に来るハイキックは、致死の威力を持つ。

 そのハイキックを、だから坂下は、頭で受けなかったのだ。

 腕は、間に合わない。だったら、他の部位でガードすればいいだけだ。

 坂下は、その肩の筋肉で、綾香のハイキックを受けたのだ。十分に鍛え上げられた坂下の肩は、それ自体が打撃に使えるほどの強度を持つ。首を引っ込め、肩のみで、綾香のハイキックをガードしたのだ。

 とっさに、とは言うまい。ガードは反射的でも、あくまで、坂下の想定の範疇内のガードだった。だからこそ、綾香のハイキックであってもガードすることが出来たのだ。

 それでも、ダメージを殺し切るのには不十分。だから、膝は半分落ちたし、両腕からの先手も出せない。無理矢理打撃精度を落とさせたとしても、綾香の打撃はやはり無茶苦茶で、後一歩間違えば、ガードしても倒れていただろうし、その後の追撃を受けていたかもしれない。

 だが、何とか、受け流すことが出来る程度には、身体の自由は残った。

 坂下には、それで十分だった。

 生き残れれば、それでいい。例え、どれほどぼろぼろになろうとも、倒れさえしなければ、まだ先はあるのだから。

 

続く

 

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