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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(459)

 

「ほうほう、つまり浩之は、練習をさぼって海に、しかも泊まり込みで女の子と遊びに行きたい、と」

 顔こそ笑っているようだったが、こめかみに浮かび上がっている血管とかこれ以上ないぐらいドスの聞いた声から、修治が未だかつてないぐらい怒っているのを浩之は理解した。修治はその強さのわりには、いや、強さだからこそなのか、けっこう気の長い方だと思っていたので、その反応はさすがに予測出来なかった。そして、危機回避能力の高い浩之が、久しぶりに犯した失敗だった。けっこう命に関わるぐらいの。

「あ、いや、別に女の子と行くとは言ってないだろ」

「行くんだろ?」

 確定したことを口に出すように、修治は言い切る。実際、それは間違いではないのだから困る。

「ちなみに、他の男がどれぐらいいるのか聞いてみたいものなんだが」

「あーと、確か5人ぐらいだったようだ」

「女の子の数は?」

「……いや、学校の空手部と合同だから、詳しい人数は知らないんだよ」

 ごまかせるとは思っていないが、それでも浩之は言葉を濁してみる。これで馬鹿正直に数を言っても、どうせろくなことにはならない。だいたい、普通女子の方が多い空手部などないだろう。いや、実際のところ、空手部を除いた、完全な浩之の連れ添いだけで女の子が三人いるわけなのだが。

「綾香も来るから、遊びというよりは特訓で感じになると思うんだけど……」

「なるほど、あのお嬢ちゃん、顔も身体も飛び抜けていいからな。特訓にかこつけて二人きりでいちゃいちゃするつもりなんだな」

「いや、だから他にもいるわけで……」

「つまり、あれか。ハーレムか。まったくいいご身分だな、よしここで殺す」

「ちょっと待て!!」

 話は終わった、とばかりに、殺気をみなぎらせて修治が立ち上がる。その姿は、まさに鬼神のようだ。というか浩之にとっては完全な災害としか思えなかった。余すところなく理不尽なところは、自然現象よりもたちが悪いだろう。

「待て、修治。今の実力はともかく、一応は、というか才能で言えばお主よりはよほど出来た弟子を、もてぬ男の嫉妬で殺そうとするな」

「……ジジイ、今日がお前の命日にされたいらしいな」

 この二人はいつもケンカをしているが、今日ほど修治が怒ることも、雄三の方が手も出さずに余裕の笑みであしらうことも珍しい。

「ふふん、まったく、もてぬ男はこれだから困るのう。わしが若いころは、それこそ嫌になるほど女にもてたものよ。まあ、わしはばあさん一筋だったがな」

 おじいさんのもてた話ほど信用のならないものもないので、話九割九部で聞くとしても、修治に対して言っている話は、修治の反応を見る限り、嘘ではなさそうだった。つまり、修治は女性にはもてないようだ。

 何故かまわりにかわいい女の子の知り合いが多く、まあそれが自分に男女の好意を持っているとは思わないものの、それなりに良好な関係を築いており、かつ、少なくとも一度は女の子に告白されたことすらある、というかぶっちゃけはっきりとはしていないものの彼女もいる浩之と比べれば、少なくとも明らかにもてない。浩之ほどもてたらそれはやりすぎな気しかしないが。

「おおかた、自分の方がうまくいっておらずに浩之に嫉妬しておるのだろう?」

「ぐっ……」

 今まで、これほど敗北感を漂わせた修治がいただろうか?

 戦えば北条桃矢を子供扱いし、あの綾香と対等、いや、追いつめまでするほどの強さを持つ修治。しかし、こと女性関係に関しては、その凶悪なまでの強さは何の役にもたたないようだ。

「いっそのこと、浩之に女を紹介でもしてもらったらどうだ?」

 いや、それは確実に困るだろう。浩之だって、修治が悪い人間ではないぐらいは分かっているが、知り合いを紹介するとなると話が別だ。

「いや、別にもてたい訳じゃないんだが……」

 とりあえず、修治はそれにはあまり乗り気ではなかったようで、浩之は安心した。というか、いつもの強気の修治と比べると、まるで別人だ。人というのは、どれほど強くとも他戦うステージが変わっただけでこうも戦力に差が出るものなのか、と思い知らされる。

 とは言え、浩之も女心が分かっている、とは自分でも思っていない。かわいい女の子が知り合いには多いとは言え、それが自分の努力の結果だとは思っていない。つまりは、修治よりは少し運が良かっただけなのだろう。

 浩之自身に自覚はなくとも、浩之がかなり顔がいいのは事実で、さらに性格は天然が入っているものの良い、それこそ顔以上に、となれば、もてない理由もないのだが。というか、運がいいという理由だけで綾香や葵、あかりやその他もろもろのかわいい女の子達とお近づきになれたと思う方が罰当たりだ。もてない男に集団で襲われても文句は言えまい。

 ただそれはもてない男の都合であり、浩之が悪い訳ではない。戦いはつねに勝者が何かを得るのが当然であり、それはもてるもてないでも同じことだ。その点に関してだけ言えば、修治は浩之の足下にも及ばない、と言うことだ。

「修治の嫉妬はともかく、残された時間も少ない。わしとしても、あまり休みを入れるのは得策とは思わんがの」

「その点に関して言うと、正直あまり休みにはならない気がひしひしと……」

 何せ、空手部の合宿についていくようなものなのだ。まだ坂下は練習どころか、日常生活を送るのも一人ではきつい状態なので、何でもマスカレイドに無理を言って一人介護に人をつけてもらって指導員としてついて来るので、坂下の直接的な脅威はなくとも、練習の厳しさは想像に難くない。何より、葵だって綾香だって、もう遊んでいる暇はない。いや、このメンツでは、例え遊びであっても、過酷なものになりそうだ。

「まあ、ここは修治に決めてもらうとするかの」

 そこで、何故か雄三は選択権を修治に振る。

「ちょ、何で俺に振るんだよ。そこまで言われて俺が口出し出来る訳ねえだろ」

 もてない男の嫉妬と言われてしまえば、修治には返す言葉がなく、そうなるとどうしても強くは出られない。理不尽な強さを持つ修治であるが、格闘技以外の思考回路はかなりまともというか、理路整然としたものを好むことは、そう長くない付き合いで分かっている。

「くそ、分かってるよ。自分がうまくいかないからって人に当たるなんてかっこよくないことぐらいは。でも仕方ねえじゃねえか。こっちは必死でがんばってるってのに、浩之の野郎は鼻歌交じりで歩いてても女の方から寄って来るんだから、俺の苦労なんて分からないだろうがな……」

 何か隅の方でいじけ出した修治を、さすがの浩之もフォロー出来ない。というか、浩之から見て、別段修治が特別顔が悪いという感じはしないのだが、そこまで女にもてないのだろうか、と本気で考えてしまう。

 雄三が哀れみの目で修治を見ている。というか、むしろ勝ち誇っているように見える。孫をいじめてそんなに楽しいのだろうか?

 まあ、修治には悪いが、浩之には浩之の事情がある。

「時間がないのは俺も自覚してるんですが……綾香に、来ないと殺すと脅されて。行きたくない訳じゃないんですけど」

「それは……また難儀な話だ。女は本気で殺しに来るからあなどれんしのう。来栖川のお嬢さんの場合、二重の意味での」

 まあ、綾香の殺すと普通の女性の殺すでは少し違う部分がある。撲殺か刺殺かの差だが。

 というか、海に誘うのに殺すとか、何考えているのか、意味が分からない。確かに、練習にかまけて綾香に付き合うことが少なくなっているのは認めるが、それが殺意につながる意味が分からない。

 だが、その綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて、目がまったく笑っていなかった綾香を目の前にして、浩之に断れる訳がなかった。

「夏休み始まってすぐ、三泊四日。休み、もらえませんか?」

「わしは、かまわんぞ。別にわしにとっては、エクストリームなど遊びだ。そこに間に合わせる必要はないからの。お主の本気が、エクストリームでないことも理解して言っておる。意味は分かるな?」

「……はい」

 浩之の本番は、確かにエクストリームではあるが、本当の本番は、そこではない。だから、例え多少遅くなっても、問題はない。時間の問題など、本命との戦力差に比べれば微々たるものだ。

「まあ、短い青春だ。歳を取ったわしが言うのも何だが、楽しんで来るのだな。そういうことをせずにおれば、そこで小さくなっておるもてない男のようになってしまうからの」

 それでもしつこく修治をいたぶる雄三は、まさに鬼だ。

 しかし、浩之としては、今の修治にはふれたくなかった。今は何かトラウマにでも引っかかったのか、ダークなオーラを発しながら体育座りしている大男という怖い図になっているのが、修治の本当の恐ろしさは、もちろんその気味悪さではないからだ。正気に戻ったときに、一体何をされるか分かったものではない。

 とは言え、今の修治はいつものあの凶悪さはまったく見えず。

 ……てか、本当に誰か紹介してやるかなあ。

 浩之らしくもないことを考えるほど、哀れな姿だった。

 

続く

 

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