浩之が男らしく、はっきり言えばエロ心に従って決断した、そのときだった。
「……浩之、エッチな想像したでしょ?」
綾香のこれ以上ないぐらい的を射た、そして容赦のない言葉のつっこみが浩之の土手っ腹に入る。いつもとは違って、手は出て来なかったが、しかし、これはある意味拳で殴られるより痛いかもしれない。綾香に殴られるより痛いというのは、もうそれは色んな意味で致命傷だ。
さすがにまずいと思った浩之は、何とかしてこの危機を打破するべく口を開く。
「いや、これは芸術云々……」
ベシッ
まったくもって言い訳にもなってはいなかったが、鼻の下が伸びきっていた浩之の言葉を待つことなく、綾香の手の平での突っ込みが浩之の顔にヒットした。ただし、何故か非常に優しい音だった。いつもならば何かが砕けるような音で頭が割れるような一撃を食らうのだが、今回の音は大したことなかったし、せいぜい耳がはがれるのではと思うぐらいの痛みで済んだ。というか何でその音でそこまで痛いのかは謎だ。速度が速過ぎて、今の浩之をもってしても回避行動すら取れなかった。
見まごうことなくエロい想像をしていた浩之を、顔を赤らめた葵が下から見上げて、口を尖らせて責める。
「……センパイの、エッチ」
「うっ」
葵の会心の一撃。浩之は鼻を押さえてうずくまった。
しかし、痛かった訳ではない。責めるつもりで行った葵の態度は、言ってしまえばご褒美みたいなものだった。照れた顔と、その少し責めるような、いつもと違う気弱な表情がかわい過ぎて、浩之など有象無象の雑魚など一撃で轟沈だ。
格闘技でも可愛さでも男を一撃、葵にまさに死角なし。
「葵、それってむしろ逆効果」
「え、何ですか? 何か私しました?!」
葵は相変わらずの天然だ。ガードも色々と甘いので、浩之としてはうれしいやら目のやり場に困るやらで何とも言えないことも多々ある。まあ、あまり直接的にならない程度に、たしなめているのは、何も良識からではなく、他の男が葵のそんな姿を見るのが許せないという独占欲の方が強い。まあ、葵ならばとち狂った男が襲って来ても返り討ちだが、用心に越したことはないのだ。
ついでに浩之本人は気付いていないが、葵がここまでガードを緩める男は浩之一人であり、そこのところを分かられていない葵は、報われないだろう。
「わ、わかった。俺は一人で練習するから、二人で行って来いよ。確かに、海水浴場でスクール水着ってのも冴えない話だしな」
何とか立ち直った浩之だが、さすがに葵の顔は直視出来ない。可愛いというのもあるが、邪な気持ちで後輩の水着姿を想像してしまったことに、罪悪感を感じてもいるのだ。男ならばしょうがないとも言えるが、だからと言って罪が晴れるわけでもない。まあ、葵はもうあまり気にしていないようだし、その点だけが救いだ。
「そうですか? まあ、それはスクール水着はそんなにかわいいものではないですけど、一応学校行事ですから、そっちの方がいいかなと」
空手部の合宿は確かに学校行事だし、それについていく以上、こちらもある程度はそのことを考えなくてはいけないというのは間違っていない。普通の常識を持ち合わせていれば思い付くことだ。ちなみに浩之はそんなことは少しも考えていなかった。
「まあ、そこまで堅苦しいものじゃないみたいだし、いいんじゃないか? というか、最近は例えば修学旅行で沖縄に行くときに水着を自由にするぐらいは許してると思うんだが」
「あー、そうかもしれませんね」
浩之の言うことも一理あると思って、葵も頷く。
スクール水着と言っても、最近のはスポーツタイプのものが多いし、そもそも、プールのない高校も多い。指定の水着がないこともあるのに、スクール水着がどうこうという話もなかろう。というかそこら程度は自由にしないと、生徒が暴動を起こしかねない。
「さすが浩之、エロの為ならスラスラと言葉が出てくるわね」
けっこういらない言葉を横からはさむ綾香。浩之は心の中で舌打ちする。このまま穏便に行くと思ったのが浅はかだったのだ。
「綾香、お前とは一度じっくり話し合う必要があるみたいだな」
「んー、浩之のエロさについては今更話し合う必要なんてないような気がするけど」
「私も、そこは綾香さんに同意します」
「そんなっ、葵ちゃんまでっ!?」
まあ、エロいのはこれ間違いないお話なので、どう言ったところで浩之の方が分が悪い。とは言え素直に認めるのも間違っているので、浩之の態度は概ね及第点なのだろう。男にも羞恥心は必要である。いや女の子よりも男の方が夢見がちという話もあるので、これが一般的なのかもしれない。
「冗談ですよ、センパイ。センパイが紳士なことは私も綾香さんも分かってますから」
葵が笑って、傷ついた浩之の心をいやしてくれた。まあ、それぐらいの冗談は言い合える仲だ。ただ、あんまりいじめると浩之がいじけてしまうかもしれないので、注意が必要だ。
しかし、冗談のフォローにしても、浩之が紳士かどうかは、どうだろう? 単にへたれているだけというお話もちらほら。エロいとそれを責められ、紳士に振舞うとへたれと言われる。世の中、難しいものである。
「ま、そんなエロエロな浩之の為に、葵がきわどい水着を選ぶって言うのよ?! 何よりも優先されるべきだと思わない?!」
「確かに、それは優先されるべきだ!!」
力説する綾香と強く同意する浩之。悪乗りも分かるがバカである。
「あのー、私が買いに行こうと言ったわけじゃないですし、そもそもそんなこと言ってませんし。というか絶対きわどい水着なんて選びませんから」
まあ、二人が遊んでいるのだろうなあ、と思って葵は苦笑するに留める。ただし、危険な一線についてはこの段階から予防線を張っておく。本気できわどい水着など着せられた日にはたまったものではない。切に強く否定しておく。
「ちっ」
「何でセンパイじゃなくて綾香さんが舌打ちするんですか」
浩之が舌打ちするのはおかしいことではないと葵も思っているようだ。まあ、舌打ちするのを浩之も努力をして抑えたので、何も間違ってはいないのだが。
まあ、実際のところ、浩之はあまりそれを残念には思っていない。それは葵のエロい姿は見てみたいが、海に行けば他の男の目もあるのだ。あまり過激な格好はして欲しくないと思っているし、結局、インパクトはともかく、葵にはあまりそういう水着は似合わないだろう、と浩之は考えていた。
「よし、気を取り直して、すぐに行くわよ」
ふざけるのもいい加減にすることにしたのか、やおら綾香は立ち上がると、葵の手を取った。
「ああ、いってらっしゃい」
すでに出る幕はなさそうな浩之は、自主トレーニングのスケジュールを考えながら、二人を見送ろうとした。しかし、そうはならなかったのだ。
「はあ?」
綾香は、何言っているんだこいつという顔で、浩之を見た。
「何言ってるのよ、浩之も行くに決まってるじゃない」
続く