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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(450)

 

 危険なジジイ達が言い合っている間にも、対峙している二人の攻防は続いていた。

 修治が五発、相手が二発。当てた回数ではない。受けた回数だ。先ほどの相手の逃げ際の一撃から数えて、もうそれだけの攻防があった。その中の一発当たるのに、非効率過ぎるほどの熱量が使われている。

 実際、非効率過ぎる。すでに二人が対峙して二十分は過ぎようかとしている。

 格闘技をしたことのある人間ならば分かるだろう。二十分という時間は、あまりにも長過ぎる。普通の格闘技では、1ラウンドが三分や五分、短いときには二分であったりするのだ。例えお互いに様子見をして動かない時間を入れたとしても、無酸素運動をずっと続けているのだ。人間の体力など簡単に尽きてしまう。

 短い時間の運動に適した筋肉と長い時間の運動に適した筋肉は別のものであり、有名なところで言えば相撲は極端に短い時間戦うことを想定され、プロレスは極端に長い時間戦うことを想定される。

 異種格闘技は、その中間に当たるだろう。だからこそ、異種格闘技ではこの二つは目立たない。それは強さ弱さの問題ではなく、ルールの問題だ。相撲取りでもプロレスのルールでは短い戦いを許されないし、プロレスラーは相撲に出れば長い時間戦わせてはもらえない。

 しかし、この戦いにはほとんどルールがない。なければ、当たり前だが時間は短くなる。何故ならば、一度勝負が傾けば、止めてくれるレフェリーも、逃げるロープもないからだ。接戦というものは、ルールが作るものなのだ。

 しかし、その中で、この二人は、ずっと戦い続けている。お互いにダメージを当てながら、お互いに決定打を出せないでいるし、お互いにうかつな攻撃はしないし、お互いに隙を作らず、隙を突けない。

 それでも、戦っているステージが高すぎるのだ。その僅かなブレが、何度かのクリーンヒットになっている。しかしそれでも、お互いが肉体の強さと訓練によって培われた打たれ強さで致命打には届かない。

 攻撃を当てた回数は相手の方が多いが、あくまで、軽い打撃の回数分多いだけだ。重みのある打撃は、お互い同じ数しか当たっていない。つまり、少なくとも軽い打撃の回数だけ、相手の方が打撃の攻防で上、ということだ。

 そして、お互いに必殺となりえる組み技の方は、本当に互角。万が一にもかかってしまえば、それで終わってしまうことを念頭に入れて、無茶な深追いはしていないのだろうが、それでも浩之が理解出来なくなるほどの関節の取り合いが、何度も繰り広げられて来た。

 一歩、相手の方が先に行っている。それを認めない訳にはいかないだろう。しかし、それは僅かな差だ。その僅かな差は、確かに打撃の当たった回数に出ているが、それでも、勝敗を決さない。それが覆えることなど、簡単に起きるだろう。

 何せ、修治の相手ということは、修治を相手しているのだ。今思い出すだけでも寒気のする綾香と、あの怪物状態になった綾香に、それでもついて行く猛者が、この程度の不利、覆せない道理はない。

 また、道理が簡単に覆ってしまうのが、勝負の世界ではあるのだが。

 相手が、修治から大きく距離を取った。呼吸が限界に達したのか、であれば、修治にとってはチャンスかとも思ったが、修治も同じようなもので、追撃は出来ない。結局スタミナでもこの二人には大きな差がないということなのだろう。

 一体、この二人の勝敗を決するのは、どんな要素が必要なのか、ほとんど差のない二人が戦っていても、決着はつかないのではとすら思えて来た。普通はそれでも傾くものだが、いかんせん、お互い防御までうますぎるのだ。そのうまい防御でも打撃が当たる、この辺りに、決着する可能性がありそうだ。

 しかし、浩之が思うよりも、この二人の戦いは、危うい。そして何より、このまま膠着状態を続けようなどとは、お互いに思っていなかったことが、一番大きな理由なのかもしれない。

 戦いが始まって、初めてかもしれない、まとまったお互いに動かない時間。僅かな時間だが、それでもこの二人の身体は、息を整えるだろう。どんなに長い戦いにでも鍛えた身体はついてきてくれるのだ。

 一度構えを解いて息を多少なりとも整えた相手が、大きく、ゆっくりと腕を広げながら、構えを取り出す。それを、修治は手を出さずに眺めていた。

 左半身の構え。後ろの腕が、やや上がり気味だろうか。そんなに大層なものには見えない。奇をてらわない、普通の構えだ。まあ、普通であるというのは、何も悪いことではない。使い古されているものは、それが習慣であるだけのものもあるが、少なくとも構えの話で言えば、それが一番効率が良かったからに他ならない。体格や戦い方でいくらかの差こそあれ、やはり構えは同じようになるのだ。

 だいたい、この世界に必殺技などない。必ず殺す、という意味ではなく、強い技という意味で、必殺技は存在しないのだ。その技が優れているのではなく、技を使う人が優れているのだ。そこを間違えば、格闘技はすぐに意味のない盲信へと落ちる。

 技に劣はある。使えぬ技というのは存在する。だが、優はない。優れた技など、この世界には存在しない。どこかの異能の必殺技は、まさに異能であるが故であり、異能であることが出来たチェーンソーであるからこそ使えた技なのだ。

 格闘技は、悲しいことに、至ってシンプル。十分な威力で相手に当てれば、それだけで十分なのだ。仰々しい技の名前もいらなければ、難解な動きすら必要ない。自分の身体にあった、一番簡単な技を使うべきなのだ。

 修治が、相手が構えを取るのを見て、にやり、と笑う。

 ここまで技というものは特別ではない、と言って来たが、相手が使おうとしているのは特別な技であり、修治が笑ったということは、その技が何よりも怖いということを理解したからだ。

 技に優はない。それでも、数多の数、技は存在し、その技の中で、馬鹿な人間は選ぶのだ。必殺となる技を。

 息は、整った。まだまだ今にも倒れそうなほどにお互い息は荒いが、何、それでもこの二人ならば、後数合打ち合うことならば十分な休憩を取った。そして、少なくとも相手は、この数合の打ち合いで勝負を決するつもりだ。

 いや、数合すら必要としない。この技で、決める。

 そして、修治はそれを打破する。分かりやすい構図だった。お互いに、ダメージは十分。そろそろ、身体の動きにも支障が出そうな状態だ。むしろ今だまったく衰えることなく動いているのがおかしいのだが、まあ、このレベルになると、弱るということを見なくなる。少なくとも、人間の限界は第一段階ぐらい突破出来ているのだろう。

 合図もない。しかし、すでにお互いの呼吸は読めている。合図など、必要なかった。

 修治と相手が、申し合わせたように、僅かな差もなく、動き始めた。それはもう、ぶつかるような勢いで、お互いに、敵を倒しに。二人の防御を無視した動きは、浩之の目で追える速さではなくなっていた。

 それでも、鬼才と言っていいだろう、浩之には、かろうじて二人の動きが見えた。

 初手であり、最後の手であるかもしれない相手の右腕が、上から修治に向かってたたき落とされた。

 

続く

 

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