作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(452)

 

 修治に、上からの攻撃を受けない、という選択肢はなかった。それこそが、相手が必殺として使う技の効果だ。そして、いかに修治が鍛えていようとも、十分に打破出来るだけの威力を込めて、本命の拳は、修治の鳩尾に吸い込まれた。

 ズンッ!!!!!!

 衝撃の逃げない一撃が、修治の胴体を打ち抜いた。その一撃の衝撃が突き抜けてから、やっと思い出したように、修治の身体が後ろに動く。

 ただし、前に倒れるように、だ。

「くっ!!」

 声を出したのは、相手の方だった。前に倒れる修治に、まるで引き込まれるように、相手の身体も前に倒れる。いや、それは、本当に引き込まれているのだ。

 バンッ!!

 二人の身体が前に倒れると同時に、相手の繰り出した一撃よりはよほど小さい音が響いた。しかし、それはそれで、致命的な音だったのだ。

 修治の手が、相手の左手首を掴んでいた。相手は、その手を床の板の上に押しつけられるような体勢になっていた。

 こちらは、十分に何が起こったのか浩之にも理解出来た。相手の手首を取り、そのまま相手の拳を床に叩き付けようとしたのだ。いくら鍛えてあろうとも、修治の全体重を乗せて堅い床の上に叩き付けられれば、ただでは済まない。自身で拳を持って木の板を叩くのとは違うのだ。タイミングが読めなければ、拳に力を入れることも出来ない。力のぬけた手は、非常にもろいのだ。

 綾香のカウンターすら正面から切って落とすほどの能力を、修治は反撃に集中させたのだ。上からの攻撃で防御には間に合わない腕を、攻撃に集中させた。それでも相手は簡単にはかかってくれなかっただろうが、必殺の技に力を込めすぎていたのも、そして修治の技が予測できなかったものであったのもプラスに働いたのだ。

 浩之が見たことのない技。武原流「泥口」。修治にもっと余裕があれば、適当に説明してくれただろう。必殺ともなりえない、数ある技の一つでしかない。使う場所を選ぶ、万能ではない技だ。だが、その技は、単体だけで怖さがある訳では、ない。

 ただ、疑問は残る。修治は、鳩尾に相手の拳を受けたのだ。どれほど修治が打たれ強かろうとも、急所への一撃は効果を発揮するだろう。反撃が来るとは思っていなかったからこそ、相手はこの強引な技にかかってしまったのだ。

 種明かし、と言えるものは、そこにはない。修治は、真正面から打たれた必殺技に、真正面から答えたのだ。回避することも出来なかった、防御に回すことのできる腕も上への攻撃にもっていかれた。

 だから、力押しをした。僅かばかり、身体をずらしたのだ。それでも急所、と言える場所への打撃だが、それでも、練りに練られた技であるからこそ、打撃精度が良すぎるからこそ、僅かなずれも、ちゃんとしたずれとして現れる。

 それでも耐えられるかどうかは賭で、どちらかと言えば耐えきれない可能性の方が高かった。それを可能にしたのは、修治の人外れた打たれ強さと、悪あがきとしか言えない対処の結果だ。まあ、耐えてしまったから言えることだが、修治の強さが、相手の強さを超えたのだ。

 ここからまさか反撃が来るとは、と相手も思っていなかったのはあるだろうが、それは相手の油断を責めるべき場面ではない。相手の極まったフェイントは、必殺であるからこそ、どうにかされたときの隙は大きくなってしまうのだ。

 しかし、相手はこの攻撃に対処した。拳を固めるのではなく、手を開いて、手の平で着地したのだ。拳で当たるよりは、よほど衝撃を逃がすことが出来る。それでも、手首の方にはかなりダメージが来ているだろう。人間の腕は、そういう衝撃に耐えられるように出来ていない。まるで問題なく腕で飛び跳ねたり出来る綾香がおかしいというだけだ。

 修治は、その手の甲に、膝を落とす。威力は大してない。拳を落とさせようとそこに体重を集中したから当然の結果だ。だが、膝でダメージを与えられずとも、相手の手をそこに縫いつけておくことは可能だ。

 そこから腕を引き抜くぐらい、相手にとってもどうということはないだろうが、手首にダメージを受けていることを差し引いても、時間はかかる。それだけの時間があれば、修治には十分だった。何より、片腕を引き込まれるように倒れた相手のバランスは、完全に崩れていた。

 この技の、本当の怖さ。それは、かかった相手に、回避不可能な技をたたき込むことが可能であることだ。

 修治は一瞬も迷わなかった。まだ相手の片腕は動ける場所にあるし、それでカウンターを入れられる可能性は残っている。だが、そんなものを恐れていては、勝てるものも勝てない。勝つ為には、安全な場所で戦い続けることなど、意味を成さないのだから。

 そして、その危惧通り、相手は手を抜くのを一瞬であきらめ、修治の顔面めがけて、打ち下ろすようなフックを繰り出して来ていた。技を繰り出しているのは修治も同じ。もうこうなってしまえば、後は、お互い、自分の動きを信じるのみ。

 ガウンッ!!!!!!

 ショットガンが打ち出されるような音をたてて、修治の肘が、相手の顎を打ち上げた。

 相手のフックは、修治のテンプルをかすって血を飛び散らせたが、しかし、それ以上深くは切り込めなかった。

 主に、「泥口」からの派生で生まれる危険な殺し技、武原流、「泥竜」、完成。

 しかし、修治はそこで攻撃の手を止めなかった。相手の身体が、大きく上に跳ね飛んでいたからだ。相手は、急所である顎を肘で打たれるという致命的な打撃を受けながらも、首を固めて、衝撃を脳に伝えないようにしていたのだ。その結果が大きく浮いた身体であり。

 ガクン、とその上昇が止まる。修治の膝が、相手の手を縫いつけていたからだ。そして、相手は逃げるチャンスを奪われる。そして、攻撃することのみ狙っていた修治に、大きな隙をさらけ出してしまった。

 修治は、肘を打ち上げることによって浮いた上体から、裏に残された左の掌打を、上から強く、踏みつけるように、相手に向かって叩き付けた。そして、叩き付けると同時に、跳ねた。

 スパーーーーーーンッ!!!!!!

 破裂音と共に、相手は床の上に叩き付けられ、修治の身体は、真上に飛んでいた。

 作用反作用の法則で、相手を大きい力で押すと、自分にもそれだけの大きな力が返って来る。まさに、その実例。修治の身体が腕の力だけで浮くような力で、修治は相手に掌打をたたき込んだのだ。

 ズン、とまったく華麗ではない音を立てて着地した修治は、突っ立っているのは一瞬、倒れた相手に、素早く飛び込む。勝負はついていない、追撃にかからなければ、やらるのは自分の方であることを、修治はよく分かっているのだろう。いや、そんな明確な考えがあるかどうかも怪しい。

 ただ、相手がそこにいるから、手を出す。それぐらいシンプルだった。

「それまで」

 それを止めたのは、雄三と、相手の師匠の老人だった。超低空のタックルを仕掛けた修治を、素早くその場に上から打ち付けた。ダメージはなさそうであったが、修治はあっさりと動きを止められた。満身創痍とは言え、修治に何もさせなかったのは、二人がかりでも流石、としか言い様がない。

「修治、おぬしの勝ちだ」

「ああ、まったく。見た瞬間から勝てないとは思ってたけど、勘弁して欲しいね」

「おぬしの場合、勝ったら勝ったで見て分からなかったのかと言うつもりだろう?」

「そりゃ当然。はったりが大事だよ」

 悠然と、修治の上で会話を続ける二人に、何とか抵抗しようとした修治だが、数秒後にはあきらめた。相手も悪いが、修治だって本当の意味で満身創痍なのだ。

「……いいからさっさとどけ、クソジジイ共」

 その悪態にも、力がなかったのは仕方のないことだろう。

 誰が勝者なのか分からなくなりそうにもなりながらも、決着はついた。

 修治の、勝ちだった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む