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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(457)

 

「このままお話するのもそれはそれで楽しいんですが、ページ数の関係もあるので、そろそろエクストリームの話題に入りたいと思います」

「どうぞ、じゃんじゃん聞いて下さい。答えられるところは誇張して答えますよ」

「いえ、誇張しなくていいですから」

 会話は、終始このように冗談を入れて和やかに進んでいた。多分、そのまま紙になおしただけではテレビ出演も多い、こなれたしゃべれるアイドルのインタビューにしか思えないだろう。だが、この雰囲気は、そんなものとはかけ離れている。

「それでは、まずは調子の方はどうですか?」

「少し、練習疲れみたいなものが今はありますが、一時的なものだと思います。少なくとも、怪我で大会を回避する、なんてことは今のところありません」

「練習疲れとは、特訓とかそういうのですか?」

「まあ、そんなところです。……ええ、とってもいい練習になったわ」

 一瞬、来栖川綾香の口元が、不吉につり上がったように見えた。しかし、それも一瞬のこと、まるでそんなことがなかったかのように、すぐににこやかな顔になっていた。

「筋肉痛以外の痛みは、今のところ残ってませんし」

「その腕の包帯も気になるところですが」

 ずっと気になっていたことを明奈は聞いてみた。その綺麗な姿には似合わないほど、痛々しく、そして仰々しく腕にまかれた包帯が気になるのは当然だ。

「あ、ちょっとあざが出来てるので、みっともないので隠してるんですよ。別に痛みはないんですけどね」

 格闘技の練習で腕が折れるというのはたまに聞くが、腕にあざが出来るとは、激しい打撃のスパーリングでもしていたのだろうか?

「さすがに、来栖川さんほどの強さになるには、厳しい練習が不可欠ですか」

 練習をせずに強くなどなれない。センスのみで戦えるようなものならば維持程度でいいかもしれないが、効率が良い練習などという言葉で装飾しても、練習量が足りなければ勝てなどしない。まあ、来栖川綾香ほどの強さになれば、練習しないことはあり得ない。

「あんまり練習は苦じゃないですけどね。対戦相手の不足の方が深刻かもしれません」

「いつも言われていると思いますが、道場や団体に所属していない不利は、やはりこういうところで現れますか?」

「うーん、正直、今更どこかの道場で練習する、という気にはなりませんね。というよりも、強い選手なら誰でもそうですが、正直、自分よりも強い指導者に恵まれている選手はいないんじゃないですか?」

「まあ、そうかもしれませんが……指導力と強さはイコールではないですから」

「その点は、私はイコールだと思っているんです。それが道場に通ったり団体に所属しない理由の大きな一つです」

 当たり前の話なのだが、スポーツで選手よりも強い指導者はまずいない。いない、と断言してすらいい。プロになればなおさらだ。かの昭和最後の大横綱と呼ばれる千代の富士はが、引退した後若い力士に稽古をつけてやっているのを見て師匠の九重親方がその充実っぷりに引退は早かったと言ったというエピソードがあるが、そのような例はまれである。基本的には、経験はあっても年齢によって身体を動かせなくなって初めて指導者になるのだ。いや、選手としては大成しなかったが指導者としては一流という者もいる。自分が動くことと、人に教えること。それは完全にイコールで結ばれているものではない。

 だが、来栖川綾香の考えは違う。自分よりも弱い相手の下について練習するなど、耐えられるものではないのだ。そして、この来栖川綾香をして強いと言わしめる指導者など、それこそ数えるほどもいるかどうか。

「ぱっとあげられる指導者と言えば、北条のおじさまぐらいですね」

「それは、北条鬼一氏ですか? それはまた……」

 北条鬼一、練武館館長、鬼の拳の異名を取る、今だ最強の空手家と名高い生きる伝説だ。ただ、指導者として素晴らしい、という話は実のところあまり聞かない。人にものを教えるには、まだまだ元気過ぎるのだろう。練武館は、北条鬼一のその妙な、というか実力相当の人徳で集まった人間にこわれて作った団体らしい。

「でも、北条のおじさまと練習ってのはぞっとしないですよ。お互い、練習とか言いながら、相手のことを倒してやろうとやっきになるから、きっとエクストリームどころではなくなりますね。それを分かっているから、北条もおじさまも練武館に来いとは言わないんですよ」

「何というか、これ記事にしていいんですか?」

 北条鬼一と来栖川綾香の確執、と言ってもいいものなのか。正直、記事に出来るのかどうか微妙なところだ。

「練武館辺りではわりと有名な話ですよ。一度なんか、ちょっと遊びに行ってそのまま殴り合いに発展しましたし」

「……えーと」

「あ、大丈夫ですよ。北条のおじさまも私も、本気じゃなかったですから。本気なら血の雨が降ってます。ちょっと門下生がひどいことになりましたけど、おおむね平和的な訪問で済みましたから」

 あっけらかんと笑って話す内容じゃない気がするんだけど。明奈は心の中で突っ込んだ。

 しかし、北条鬼一が関わっているとなると、それも納得する。今の来栖川綾香の内容を、普通にやりそうなのが、北条鬼一という行ける伝説なのだ。はた迷惑とも言う。

 というか、そんな生きた非常識相手に殴り合いをするこの来栖川綾香が、いかに非常識であるかが十分に分かるエピソードだ。

「ま、そんなわけで、技を盗みに少し顔を出すぐらいならするかもしれませんけど、これからも本格的に誰から指導してもらう、というのはないと思います」

「それに不利はない、と」

「実際、健康管理のトレーナーならともかく、指導者が格闘技でどれだけ役にたっているのかは微妙だと思いますよ。まあ、同じレベルの練習相手がいるのなら、それはいいことだと思いますけどね。ほら、私の場合は、自分が強すぎるので」

「なるほど。では、それに関係した質問ですが、エクストリーム予選で、自分の後輩を紹介したらしいですね」

「ああ、葵のことですね。何かうじうじしてたので、景気付けの為にちょっと紹介しましたね」

 景気付けの為に来栖川綾香に紹介されるのはたまったものではないと思うのは、多分明奈だけではないだろう。

「松原葵選手。空手の道場の元後輩ですか。エクストリーム予選一位ということですが、中学のころの成績はぱっとしない、というよりも……」

 地方大会の三回戦とかで負けるような選手だ。はっきり言ってノーマークどころの話ではない。普通ならば、書類審査で落とされそうなレベルだ。ひやかしの人間と思われても仕方のないような戦績なのだ。

 だが、そのノーマークの選手が、予選一位。決してレベルの低い地区予選ではなかった。優勝候補筆頭に上げられる選手こそいなかったが、その分有名な選手の出る地区を回避した実力者達が集まったのだ。決勝で当たったキックボクシングの吉祥寺春選手は優勝候補に上げてもいいぐらいの選手だ。まさか、予選二位になるとは誰も予測出来なかったぐらいなのだ。

 人間、そんなに簡単に強くなれるものではない。しかし、結果だけを見ると、松原葵選手は、最下位からトップレベルへと変貌している。一年もない時間で、そんなことが可能なものなのだろうか?

「あー、あの子あがり症で、中学では全然結果残せなかったから」

「あがり症、ですか?」

「そ。いくら強くても、自由に身体が動かせないんじゃあ、勝てる訳ないってことですね。もっとも、紆余曲折あって、克服したからこその結果ですけどね」

「なるほど。では、やはり一番期待している選手ですか?」

「私を倒せるとは思わないけど、私に当たらなければ決勝に上がってこれるぐらいの実力はあると思いますよ?」

 思わず、明奈は乗り出すようにして聞いていた。

「来栖川さんをしてそこまで言わせる実力の選手なんですか?」

「そうですね。私以外に、他の選手が要注意人物として警戒しなくちゃいけないぐらいの実力はありますよ。あ、これちゃんと記事にして下さいね。先輩からのプレゼントとして」

 にやり、と来栖川綾香は悪い笑みを浮かべる。

「来栖川さんがそこまで言うと、他の選手も松原選手をかなり研究して来ると思いますが、そうなると松原選手は苦戦をしいられませんか?」

「だからこその、先輩のプレゼントですよ」

 性格悪っ、という言葉が出てきそうになるのを、明奈は笑顔で表情を隠して耐えた。

 吉祥寺春選手を破っての予選一位、となればそれは多少は警戒されるだろうが、しかし、来栖川綾香がここまで言わなければ、今までの実績がないので、そこまで注目される選手ではないのだ。

 だが、注目され、研究されれば、それだけで戦いは一段、いや二段は厳しくなるだろう。

 いくら期待しているとは言え、正直酷い対応だ。まるで、松原葵に勝たせまいとすらしているように見える。警戒している選手だから、他の選手に倒してもらえば楽になる、そう考えているのでは、と勘ぐってしまったのも、しかし一瞬のことだった。

「だって」

 まるで、その勘ぐりに気付いたように、絶妙のタイミングで、来栖川綾香は口を開いた。

「厳しい戦いを経た方が、強くなれますから。強くなったら、私と当たったときに、楽しいじゃないですか」

 酷く、楽しげに笑いながら。

 

続く

 

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