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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(446)

 

「よう、坂下、生きてるか?」

 浩之が尋ねて来たのは、坂下が目を覚ました次の日だった。

 浩之の方も、体力にかなり限界が来ていたので、葵に坂下の無事を伝えに行った後に、気が抜けてそこで寝てしまった。起きたときに、ブルマ姿の葵にずっと膝枕をしてもらっていたようで、何のサプライズだ寝ているなんてもったいないと思いながら、汗をかいたまま膝枕したことを葵に嫌に恐縮されながら、いやいやそれはそれでと思うのも口には出さず、とりあえず葵と別れて家につくなり、そのままベットに直行。

 そして、目を覚まして風呂に入るなりして身なりを整えると、欠席している学校などまったく無視して病院に来たのだ。

 しかし、坂下は意識は取り戻した、と言っても、浩之の言葉が冗談にならないほどに痛々しい姿をしていた。これを見て、一体どんな大事故に巻き込まれたのだと思わない人間はいまい。まさか、一人の素手の少女と戦った結果、とは思うまい。

「浩之先輩っ」

 椅子に座っていたランが、飛び跳ねるようにして浩之に駆け寄って来る。まるでなついている子犬のような慕い方だ。

 同じく椅子に座ったまま、こちらは非常に嫌そうな顔をしたのは御木本は、いつもからは考えられないほど棘のある声で、浩之に声をぶつけてきた。

「何だ、あんたか。正直、顔も見たくないんだが」

 浩之は、肩をすくめた。御木本とはあまり関わり合いがないので、嫌われる理由も正直思い付かないのだが、それにすぐに思い立ったからだ。

「あの怪物の彼氏ってだけで吐き気がするぜ」

 つまりは、そういうことだろう。「いや、彼氏って訳じゃないんだが……」と浩之も一応は反応するが、それで御木本の態度が軟化するとは思ってなかった。今なら、ただ綾香の知り合いというだけで睨まれるだろう。

 ただ、ランはそれを許せなかったようで、すぐさま御木本に喰ってかかる。どちらかと言えば無口な方だったランだが、空手部の空気は、酷くランを元気にさせたようだ。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。

「浩之先輩に何言うんですか。それを言うならば、私も来栖川さんとは知り合いですし、ヨシエさんだって友人じゃないですか」

「てめーは最初から嫌いだから心配すんな」

 そう言って、ふんっ、と顔をそらす。

「御木本」

 静かにも聞こえる、その一言で、ちっ、と舌打ちをした御木本は、それ以上の反応をしなくなった。

「すまないねえ、藤田。まあ、そこの奴はほっといてもらってかわまないから」

 ほとんど目と口だけしか動かさない、いや、動かせない坂下の言葉に、浩之は気にしていないと答える。実際、気にはならない。

 今日は、この二人と坂下本人しかいないようだ。昨日は部員が全員つめかけていたので、浩之は遠慮したのだ。とは言え、坂下が目覚めるまでの三日間、出来るだけ部員達もここに来ていたようだ。坂下の慕われ具合が分かろうというものだ。というか、この二人は学校はどうしたのだろうか。まあ、その点を言えば浩之も変わらない訳だが。

「……」

 それにしても、と浩之は、ベットに寝た坂下の姿を、改めて見た。

「……どうかしたかい?」

 坂下を前に黙った浩之を見て、坂下はいぶかしげな顔をする。

「いや、改めて見ると、酷いことになってるなと思ってな」

「けっ、あの怪物がやったことだろうが」

 坂下に言われたので黙っておくつもりだったのだろう御木本だが、言わずにはおれなかったのだろう。あまり面識はないとは言え、どちらかと言えば軽いイメージがあったのに、今日の御木本は、まるでナイフのように鋭い。声も、ただ言葉で責めているだけではない。殺気すら感じられるものだった。

「御木本」

 二度目の、坂下の警告。これ以上はない、と言葉には出さずに御木本に通告する。それで、御木本は舌打ちさえ出来ずに顔をそらすしかなかった。

 身体で無事なところを探す方が難しい、身体のどこかを動かすだけでも困難を極める状況で、その迫力は流石だった。自分が言われている訳でもないのに、思わず浩之とランの背筋が伸びたほどだ。

 しかし、本当に、御木本の気持ちも分かるのだ。学校を休んでまで坂下につきっきりであるのを見ても分かる。御木本は、坂下のことが大事なのだろう。その坂下を殺そうとした、結果や気持ちがどうであれ、それには間違いはない、綾香を敵視するのは、むしろ自然な流れだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではないが、別に浩之の所為ではないと分かっていても、簡単に割り切れるものではなかろう。

 浩之だって、自分の知り合いがほとんど面識のない人間にこんな目に遭わされれば、黙ってはおれない。その気持ちはよく分かる。

 だが、坂下には、まったく影がなかった。大怪我をしているこの状況すら、嫌がっていないとすら見えた。

「まあ、いいようにやられたって感じだね。前に戦ったときも、入院は必要だったけど、ここまで酷くはなかったからね」

「何か、弱気な発言だな」

「さすがに、これで負けてないとは言えないよ」

 そう言いながらも、坂下の心に折れた様子はまったくなかった。ボロボロの身体とは別に、その精神は驚くほど立派に仁王立ちしているように見えた。まあ、それこそ流石坂下としか浩之には言えない。いや、流石、なんて言葉で終わってもいいものかどうかも微妙だ。

「……さすが、綾香と対等に戦うだけはあるよなあ」

「あれを対等、とは私には言えないけどね」

 確かに、最後は一方的に攻められた。坂下の方から攻撃することもほとんど許してもらえない。ただ相手の攻撃を受け流すことで余命を伸ばしていたような戦いだった。

 こりもせずに、御木本が口を挟む。

「バカ言え、あれで戦えてないなんて、誰にも言わせねえ」

「そうですよ、あんな怪物と、よく真正面から向かえるものだと、今だって思います」

 ランもそれに追随する。正直、御木本とランの関係はあまり先輩後輩には見えないが、それでも坂下のこととなると話は別なのだろう。これには、坂下も苦笑するだけで、何も言わなかった。

 しかし、浩之も同じ気持ちだ。あの怪物相手に、あんなに立っていられる人間が、他のどこにいると言うのだ。あれを見て、まだ坂下が弱いと口に出せるのならば、その人間は本当に何も見えていないのか、狂いでもしている。

 ただ、あんな戦いを繰り広げる人間が、狂っていない、などとは、浩之にも言えないが。

 それとは反対に、まるで坂下の言葉には覇気がない。戦う意志を破棄したような言葉を続けている。さらにそれとは正反対に、坂下には、まったく折れた様子がない。折れたのはせいぜい身体の骨ぐらいだ。心は、まったく折れているようには見えない。

 だから、浩之は少しだけ、試してみた。

「何だ、坂下も、さすがにあの綾香相手には負けを認めるか」

「私はいつだって負けは負けって認めて来たよ」

 それは、思わぬ反撃の言葉だった。確かに、葵に負けたときも悔しそうではあるが、ちゃんと自分の負けを認めていた。今は悔しさは感じられないが、負けを認めている。

 しかし、坂下は、強く言い切った。こんなにボロボロになって、一歩間違えば意識不明や命に関わるような状態だったのに、それすら飲み込んだ上で、はっきりと。

「だけど、あきらめた訳じゃない。私は、綾香を倒すよ」

 いつか、とすら言わずに、坂下はそう断言したのだった。

 

続く

 

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