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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(453)

 

「しかし、うちの半人前にも勝てない程度で免許皆伝とは、お主も老いたか?」

「歳ぃ喰ったのは認めるがね。な〜に、まだまだ若いもんには負けんよ」

 年寄りくさいこと言ってから、相手の師匠、名を十手鷹雪というかなり立派な名前を持つ、なかなかファンキーなご老人は、にかっ、と子供のように笑う。

「これこれ、歳喰ったら一度は言ってみたかったんだよ、このセリフ。いかにも年寄りの早水っぽくていいだろ?」

「相も変わらずふざけた男よの、お主も。昔から何度拳で注意しても、それだけはとうとう死ぬまで直らなんだな」

「お、突っ込み待ちか? それはまだ死んでないと突っ込むべきなのか、お前に鉄拳制裁された覚えなどないと言うべきか俺を試してるのか?」

 実にこのご老人達は楽しそうだ。それだけに、浩之も口を挟めない。下手に挟むと巻き込まれる。まず間違いないだろう。ろくなことにならないのは火を見るよりも明らか。さわらないでも祟られるというのに、わざわざ自分から行くこともなかろう。

 で、先ほどまで死闘を繰り広げていた二人は、道場の真ん中あたりで倒れたまま動きがない。勝った修治の方も、先ほど雄三にジジイと言うなと一撃入れられて沈黙した。これはそれだけのダメージを受けても相手を倒した修治の執念を褒めるべきなのか、それともそんな弟子にまったく躊躇なく拳を振り下ろす雄三を恐れるべきなのか。浩之は自分の身が大切なので、後者を選んだ。

「いやいや、しかし、こうも見事に負けるとはなあ」

「うちもそうだが、お主のところも、まだ免許皆伝と言うには早い。それだけのことだろう」

「そうか? 俺は、遅かったぐらいだと思ってるんだが」

「……」

 雄三の武原流柔術も、このファンキーな鷹雪の流派、その名も十手拳法も、世の中から忘れられていく技だ。日本は普通に生活する分には格闘技など必要なく、本気で人を殺したいのならば、銃を持って来た方が早い。いや、日本では銃を手に入れるのは一応難しいから、その点で言えば有効なのかもしれないが。

 結局、腕っぷしが強いことにさして意味のない社会なのだ。強ければ尊敬されるような世界ではないのだ。もし格闘技で尊敬を得る為には、世間から認められた大会で、スポーツマンとして戦うことが一番正しい。

 雄三も修治も、あり得ないほど強い。実際、浩之の出たエクストリームの地区予選で優勝した北条桃矢を、修治はあっさりと退けている。反則負けはしたが、修治ならば反則にならない技で北条桃矢を倒すことも簡単だっただろう。

 だが、それは所詮修治の本気ではない。今の試合がいい例だ。お互いに、それは決まらないが、お互いがお互いに殺すつもりで技を出していた。普通の試合ならば禁止されていることも、平気で使っていった。目つぶしと金的を自主的にお互いに使わなかったが、その二大急所を封じてすら、危険過ぎる技の応酬。勝負を決めた、と言っていい技も、相手を地面に縫いつけての肘、それにつなげる為の、非常の拳砕きの技、最後の完全には起きあがっていない相手への打撃。そして、もし雄三と鷹雪が止めなければ、おそらくはもっと危険な技でとどめを刺していただろう。

 それが修治の本気だ。それは綾香や坂下の本気とは、微妙にずれる。いや、綾香はもしかしたら近いのかもしれないが、少なくとも、使った誰もが殺人技になるような技を、綾香は使わない。あくまで、綾香の力があってこそ殺人技になるだけだ。

 強い、確かに修治は強い。それでも、武原流はこれから先、細くなる道を進むしかない。社会から必要とされていないからだ。そして、雄三にも修治にも、例えどんなことをしてもこの流派を残そうという雰囲気は、正直感じられない。自分の代で終わるのならばそれもまた良し、と考えているようにしか見えない。

 しかし、鷹雪は、違うのだろう。免許皆伝を出すのは、確実に、自分の技を残す為。その為に、弟子を免許皆伝と言えるまで育てたのだ。その実力が、例え修治に劣っていたとしても、それすら良しと言うのだ。

「少なくとも、技に関して言えば、俺が教えられるようなことは何一つ残っちゃいないよ」

 へらへらと笑いながら、しかし、どこか楽しげに、鷹雪は笑う。そう、本当に楽しそうだった。雄三とは、考え方が違う? それだけで表現していいのかどうか、浩之も迷った。それほどに、鷹雪は楽しそうだった。

「弟子が成長するのを楽しめなくて、何が武道家かよ」

 鷹雪の言葉に、眼光を鋭くした雄三は、吐き捨てるように言う。

「弟子などおまけに過ぎん。弱い武道家に、何の意味があると言うのだ」

 もちろん、雄三だって人の子であり、弟子であり、かつ孫である修治の上達を嬉しく思わない訳ではないだろう。たまに顔にも出る。さっきも、顔をそらしていたが、修治が勝ったことを明らかに喜んでいた。免許皆伝云々の言葉も、上機嫌であった故に言った言葉だった。

「へっ、老兵はただ立ち去るのみとかかっちょ良い言葉も知らねえみたいだな、このご老体は」

「はっ、何が老兵なものか。お主もわしも、まだまだ去るには我が強すぎるだろう。そういう言葉は、自分が弱いことを認められるようになってから言え」

「ナマ言っちゃいけないよ、雄三。俺が弱い? それこそ馬鹿な話だ。今ここでお前とそこの元気な方の弟子を混ぜて戦ったって一分以内に仕留められるね」

「いや、俺巻き込むなよ」

 二人の危険過ぎるご老人の目が、思わず言ってしまった浩之に集中する。浩之の表情が、一瞬で引きつる。

 まずい、かなりまずい!! とばっちりが来る!! レッドレッド!!

 かなり焦りながらも、浩之は何喰わない顔で二人の視線を流す。正直、この二人相手では、逃げることも不可能なのは試すまでもない。雄三もよく何の脈絡もなく浩之を「痛く」したりするのだから、さらにそこにこのファンキーなご老人が混ざれば、どれほどの被害が出るか分かったものではなかった。

「そういや気になってたんだが、何この面白そうな坊主」

「お主がさっき言った通り、弟子だが。まあ、面白そうだというのは同意するがな」

 面白くないから、主に俺が。もっと言うと俺の身の安全が!!

 浩之の心の声は、雄三には届かなかったようだ。届いたからと言って改善すると思えないあたりが厳しい話なのだが。

「どっちかっつうと、お前の弟子より、うちの弟子の方が似合わないか?」

「それも同意せざるを得ないな。どちらが強くなるかは、言うまでもないことだが」

「ははっ、うちに決まってるだろ」

「もうボケたようだのう。いい病院を娘に紹介させようか?」

「お前んところの娘さんとデートさせてくれるのなら考えないでもないぞ」

 雄三の娘、武原美色。修治の母親。生まれて四十と云年。小柄で、美人と言えば美人だが、さすがに年齢的に問題あり。

「……この色ボケジジイ、本気で殺されたいらしいな。というか今ここで殺してやろう」

 まあ、修治の母親でも、じいさんから見たら若いかもしれないけど、ナンパするのはどうよ。人として。

 さすがの浩之も、これは雄三を支持するしかなかった。まあ、このファンキーなご老体が誰とデートしようが関係はないが、一応美色には何度も怪我でお世話になっているので、まさかいいですよとは言えない。もっとも、浩之が戦いに手を出す訳ではないのだが。

 てか、このじいさんファンキーを通り越してないか?

「お、そう言えば思い出した」

 剣呑な雰囲気をあっさりぶちこわして、ぽんっと手を叩いた。

「坊主に挨拶しようと思って来たんだった」

「俺に?」

「そうそう、坊主に」

 鷹雪はにこやかに近寄ると、ぽん、と浩之の肩を叩きながら、手を握る。正直、浩之は気が気ではなかった。浩之の知っている格闘家は、ここから関節技をかけるのに躊躇しないタイプばかりだからだ。

「そこに倒れている方じゃないうちの弟子が、エクストリームに出るから、よろしく、と言っておこうと思ってな」

「……はあぁ?」

「で、肝心の弟子なんがら、どうも今日はどうしても外せない用事が、ぶっちゃけると彼女の誕生日らしくってな、ライバル見るよりもそっちを優先させるのが当然と俺も思うし、つれてこなかった訳だが」

「「……」」

 もう何をどこから突っ込めばいいのか、雄三ですら分からないようだった。

 それでも、何とか力を振り絞って、けっこう予想はついていたが、浩之は聞いてみる。

「じゃあ弟子を修治と戦わせる意味は……」

「まったくない」

 はっきりと、鷹雪は言い切った。

「いやー、ついかっとなって弟子をけしかけてしまった。今でも反省してない。次があったら喜んでやる」

 反省しろよ、と浩之は至極当然の突っ込みを、面倒になって飲み込んだ。

 そして、鷹雪が何とか動けるようになった弟子をつれて帰ってから、やっと気付くのだった。

 強敵が、また一人増えたことに。

 

続く

 

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