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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(456)

 

 明奈は綾香に断りを入れて、レコーダーをテーブルの上に置いて、録音のスイッチを入れた。

「それでは、改めまして。来栖川綾香さんです。来栖川さん、今日はよろしくお願いします」

「どもー、綾香で〜す、って、これ放送じゃないんですよね」

 軽い調子で、綾香は冗談を口にする。正直場慣れし過ぎではないのかと思うほどの落ち着きぶりだった。

「予想以上にノリがいいですね」

「まあ、これでも一応女子高生ですから。あ、よろしくお願いします」

 女子高生はノリがいいものかどうかはこの際置いておくとして、明奈が感じた通り、綾香はかなり場慣れしているようだった。ぽんぽんと言葉が出るところなどは、下手な女子高生アイドルよりもよほどできていると言える。

 強くて綺麗でおしゃべりも出来るなんて、神様ってのは不公平なものねえ、と明奈は心の中で思った。まあ、そういう神にえこひいきされたような人間を取材するのが、自分の仕事であることも明奈は自覚している。

 どんなこと聞いて来てもいいって言われているしねえ、さて、どこから攻めるか。……まずは、それだけ場慣れしていることから、攻めてみるか。

「メディアに出ることは少ないですが、凄く場慣れしている感じがしますね」

「しゃべるのはそんなに苦手じゃないですから」

 苦手じゃない、と来たもんだ。これが苦手じゃない、というレベルとは思えないんだけどねえ。

 すぱっ、と返答が返って来ると心地よさはあるものの、こちらから聞き出す、という楽しみは得られない。まあ、その分多少攻めたところで問題なさそうな感じはした。というよりも、攻めなければ、それこそ簡単に来栖川綾香に対応されて毒にも薬にもなりそうにないインタビューになってしまうだろう。

「一部ではメディア嫌いと言われていますが、そんなことはないですか?」

 最初の話題としては、適切とは言えない話題だ。実際に取材を断られることも多いのに、こんなことを言えば次がない可能性すらある。しかし、来栖川綾香本人を目の前にすると、そんなに懐の浅そうな人間には見えなかった。まあ、変わっている、とは思うのだが。

「面倒だと思うことはありますね。私の場合、ほら、こんなにかわいいので、下手に許すとそれこそ場所問わず記者がおっかけて来そうですから。その予防線の意味も込めて、あまり多くの取材は受けないことにしているんですよ」

「かわいいって、自分で言っちゃいますか」

「言っちゃいますよ。実際、無断で写真を撮られそうになることも多いですし」

「あー、気持ちは分からないでもないですねえ。来栖川さんほどの美少女はなかなかいませんから」

 撮られそうになる、というのに、多少引っかかる部分はあった。だが、明奈はそれをスルーした。まさか、写真を撮られそうになる瞬間にフレームから外れている、などとは思わないだろうし、言われても信じられなかっただろうが。

「すみません、話がそれたついでに、その美貌の秘訣をこそっとでいいので教えていただけないですか? この際オフレコならカットしますから、せめて私にだけでも」

 冗談半分、本気半分だ。もし何か秘密があるのならば教えて欲しいものだった。その十分の一でも綺麗になれるのならば、誰だってそうするだろう。

「あはは、そうですね〜、自分ではこれと言って気にしていることはないんですが、あえて言えばストレスをためないことですか?」

「ストレス、ですか」

「ええ、溜まって来たなあ、と思ったらこうドカーン、と」

 チョワー、と冗談のように来栖川綾香は拳を突き出したが、正直、その本当に冗談なのだろう突きは、冗談には見えないほど当たれば痛そうだった。

「あー、エクストリームチャンプの来栖川さんにドカーンとやられるとシャレじゃ済まなそうですね」

「大丈夫ですよ、けっこう頑丈に出来ていますから」

 何が、とは言わなかったが、どうも特定の個人もいそうだった。明奈としては、その故人のご冥福を祈るばかりだ。

「まさに経験者は語るというやつですね。いえ、ドカーンでもガツーンでもいいですけど、それはあまり美容には関係なさそうですが」

「あはは、ドカーンでもガツーンでも他の方法でもいいですけど、自分のやりたいようにやる、というのが美容にはいいと思いますよ」

「それは来栖川さんほど強ければ、やりたいようにも出来るんでしょうけど」

「それがそれが、なかなか私としても自分のやりたいようには出来ないものなんですよ。例えば相手には不足してますしね」

「それは、エクストリームでも強い相手がいないってことですか?」

 確かに、エクストリームでも来栖川綾香は他の選手を圧倒していた。というよりも、エクストリームに出てすら、相手に不足している、満足出来ない、と言うのは流石に異常だった。まあ、明奈としてはその異常である言葉が欲しいのだが。

「うーん、エクストリームぐらいになれば、強い相手ってのはいますよ。でも、エクストリームは年に一回じゃないですか。いつもの相手となると、これがなかなか満足出来るほどはいなくて。まあ、ついこの間はかなり満足出来る相手と戦ったんですけどね」

「それは渡辺真緒さんですか?」

「真緒?」

 来栖川綾香と渡辺真緒が、決勝での勝者と敗者という関係にも関わらず親交があり、少ない回数ではあるが、一緒に練習しているというのはすでに調べてある。というか、有名な話だ。渡辺真緒はもともとメディアにもかなりオープンなので、たまに来栖川綾香の話題も出る。

「渡辺真緒さんは、この間も、取材でお会いしたときに、来栖川さんの話題を出していましたから」

「真緒にも困ったものね。ネタに困ったからって私の名前を出すことはないと思いませんか?」

 来栖川綾香は、肩をすくめる。まあ、それでも本気で嫌がっている様子ではなかったが。

「話題を提供してもらえる分には、こちらとしては嬉しいんですが。渡辺真緒さんとは仲がいいみたいですね」

「プライベートの付き合いはないですけどね。もっぱら格闘技の付き合いだけですよ。まあ、十回会うよりも一回戦う方が、よほど相手を良く知れると思いますけどね。私の場合、、勢い余って一回目で食べちゃうことも多々あるので、なかなか親交を深める、というのは難しいんですが」

「食べちゃうとは、また穏やかじゃないですね」

「エッチぽかったですか? だったらファンサービスとしては十分ですかね?」

「むしろ怖いです」

「あははっ」

 実にテンポの良い会話が続く。記事になどせずとも、このままラジオCDにして出したいぐらいだ。

 ただ、こんな冗談を言っているような中にも、不穏なセリフや危険な雰囲気がちりばめられているのには、さすがに明奈も下をまいていた。トークと言ってしまえる内容ではない。明らかに、明奈が攻めているのを分かって、攻め返して来ている。

 前哨戦でも消耗しそうな戦いだ。しかし、まだ経験は浅いとは言え、明奈もプロだ。ちゃんと、来栖川綾香の内面を、力の続く限り引き出すつもりだった。

 あくまで、これは自分の土俵なのだ。例え最強と呼び声も高いエクストリームチャンプ相手であろうとも、一歩も引く気は、明奈にはない。

 これも、プライドをかけた、勝負の一つなのだから。

 

続く

 

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