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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(438)

 

 自分のいる場所を確認してから、忘れたようにやってくる、酷く身体の奥を揺さぶるような衝撃。それは、坂下の身体を、もうこれ以上は動くことも出来ないほどに、ズタズタにしていく。

 しかし、坂下は、倒れていなかった。自分でもそう動いたという認識もなしに、あれだけの衝撃を受けても、ちゃんと二本の脚で着地していた。

 そして、倒れない。限界を遙かに超えるダメージを負っても、その脚は折れることを知らないかのように、立つ。

 何より、ダメージ以上に、坂下は身体の奥から湧き出て来るものを感じていた。違う意味で、身体がどうにかなってしまいそうな、そのままじっとしていられない、限界を超えた身体でも、走り出してしまいそうな衝動に、坂下は襲われる。

 それは、歓喜。

 その衝動を力に、坂下は走り出していた。また、同じように受け流しても、限界を超えた身体にさらに負担をかけるだけなのに、脚の歩みは止まりそうにない。まだ崩れ落ちたまま立ち上がっていない綾香に向かって、坂下は、駆ける。

「ははっ!!」

 自然、腹の奥から、笑い声が吐き出される。機能を十分に満たすことが出来ない心肺機能が悲鳴をあげているのに、その笑いは、収まりそうになかった。だから、坂下は後のことなど考えずに、衝動を吐き出す。

 綾香の攻撃は、あっさりと坂下の技に対する認識能力を超えた。今まで負けて来たときのように、認識出来ない技の前に、坂下の出来ることなどない。見えない攻撃をどうにか出来る力を、人は持たない。そして、往々にして、その技は人一人を倒すには十二分な威力があるものだ。

 だから、坂下は後はただ倒れるだけのはずだった。しかし、こうして坂下は立っている。いや、もちろんすでに限界は超えて、いつ倒れるか、というよりは何故立っていられるのか、という状況ではあるが。

 もし、直撃を受けたのならば、これでは済まなかった。予期しない攻撃に対して、人間は脆い。それこそ、致命的なぐらいに。

 だが、そうはならなかった。それどころか、その制御仕切れないまでの威力をかき混ぜて、相手にもダメージを当てることが出来ている。それは何故か。

 坂下が、綾香の攻撃を受け流したからだ。

 今まで、致命的過ぎる敗北の二回、その二回が二回とも、坂下が認識出来ない攻撃を受けてのことだった。だから、坂下は努力した。成長して、認識出来ない攻撃を無くすようになった。そして認識出来るのならば、坂下に受け流せない攻撃はない、とまで思うほどの自信もつけてきた。

 だが、それでも、綾香はそれを超えてみせて。

 坂下は、あのときよりも、成長していた。

 認識出来ない攻撃を、坂下は受け流していた。自分では受け流したという記憶がないほどの、反射的に動いたと言うのもためらわれるような、まるでそうであることが当然のように、水が高きから低きに流れるように、坂下は受け、その威力をものともせずに受け流した。

 やはり、坂下には綾香の攻撃は認識出来なかった。そして、坂下には意識して動いた部分はなかった。だが、分かっていれば、何があったかだけは理解出来た。だから、間違いない。坂下は、認識出来てもいない綾香の攻撃を、受け流していた。

 正直、もう今の綾香は坂下の手にも余る。というよりも、両手を使ってもその指の間と言わず、そもそも大きさが極端に足りないほどに、綾香は、坂下の手から滝のように流れ落ちる。

 だが、その手は、坂下が思っていたよりも、大きかった。自分のことながら、坂下だって信じられない。自分の力だ、自分が信じなければ誰が信じるのか、という話でもあるし、何より、坂下は自分で自信が持てるほどに鍛えて来た。

 自分でも信じられない力に、しかし、坂下は身をまかせた。

 笑いたくもなる。自分は、自分が思っているよりも、強かったのだから。

 限界は、すでに遠い。レッドゾーンにどっぷり浸かっているのだから、近いなどという世界ではない。だが、それでまだ身体は動く。どういう原理なのかすら怪しいが、出来ることがあるのならば、坂下は躊躇などしない。

「はははははははははははははっ!!!!!!」

 狂ったように、坂下は声を張り上げて大声で笑う。

 これが、笑わずにはおれようか。坂下が思うよりも、綾香は強くて、強くて、勝てる訳がないほどに強いのに。それに、強いと信じて、それで弱いはずの坂下の身体が、嫌になるほどの強い相手に、まだついていくのだ。

 信じられない。だが、それを坂下は信じる。根拠も何もないのに、不安も何もない。だから、口から出るのは笑いだけ。

 だいたい、限界ならば綾香だってとっくに過ぎているはずなのだ。それでも、坂下に勝ち目はない。まだ綾香は倒れていないのだから。だから、何としても攻撃を当てることが必要だった。より多くのダメージを当てなければ、この怪物を倒すことなど不可能。

 でなければ、先に坂下の方に限界が来る。さっきまでは、そう思っていたのだ。

 しかし、坂下は、笑いながら、その思いを、捨てた。

 攻撃は、届かない。これはもう絶対。どんなに揺らしても、それこそ奇跡が起きても、今の綾香には攻撃は届かない。それはもう、綾香と坂下の差だ。そうであると飲み込むしかない。

 綾香には、かなわない。

 だからこそ、坂下は、自分でも理解出来ない受けを信じて、突っ込む。

 攻撃を当てようなんて色気は、もう出さない。受け流す。どんな攻撃だろうと、受け流す。それで、お互いにダメージを受ける。確かに、先に動けなくなるのは、坂下かもしれない。

 だが、綾香の方が先に動けなくなるかもしれない。それは、誰にも否定出来ない。

 坂下だって、認識出来ない攻撃を受け流せるとは思っていなかったのだ。それが出来たのだから、もう一つ奇跡が起きたとしても、今更驚かない。

 今の綾香に攻撃を当てる奇跡が必要なのではない、綾香に勝てる奇跡が必要なのだ。だから、坂下は、最後まで受け流す決心をした。それで自分の身体がどうなろうともいい、と本気で思った。

 お互い、無事では済まないだろう。しかし、そんなことは試合が始まる前から、お互い覚悟していたことだ。だから、綾香は坂下を付き合わせる権利があるし、坂下は綾香に付き合う権利も持つ。

 もう、声を出すことすら出来なかったので、坂下は、心の中で、綾香に向かって、叫んだ。

 こうなりゃ、最後まで、つきあってやるよ!!!!

 

続く

 

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