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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(460)

 

「合宿……ですか?」

「そ。浩之は道場から許可取って来たし、葵も行けるわよね?」

「ええと、それはかまいませんけど……一応、老師に聞いてみます。私も教えていただいている立場なので、もしかしたら駄目かもしれません」

「おいおい、綾香。実はまだ葵ちゃんの許可もらってなかったのかよ。俺はみんな参加するって聞いてたぞ」

 サンドバックを叩くのを止め、揺れるサンドバックを押さえてから、浩之が振り返る。こうしないと、揺れているサンドバックに巻き込まれることがあるからだ。サンドバックはけっこう重いので、勢いがつくと簡単に人が跳ね飛ばされたりする。まあ、それぐらいにサンドバックを浮き上がらせるほどの打撃を、浩之が手に入れているとも言える。

「好恵のところの空手部は参加するってのは本当だし、嘘はついてないわよ?」

「限りなく嘘じゃねえか。合宿の話題出したら修治が……あ、いや、まあ何でもない」

「ん? 修治なら、練習量が減るとかで反対しそうではあるけど、一応五体満足みたいだし、大丈夫だったみたいね。ま、浩之が危険に見舞われるのはいつものことだしね」

「そのほとんどの理由を作ってるやつがこともあろうにそんなこと言うか」

 浩之にも、まさか修治がもてないことをひがんで落ち込んでいたとは言えない。そんなことを綾香に知られた日には、どれほどの酷いいじめがあるか分かったものではない。修治の練習での厳しさは相当のものではあるが、それを恨む気持ちは浩之にはないのだ。

 かなり深い付き合いをしている浩之は知っている。綾香はサドだ。それもとびきり危険な。出来ることならば、被害者は少ない方がいい。

「しかし、俺も葵ちゃんもそうだが、綾香はいいのか? 誰かに教えてもらっていない分、練習時間が減るとそれだけ辛くならないか?」

 四泊五日という長い時間だ。本番までには、もういくらもない7月の終わりにそんな時間を取ろうと思う綾香の真意が、正直浩之には読めない。

「何、浩之、遊びに行くつもりなの?」

「あ、そうか、合宿だったな。どうも海って聞いてたから、少し誤解してたな」

 そもそも空手部の合宿についていくのだから、練習はするはずであるし、綾香がいるので遊んでいてすら下手な特訓よりも身の危険は高いと思うが、海と聞いて遊びに行くと浩之も考えてしまっていたのは事実だ。修治だって雄三だって、当然そう思っている。綾香がわがままを言っているとは言ったが、よく許可が出たものである。

「もちろん遊びに行くつもりなんだけどね」

「おい」

 浩之もさすがに突っ込む。浩之の誤解でも何でもなく、綾香は最初からそういうつもりで言っていたようだ。

「一回しかない高校二年の夏よ。遊ばないでどうするつもりよ?」

「いや、そんな何言ってるんだこいつみたいな顔で見られても俺も困るんだが。葵ちゃんなんか会話についてこれてないし」

「あ、その……私、水着とか買ってないですし……さすがに去年の水着は入らないかなあと思うので……」

 そんなこと聞いてないと思ったのは一瞬で、そこらへんについてもう少し詳しく、主にどこらへんが入らないのか聞きたかった浩之だが、綾香からのじと目が厳しかったので、それは断念。いや、綾香の目がなくてもそんなことを言えばセクハラではある。葵から照れ隠しの鉄拳で黙らされるのは間違いない。

「……浩之のエッチ」

「いや、俺何も言ってないよな? それに何も想像してないぞ、ほんとだぞ?」

 説得力は皆無である。男である以上、そこらへんは仕方のないことなのだろうが、だからと言ってそう言われて看過する訳にもいかず、浩之は思わず否定する。

「どうだか。葵、ちょっと浩之から離れなさい。甘い言葉に騙されちゃ駄目よ。このエロ男は、いつでも葵のことを食べちゃおうとしてるんだから」

「は、はあ……」

 葵はよく訳も分からないまま綾香に抱きつかれるように引っ張られるままになっていた。先ほどまでスパーリングをしていたので、二人とも汗だくで、正直その姿もかなり卑猥なんじゃないかなあ、と浩之は思ったりするのだが。特に今は貴重種のブルマだし。ナイスブルマ。

「……センパイ、鼻の下伸びてます」

「あ、いや、これは違うんだ」

 まったくもって違わない訳だが、葵に冷めた目で見られるというのは精神的ダメージが多すぎる。すでに時遅しという感じではあるが。

「ただ、まあ、葵ちゃんの水着姿は、素直に見てみたいかな」

 鍛え上げられたその脚の素晴らしさは、いつものブルマ姿で良く堪能しているものの、水着となればまた話は違う。それに、その成長したらしい場所、主に胸辺りが気になるのは男として当然のことだ。

「え……そんな、見せるほどのものじゃないですよ」

 と言いながらも、葵もまんざらでもない。褒めて逃げる方法を覚えた自分の成長を、さてあまり良い方法とは思っていなかった。葵が少しでも喜んでくれるというのならば、それは良いことなのだが。

 ゴンッ!!

「く……綾香、拳はないだろ、拳は」

「黙れこの変態。何、葵の水着姿は見たい癖に、私のは何も言わないんだ。というか、あれで倒れないとか、浩之、また打たれ強くなった?」

 倒そうとして拳を振るうのはいいのか、と浩之は思ったが、そんな常識、綾香に通用する訳がない。

 一応、来ると思って回避行動は取ったのだが、綾香の方が十枚単位で上だったようで、あっさりと捕獲され、拳をたたき込まれた。冗談、のはずなのだが、その一発ですでに浩之は足下がおぼつかない。

「だいたい、期待してないとは言ってないだろうが。そう言われたら、言いたくても言えないだろ」

 さすがにこう言われた後で見たいというのは、浩之も恥ずかしい。自覚なく言うからこそ、口に出せる内容なのだ。

「もう、そういう言い方されると、こっちが恥ずかしいじゃない」

 恥じらう姿は非常に良いのだ。この前の拳さえなければ。

「でも、本当に、こんな時期に遊びに行って、いいんでしょうか?」

「いいのよ。というよりも、この時期が過ぎたら、もう遊びに行けないでしょ。こうやってみんなが集まることも、試合が終わるまでほとんどないだろうし」

 確かに、そうなのだ。三人、坂下を入れれば四人だが、ここにそろうことはほとんどなくなる。浩之も葵もそれぞれに師について教えを請うし、二人が来ない以上、綾香がここに来る理由はない。

 少なくとも、エクストリームが終わるまでは。

 綾香も、自分が遊びたいだけではないのだ。そういうことを考えて、ここでみんなで遊んでおこう、と考えるのは、自分のことだけを考えていたのでは出来ない。

「とりあえず、葵」

「は、はい!!」

 綾香が真面目な顔になったので、葵は慌てて背筋を伸ばす。

「明日は水着買いに行きましょ。大胆なの選んで、浩之を悩殺するわよ」

「はい!! って、えええぇぇぇーーーーっ!! その、私そうスタイルが良い訳ではないですし、あんまり大胆なのは、ちょっと、センパイ、何で綾香さん拝んでいるんですかっ!!」

 しかし、綾香相手では、葵が押し切られる場面しか思い付かない。ある意味葵に選択権はないとも言える。

 葵には悪いが、浩之にとっては、かなり楽しみな行事になりつつある。ただ、それでも心臓と身体には良いことにはなりそうにないのは、もう、この際仕方ない、と浩之は半分達観しながら、葵の心からの叫びをスルーした、

 

続く

 

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