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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(3)

 

「水着よ、水着。だって、葵、水着買ってないって言うのよ?」

「……は?」

 浩之は、思わず間抜けな声で綾香に聞き返していた。

「何を買ってないって?」

「だから水着だって。浩之、耳でも悪くなったの? ああ、打撃を打たれ過ぎて鼓膜が破れることはけっこうあるしね。明日あたり病院行った方がいいんじゃない?」

「いや、ちゃんと聞こえてる。聞こえてるが、意味が分からん」

 綾香の言葉にそう深い意味はない、ぶっちゃけそのままだが、ただいきなり言われたので理解できていないだけだ。

「葵ったら、スクール水着を持っていくつもりだったみたいよ。ほんと、水着の話題振っておいて良かったわよ」

「スクール水着……」

 浩之は思わず葵の方を見ていた。改めて言われたのが恥ずかしかったのか、浩之に見られて、葵は顔を赤らめて下を向いてしまった。

 抜群のプロポーションを誇る綾香と比べれば、葵の身体は幼児体型のそしりは免れない。いや、この年齢であればまだ身体が完全に成長していないのは不思議な話ではないが、成長しても胸が大きくならない女性はいるので、幼児体型というのとは違うのかもしれない。どちらにしろ胸がそう大きくないのは間違いない。

 が、大きくはなくとも、ないと言うにはふくらみがあるし、そもそも、引き締まってはいても、女性らしいやわらかい曲線は葵の身体にも十分現れている。この三ヶ月で、それは余計顕著になっているようにすら思う。少なくとも、セパレートの水着を着て海に行っても、誰の目もはばかることのないぐらいには綺麗なものだ。

 その身体に、スクール水着はいかなものか、と浩之は思った。とくに、浩之の学校のスクール水着は、最近流行のスポーツタイプではなく、昔のやや野暮ったい紺色の水着なのだ。どこか違う方向の人にはたまらないものなのだろうが、あの名札のついた水着を着て海水浴に行く気には、普通ならないだろう。

「で、でも、合宿なのでそんなに泳ぐ暇はないと思いますし、水着は水着ですし……」

 一応、反論らしき言い訳を試みる葵。ただし、声はあまり強くない。それとは正反対に、非常に強い声で、綾香が反論する。

「駄目、絶対駄目よ。いくら浩之がスクール水着が趣味だったとしても、同じ女の子として、海にスクール水着で泳ぎに行くなんて、私が許さないわ」

「ちょっと待て、俺は別にスクール水着はどうでもいいんだが。勝手に人の趣味を作るな」

 女の子の水着姿には、もちろん目を取られたりはするだろうし、そこは浩之だって、別にやましいと思うことはない。指摘されると言葉にはつまりそうだが、スクール水着自体には何ら思い入れはない。というかそんな趣味に走るにはいささか浩之は若すぎる気がする。若いからこそそういう趣味に走るのだ、という反論もあるのかもしれないが、行数を割くほどの話題ではないのでスルーする。

「でも、ブルマは好きでしょ?」

「そりゃもち……って、何でそんな話になるんだよ」

 自分の性癖をどうこう言われる場面ではないはずだ。いくら良く知った仲とは言え、性癖の方を女の子と話をするという趣味はないし、したくもないというのが本音だ。ただ、ブルマは否定しないでおく。

 かの先人も言っていた、ナイスブルマ、と。

 ……今度こそ脱線した話題を戻そう。

「そりゃ、水着だけじゃないけど、服ってのは、見せたい相手がいるからお洒落するんだから、相手の趣味に合わせるのは当然じゃない。あ、もちろんファッションという意味もあるけど、葵はそういうことに対する興味は薄いでしょ? 私としては、そっちの意味でももっと葵はお洒落すべきだと思うけどね」

 流石は綾香、格闘技をあそこまで修めながら、ファッションなども人以上に敏感な人間の言うことは違う。まあ、結局ファッションも最低限のところを保っておけば、素材の良し悪しに左右されてしまうので、綾香には難易度の低いものなのだが。お化粧というのは、素材が足りない者の為の物、という側面が強いが、天然素材にはやはり届かないものなのだ。悲しい話である。

「ま、肌に関して言えば、運動してれば日焼け以外は気にしなくてもいいんだけどね」

 肌の良し悪しというは、食生活、若さ、新陳代謝などで構成される。しかし、若いだけでは、肌が汚い女子高生のような例も生まれるので油断は出来ない。

 実は、アスリートは肌が綺麗な者が多い。身体を作る為に食生活に気を使うし、毎日汗を流すことによって活性化される新陳代謝が、肌を非常に若く保つ。もちろん体質の差はあるものの、清潔さにさえ気をつけていれば、年齢よりもよほど肌状態は良くなる。綾香の言ったように、日焼けは避けれない部分はあるのだが、最近の日焼け止めはけっこう性能が良いので回避することも可能だ。

「でも、だからってお化粧しなくていいって訳じゃないのよ? 化粧ってのは、基本的に肌のスキンケアなんだから。塗りたくる必要なんてどこにもないけど、後々年を取ったときのことを考えて……て、何の話だったっけ?」

 どこまでも限りなく脱線していた話題を、綾香はこほん、とわざとらしく咳払いして、元に戻した。

「だから水着を買いに行く為に今日は部活は休みにするってことだろ?」

 浩之は、今までの長いわりに意味のない話をまとめた。あまりこの話題に拘るのは自分の身も危ないと思っての行為だ。まあ、こうやってどこかバカらしい話をするのも、もちろん嫌いではない。嫌いではないが、正直、女の子と性癖の話をするような趣味は浩之にはない。ぶっちゃけ勘弁して欲しい。綾香に羞恥心があるのなら即刻止めるべきである。

「ま、簡単に言えばそういうこと」

 簡単に言えば事足りるのに、何故か長ったらしくなってしまった。そういえば、綾香自身は非常に端的に説明したようにも思ったが、相手が理解できなければ、それは簡単ではなく、相手にとっては難解というものだ。日本語は難しい。

「うーーーーーーーん」

 珍しく、浩之は考え込んだ。即断即決と評されるよりは優柔不断のそしりを免れない浩之だが、そういう次元とは違って、今回の綾香の言葉は浩之に難しい選択を迫っていた。

 ここで、綾香の言葉を切り捨てて、葵を買い物に行かせずに練習をするというのも一つの手だ。綾香がどういう反応をするかは置いておいておけば、これが正解のような気がする。浩之にも葵にも余裕はないのだ。

 しかし、現実問題、綾香の言葉を切り捨てるような力が浩之にあるかどうかとなると、疑問を感じずにはおれない。というか無理だろう。綾香がこうと決めたことを覆せるのは、それこそ世界に一体何人ぐらいいるものか。浩之もその少ない一人の内だという自負はあるが、この手の問題では、やはり止められる気がしない。

 そして、一番浩之を悩ませているのは。

 スクール水着に思い入れはないものの、それでも水着だ。葵の水着姿を見てみたいかと言われればイエスと答えるし、初々しい葵ならば、スクール水着も似合うような気はする。反対に綾香は似合いそうにないが、スクール水着が似合うことを誇る趣味が綾香にはないと思う。ないと思いたい。

 しかし、だ。どうせ見るのならば、スクール水着よりも、もっと他の華やかな水着を見てみたくはないだろうか? 例えば、あばらやおへそが完全に露出したセパレートとか、ちょっと危険なほどに食い込んだビキニとか。

 葵との練習を中止するのは非常に惜しい。時間が限られているのでそれはなおさらだが、しかし、しかしだ。だからと言って、葵の水着が地味で終わることを許してもいいものかどうか。

 浩之は、実に男らしく決断した。

 否、男として否だ。格闘技とはもちろん別次元、もしかしたら同じ次元なのかもしれないが、さすがに葵に悪いので別次元としておく、のところで、浩之の本能が訴えかける。そりゃ葵ちゃんがお洒落な水着を着るのには代えられないだろう、と。

 男としては正しいが、格闘家とは大きく間違っている。ついでに、危機管理能力も欠如していると言われる結果になることを、このときの浩之はまだ気付いていなかった。

 

続く

 

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