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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(455)

 

 普通の子、よねえ。

 かわいいと言えばかわいい。いや、綺麗と言った方が正しいだろう。こんな子にほほえまれたら、それこそ一発で男など骨抜きになるだろう。実際、藤堂は完全に骨抜きにされている。一応プロのカメラマンなのだから、見惚れている暇があるなら写真を撮れと思うのだが、それも仕方ないと思うほどの美少女だ。

 だが、その程度では、明奈は驚いたりしない。モデルや芸能人の女の子を相手に取材をしたことも何度もあるのだ。芸能人としては、それこそ満点を与えたい顔と身体、そして華のある子だとは思ったが、所詮それは男をどれだけ骨抜きに出来るか、同世代の女の子を引っ張れるか、という話であり、格闘家としては関係ない。

 それは、さすがに鍛えられているとは思うけど、そこまでには見えないのよねえ。

 女性の美しさは武器だ。何もそれは顔だけではない。綺麗な体型を維持しておくのも、十分に意味がある。明奈は忙しい中、体型を維持する為の運動を欠かしたことがない。そういう意味では、明奈も身体は鍛えられていると言っていい。しかし、あくまでそれは素人として、だ。

 年齢の問題もあるのだろうが、来栖川綾香の身体は、その明奈よりも鍛えられているようには見えない。いや、それが間違いであることはすぐに分かる。雌豹のよう、とは良く言うけれど、まさに肉食獣を思わせるほどに、来栖川綾香の身体が柔らかく、しかし無駄なく鍛えられているのは、もう少し観察すれば分かる。

 しかし、それにしたって細すぎる。明奈だって、かなり体型維持には気を遣っており、平均から見れば手足は細い方であるというのに、それよりも細いかもしれないのだ。それでいて、来栖川綾香の身体は出るところは出ている。

 鍛えられ、すらりとしながらも、ただ細い訳ではない、きっちりと肉がつくべく所にはついた、完璧な体型だ。つまりそれは、格闘家としては細すぎるような気がするのだ。

 身体が大きければ有利、というほど単純なものではないが、身体が大きなことは、間違いなく武器になる。素人ならばともかく、自分の重さに振り回されるような格闘家は、上には立てない。そして、来栖川綾香の相手は、ほとんどがその上に立つような選手なのだ。

 前回のエクストリーム高校の部準優勝者の渡辺真緒が強い強いと言われている所以は、そこらへんにある。渡辺真緒は柔道で57キロ級の選手であり、にも関わらず無差別級で優勝したという無茶苦茶な経歴を持つのだ。これは並大抵のことではない。ボクシングや柔道のような、体重別の格闘技で、体重差をトップレベルの世界で跳ね返すというのは本気で図抜けた実力が必要なのだ。

 エクストリームは、ルールが他の格闘技に比べて緩い。その分、体重差を跳ね返すのは楽にはなっているのだが、それでも、百キロを超えるような巨漢、相手も女性なので漢はないだろうが、そうとしか言えない大きな選手を、手玉に取るでもなく、真正面から撃破して来たのは異常なのだ。

 そう、見た目は確かに綺麗なだけの少女だが、こんな少女がエクストリームで優勝していること自体、すでに異常なのだ。見た目が普通であればあるほどに、異常。

 とは言え、それだけ異常であることはもう知れており、そこまで異常であれば、会うだけでももっと何かあるのかと思っていたのだが、しごく常識的な反応をされたので、表紙抜けている、というのが正直なところだった。何せ、記者にとって、来栖川綾香は鬼門と言われているのだ。

 とりあえず、まだ惚けている藤堂の脚を蹴って我に返して、来栖川綾香に勧められるままに、練習場の脇にある、正直練習場には似つかわしくない豪華なソファーに座る。席の進め方も、けっこう堂に入ったものだった。そこらへんは、格闘技とは関係ない来栖川という家の関係なのだろう、と明奈は理解する。

 席につくと、来栖川綾香もソファーに座り、その後ろにはあのどう見ても執事には見えない初老の執事が、仁王立ちのように控える。と同時に、測っていたかのようにメイドがコーヒーを三人の前に置く。素でメイドが出るあたりはこの際スルーした。

「あ、どうも」

 別にプレッシャーを与えられた訳でもないのに何故か一緒に席に座った藤堂が、メイドに頭を下げる。とりあえず、メイドが部屋から下がったのを見て、明奈は藤堂の頭を叩いた。

「あたっ、何するんすか、先輩。人前でぽんぽん自分叩かないで下さいよ」

「何するのかはこっちのセリフよ。何で藤堂君まで座ってるのよ。カメラマンまで席に座ったら仕事にならないでしょ」

「あ……すいません」

 藤堂はやっと自分の仕事を思い出し、出されたコーヒー、アイスコーヒーなのでやけどの心配はない、を一気飲みすると、立ち上がって素早く撮影の準備を始める。というか、気付いた後も、ちゃんとコーヒーを飲むあたり、意地汚いと言うか何と言うか。

「あははははっ」

 そんなコントにも似た掛け合いの後、ため息をつく明奈を見て、来栖川綾香は邪気のない、年相応の顔で笑う。実に絵になる。藤堂でなくとも、カメラが手元にあれば写してしまいそうなほどだ。記者としては許可のない撮影はまずいのだが、そんなことも忘れてしまいそうだ。

「ごめんなさいね、うちのカメラマン、気がきかなくて」

「気にしないでいいですよ。私を取材するのに、そんなに緊張する必要もないと思いますし。それに、面白かったですし」

 如才ない来栖川綾香の返答。

 ……かなわないなあ。

 藤堂は素だが、こういう態度を明奈が取るのは何も藤堂の態度に問題を感じている訳ではない。いや、問題は問題で、例えば偉い人や成功した人の中には、記者の態度が少しでも悪かったら激怒するような心の狭い、どう言いつくろったところでそうなのだから仕方ない、狭い者もいる。そういう場面では、藤堂は致命的ではあるのだが、そんなことは最初から分かっているので、そこには藤堂は連れて行かない。それどころか、そういう人間には、明奈のような女性が取材をするというだけで嫌な顔をする人間も多いので、明奈も呼ばれないし、分かっている以上、明奈だって希望したりしない。何事も適材適所だ。

 だが、こういう高校生や、まだ取材慣れしていない相手には、藤堂の態度は良いと言っていい。こちらが堅いものではないことを相手に伝えるには、藤堂のような者の方がいいのだ。これでカメラマンとして腕が悪ければ問題だが、藤堂にはそういう問題もない。その藤堂をいじる形で、明奈は相手の緊張をほぐす。緊張しているよりは、友達の感覚の方がよほど良い話が聞けるのだ。

 だが、来栖川綾香に、そんな緊張は感じられなかった。それどころか、藤堂が緊張している、とは少し違うが、来栖川綾香の美貌に気を取られているのを、あっさりと許した。取材する方が気を遣われているのでは世話はない。

 いや、それどころか、藤堂を使って明奈が相手の緊張をほぐしているのも察知されたようだった。明奈はまだ若輩とは言え、来栖川綾香という、いくらでも記事になるような人気のある選手の取材をまかせてもらえるだけの自負もある。しかし、その短くも濃厚な経験からも、ここまで自然で、そして落ち着いた女子高生というのは見たことがない。普通、この年齢ならば、大人びていればそれは不自然さか、無知さを感じるものだが、そういうものが感じられない。

 年齢相応なのに、それでも落ち着いてる。場慣れていると言うだけでは説明がつかないかもしれない。いや、場慣れはしているのだろう。お金持ちの世界は、正直記者としても理解出来ないところがある。しかし、それならば、それ相応の無知さ、とでも言えばいいのか、上流階級での経験に時間を取られた分の、一般的な視点から見ての世間知らずさが見えてもいいものなのだが。

 ……見た目も普通じゃないけれど、内面も普通じゃない、か。

 すでに、来栖川綾香に会ってから、明奈は二度驚かされている。しかも取材を始めていない、格闘技とはまったく関係ないような部分で、だ。

 運動と思春期は、どうやっても一緒にならない。高校野球やサッカーなどは華があるからいいが、女子のスポーツというのは、正直中学高校は壊滅的と言っていい。男子の場合は、スポーツマンという看板がそれなりに効力を発揮するのでまだいいが、お化粧やオシャレを覚える中学高校で、女子のスポーツマンは激減する。辛い汗くさい練習よりも、オシャレや恋と言ったものに惹かれてしまうのだ。

 実際のところ、両立は難しいが、可能ではある。男子でもサッカーやバスケなどは、競技イメージも相まって、オシャレを気にする者も多い。だが、人とは高きから低きに流れるように辛いことから楽しいことに流れるのだ。中学高校の途中で、競技者を止める女子は、多い。

 格闘技ならば、それこそなおさらだ。渡辺真緒は来栖川綾香ほどではないにしろ、そこそこの顔を持っており、いくらか服装や化粧にも気を遣い、メディアに対するサービスもしてくれる。実力だけではない、こういう部分が、渡辺真緒の人気を維持しているのは否定出来ない。しかし、渡辺真緒も別にやりたいからだけでそうしている訳ではないようだった。つまりは、競技のイメージを少しでも良くしようと思っているふしがある。

 大人びている、というよりは、子供のくせに気を遣いすぎだと明奈は思うのだが、それで女子柔道の人気が上がっているのも事実であり、それが強い選手を作る一番正しい方法だというのも分かっているので、明奈の渡辺真緒に対する評価は高い。むしろ、尊敬していると言ってもいい。ちやほやされて浮かれているような時期はとっくに過ぎており、渡辺真緒にかかる重圧は並大抵のものではないのだ。そんな状態で、競技自体のことまで考える渡辺真緒には、頭が下がる。

 だが、この来栖川綾香には、気負いが感じられない。もともと空手の出身であるのは有名だが、しかし、空手を擁護するような態度は一度たりとも見せていない。かと言って、嫌っているのかというと、そんな態度でもない。単なる過程の一歩、としか考えていないのだろう。だから、競技に対する義務感というものがない。

 反対に、だからこそ、守ってくれるものもない。競技というものがない以上、擁護してくれるものはない。一人で、エクストリームチャンプという肩書きを背負わなくてはならない。まして、ここまで綺麗であれば、アイドルを作る為の八百長だと言われたことも数えられないほどだ。

 しかし、来栖川綾香は、それに一度たりとも反論しなかった。いや、耳にすら入れた様子もなかった。言いたい相手には言わせておけばいい、とすら見えた。それでも、そんな言葉はすぐに小さくなった。渡辺真緒が八百長などする訳がないと皆思ったし、少なくとも、渡辺真緒をアイドルに仕立て上げているメディアはそんな訳がないと言わざるを得なかった。

 が、まあ、そんなものはおまけだ。

 結局、試合を見てしまえば、何も言えなくなる。素人でも、来栖川綾香の打撃が遅いと言える人間はいないし、経験者ならば、来栖川綾香の実力が理解できない者はいないからだ。結局、来栖川綾香を否定するのは、ガセを書く本当に一部のゴシップ誌とネットの無名掲示板のような場所で無責任な言動を書く者だけだった。一度でも試合を、それがビデオでも見てしまえば、その強さを理解せざるを得ない。

 だが、そこまで持っていくまでの重圧は、それこそ渡辺真緒の比ではなかったはずだ。渡辺真緒がアイドルとして扱われている以上、当初、来栖川綾香には悪役の役が振られていたのだから。だが、来栖川綾香の方には、まったくそれに堪えた様子はなかったと言う。

 影では、よほど悩んだのだろうと思っていた。しかし、目の前にこの少女を見てしまうと、本当に気にしなかったのでは、気にするとしても、その程度どうということでもない話だと本気で思っていたのではと感じる。図太いと言ってしまえばそうなのだろうが。

 印象をちゃんと言葉にすれば、強い、だ。

 会って、言葉をかわしたのは、まだ数語。しかし、それでもその印象だけでもういくらでも記事が書けそうだった。

 楽しみにしてたインタビューだけど……これは、予想以上に楽しいものになりそうじゃない。

 口元を隠して、明奈はぺろりと乾きそうな唇をなめた。これから、エクストリームほどではないが、自分も戦いなのだ。

 

続く

 

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