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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(461)

 

 かわいい、それこそ見た十人が十人美少女だと言うほどの女子高生と、腕を組んで街中を歩く。男としてこれはかなり名誉なことだろう。人間というものは優越感というものが非常に好きであり、その点に関して言えば、浩之だって免れない。

 歩けば男という男が、みんな振り返る。比喩ではなく、顔を上げて歩いている男はすべからく浩之と腕を組んだ美少女に目を向け、そして自分の状況を鑑みてため息をつくのだ。もてないのは何も修治だけではないし、そもそも、もてたとしてもここまで綺麗な少女がまずいない。

 この暑っ苦しい時期に、いちゃいちゃ腕なんて組みやがって、死ね。そういう声が聞こえて来そうな視線もあった。

 浩之だって、もちろんかわいくない子よりはかわいい子が好きだ。外見だけで言えば、ブスが好きな少数派ではない。そして、自分が腕を組んでいる少女を誇らしく思うのにも嘘はないが。ただ、うらやましそうにしている男達に言いたい。

 そりゃ悪いわけではないけどよ、そんなにいいものでもないぜ、と。

 完璧と言ってもいいプロポーションの中でも、またさらに魅力的な胸が二の腕に押しつけられているのは、まさに天国ではあるけれど。

 そんなものじっくりと堪能出来るほど、浩之には余裕がなかった。力を入れると、どうしても感覚は鈍くなるものなのだ。

 綾香が、練習もかねて腕を組もう、と言ったときは、浩之は表情を変えずに、思わす綾香をかわいいとすら思ってしまったのだ。腕を組むにも、何かしらの理由が必要なのか、と、そういういじらしい部分があるのだと思うと、いつもの態度との違いもあり、正直抱きしめたくなった。

 ただ、腕を組まれた、というか、腕に胸を密着させた状態になってからは、そんな感想は一言も出なくなった。

 ぎりぎりと、浩之の腕は、正直冗談じゃないぐらい強い力で締め付けられている。もし、一瞬でも気を抜けばあっさりと腕が別の、本来は曲がってはいけない方向に曲がってしまうだろう。

 それだけでもあれだというのに、腕に力を入れるのに気を取られていると、いきなり腕をひねって、浩之を投げ飛ばそうとするのだ。マスカレッドを手玉に取って投げ続けるほどの技を持つ綾香にそんなことをされるのだ。浩之は、かなり必死になって守らなければならなかった。

 なのに、外から見たら、それはまったく仲むつまじいカップルとしか見えないのだ。ただし、少し観察すれば、浩之の笑顔が引きつっているのは簡単に分かっただろうが。残念なことに、こちらを見る人間は綾香の方には注目しても、浩之の方には注目しないし、浩之を見るときはだいたい冷静な判断など出来ない精神状態なので、誰も気付いていないようだ。そして、それが残念なことなのかどうかすら、何とも判断しかねるのも、実に確か。

 それは綾香としても、浩之と腕を組みたいと思ったのは事実だろう。しかし、本気でこんな過酷な練習を押しつけてくるとは、当然想像出来る訳がなく、浩之の油断を責めるのはさすがに酷というものだろう。いや、ぶっちゃけ色香にかかって油断していたのは本当なのだが。

 最近付き合いがおろそかになっていたのでそれにすねているのか、それとも、この短い時間でスキンシップといじめを両方行うつもりなのか。

 この地獄とも天国とも言い切れない状況は、ふいに綾香の腕から力が抜けたことにより、終わりをつげた。

「?」

 だいたい、綾香の浩之いじりが終わるのは、どこからともなくわいた綾香のお客さんによってなのだが、今日に限って言えば、その様子はなかった。綾香は、ちょっとしたことに気を取られた風に、路地の奥を見ていた。

「……あ」

 浩之も、気付く。それは、いつかマスカレイドの試合のあった路地裏。今は、誰も人がいない。定期的に場所を変えているらしいので、ここでもう一度試合が行われることがあっても、当分先の話だろう。

「……何だ、綾香。もしかして、また出たいのか?」

 マスカレイド一位になった綾香にしてみれば、すでに強い相手は倒してしまったということになる。しかし、一桁台の選手で当たっていない選手はまだいるし、何より、チェーンソーだけは別格、綾香ともかなりの勝負が出来るだろう。

 しかし、浩之としては、それを許す訳にはいかない。綾香が強者と戦いたいと思う気持ちは止めようがないが、エクストリームまでの期間は、もう少ない。もし怪我をすれば、エクストリームまでに完治したとしても、練習する時間はないだろう。

 力ずくで止められる相手じゃねえんだけどなあ。

 しかし、どうしようもなくなったらそうするしかない。最悪、浩之が相手を倒してしまうという手もある。今倒されれば、エクストリームまでに綾香と戦えるほどに体調が万全hになることはないだろう。まあ、本命であるチェーンソーに関しては、あっさり浩之が返り討ちにあいそうなので、何の意味もないのだが。

 そんな浩之の心配をよそに、綾香は酷くさっぱりとして言い切る。

「別に。心配しなくても、エクストリームまでは無茶しないわよ」

「いや、そうは言われても、かなり心配なんだが。お前、前科ありまくりだしな」

 強い相手、面白そうな相手であれば、簡単にケンカを売る。そういうところが綾香にはある。十二分に感情を制御できるだけのものがありながら、それをしない。いや、実のところ、綾香自身すら、その思いを制御しきれていないのかもしれない。天才とて、全てが全十ではない。完璧であっても、方向を変えて見れば足りなくなることぐらいはあるだろう。

「大丈夫だって、好恵を倒して、それで終わり。まあ、好恵と戦う場面としては、良かったと思うけどね」

 その部分だけ、綾香は少し感傷的になって言った。

 そう、結局、マスカレイドは、坂下と戦う為の、あつらえられた舞台でしかなかった。いや、最高の舞台だった。あれ以上の舞台で、あれほどの相手と戦えることなど、残りの人生でも、あるかないか、そのぐらい出来過ぎていた。

 あれがなければ、まだ、綾香は多少なりともマスカレイドに興味を残していたのだろうが。

「さ、浩之、行きましょ。合宿があるからって、この短い時間を楽しまない理由はないしね」

 ぐいと浩之を引っ張る綾香の腕力は、正直女の子のそれではない、というか、前よりもさらにパワーアップしているように感じるのだが。

 それでも、例えどれほど綾香が異常であったとしても、平凡であったとしても。浩之にとって、綾香は特別だ。

「はいはい、わかったよ。どこまでもお伴しますよ、お姫様」

 浩之は、どこか楽しそうにため息をついて、綾香に引っ張られるままに歩き出す。

 そして、浩之は、綾香のつぶやきを、聞いた。

「もう、マスカレイドはいいわ」

 その言葉が、綾香がマスカレイドという言葉を使った、最後だった。それからもう二度と、その裏舞台に、綾香は興味を示さなかった。

 

 

 そして、最強の王女から見捨てられたとしても、マスカレイドはそれすらも飲み込み、今夜もどこかで戦っている。誰もが、いつか、最強にたどり着く、とバカなことを考えながら。

 

五章・実戦 終わり

 

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