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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(5)

 

「何言ってるのよ、浩之も行くに決まってるじゃない」

 綾香は、さも当然とばかりにそう言った。が、浩之としては、そんな必要をまったく感じなかった。

「俺が行っても仕方ないだろ。男の水着選びなんて、それこそ学校の水着でもいいだろ。いや、もちろん別に買ってるぞ、いたって普通の水着を」

 ちなみに、学校の指定の水着は、男の場合ブリーフタイプであったので、浩之は避けた。まあ、浩之ほどの鍛え抜かれた身体の美形であれば、ビキニというわけではないので、ブリーフタイプでも十分似合っているのだろうが、それは見る方の感覚であって着る方の感覚ではない。そして男の水着など素晴らしくどうでもいいので、このお話はここでお終いである。誰だって書きたくなどない。

「荷物持ちって言っても、水着だったら、そんなに荷物にもならないだろ?」

 というか、さすがに浩之も女物の水着を持たされるのはちょっと遠慮したい。別にまだ着ていないということは単なる布地な訳だが、それはそれ、気分的な問題である。浩之がエロいのはエロいとして、それとは別の男のロマンはちゃんと理解して欲しいものである。

 ちっちっち、と綾香は指を振って、浩之の思い違いを指摘した。

「だーかーらー、水着を選ぶの、浩之にも手伝ってもらうのよ」

「…………は?」

 たっぷり四呼吸ほど、浩之は間を置いてから、今日一番間抜けな声を出した。しかし、これからこその間抜けさを更新する可能性を否定できないところが、むしろ恐怖だった。

 

 

 そして、話をここまで引っ張って来たのだが、浩之のピンチとは、何のことはない、女物の水着売り場に男の身でいることだ。しかもけっこう人が多い。

 これ以上の危機が、今まであっただろうか?

 この店の中にいるのは、浩之と同年代の女の子達が大半だ。後はその前後でばらけるが、さしたるなぐさめにはならないだろう。この比率も、まあ今日は学校が午前中で終わったのだから、ほとんどの高校生はそのまま遊びに出ていることを考えれば納得出来る。

 男の比率は、浩之を除けばゼロ。つまりここにいる男は、老いも若きも浩之一人ということだ。この水着売り場に来ている女の子の中には、彼氏持ちの者もいるが、皆外で待っているか、別の買い物をしている。当然だ、注意書きの張り紙がなくとも、この領域は男子禁制なのだ。

 何のことはない、とは言ったが、正直男の身ではここは苦痛だった。誰だって逃げたくなるだろうし、それに弱虫の烙印を押す者もいまい。この状況を心より楽しめる人間は、人から変態と言われているはずだ。

 浩之はエロくとも、少なくともそっちの変態ではないので、浩之は非常にいたたまれない気持ちになっていた。まわりの目が、全部浩之に集中しているような錯覚、浩之にとってみればそれは事実だ、背中に嫌な汗が出るのもそれは致し方ない。

 とは言え、女の子達の方は、浩之のことをまったく気にしていないわけではないが、浩之が思っているほどは気にはしていない。彼女がそうやって彼氏を困らそうとしている場面は、実はたまにあったりもするし、そもそもここは女の子の領地だ、弱い者には寛大にもなろうというものだ。浩之がかっこいいのも、まったく関係がない訳ではない、ばかりかかなり関係はしているのだろうが。格差社会は男に切なくなるぐらい容姿を求めているのだ。

 だが、浩之の顔云々よりも、女の子達が非常に気にしているのは、異性よりも同性だ。浩之ほどの彼氏を連れている女の子はどれほどのものか、と女の子達が注目して、皆一様に悔しそうにしたりため息をついていたりしている。表情には出さずとも、心の中ではそうしている。

 浩之の連れ添いの二人は、明らかにこのお店の中でワンツーフィニッシュするほどの美少女だった。男の容姿かそれ以上に自分の容姿を気にする女の子達にとってみれば、卑怯と思いかねない容姿の二人だ。そちらの方が確実に目立っている。それに気付けるほどの余裕が浩之にはないので、あまり意味のないことではあるが。

 そんな小さな、規模的には店中な訳だが、女の戦いはこれぐらいにして、本命の水着の方に話を移そう。もちろん浩之の苦悩など知ったことではない。

 お店の中には、所狭しと水着が置かれている。というか、これほど豊富な種類の水着があるのか、と感心させられるぐらいだ。その表面積的には多分下着の次に少なそうなそれに、そこまでのバリエーションを持たせる英知というのは、正直凄い。

 まあ、夏休み直前という時期も時期だ。もう一方の英知の塊である競泳用の水着は端の方に追いやられ、店の中は一般用の水着が幅をきかせている。一言で一般用と言っても、カラフルな物、かわいい物、たまにきわどい、露出度がもうそれは水着ですらないだろうと思われるほどに少ないものなど多種多様であり、そして客もそちらに集中している。

 そんな店の中に、とりどりの水着を友達としゃべりながら選ぶ、沢山の女の子達。浩之だってこんな状況でなければ素直に喜んでいただろう。

 しかも、季節は夏。薄着の女の子達に、店の中は冷房が強烈に効いているとは言え、汗をかいた女の子達の匂い。背中にはりついたブラウスの背中にくっきりと見える下着のライン。まあこのあたりまで観察する余裕は浩之にはないが。

 ここまで女の子達が集まると、気のせいか甘い香りまでするような気がする。いや、女性の体臭は、男からすれば、甘いかどうかはともかく、良い匂いだと思ってしまうのだから、気の迷いではないだろう。

 こんな場所で、女の子が自分の身体を着飾る布地を声をあげながら選ぶのだ。その手のことが好きな方にはたまらない場所だろうが、多分、それは本当にこういう場所に来たことがないから、そんなことが言えるのだろう、と浩之は今なら断言出来る。

 女の子の多いスペースにいても、嬉しさよりも所在の無さの方が遥かに勝るのだ。よく女子校に転校してハーレムなどというネタもあるが、男の比率が少ないということは、つまり男の立場が弱いということで、まず間違いなくそんなに楽しいことではないだろう。

 というか、場所が悪い。他に客がいなくったって、浩之はこの場にいるのはごめんだった。

 女性物の水着や下着を置いてある場所にいること自体が精神的に厳しいのだ。そこに知り合いの女の子がいようといまいと関係ない。いや、いるからこそ、気恥ずかしさはもっと上だ。というか、この二人は浩之に対して恥ずかしくないのだろうか?

 そんな浩之の考えを他所に、綾香と葵は水着選びで忙しいようだった。それは、ここまで種類があれば迷いもしようというものだ。ふと浩之は、綾香と葵が同じ場所を見ているが、サイズとかはいい加減なのだろうか、とどうでもいいようなことを思った。

「色はどうする? かわいいのは、こっちの花柄だけど」

「ちょっと派手じゃないですか? 綾香さんには似合うかもしれませんけど、私はこっちの方が……」

「それじゃちょっと地味過ぎるでしょ。せめてこっちぐらいは」

「そ、そんなの着れませんよ。それは綾香さんはスタイルに自信があるからいいですけど」

「そんなことないって、葵だって誇れるほどの身体はしてるじゃない。もっと大胆に行かない?」

「だ、大胆ですか?」

 ひょいと綾香が手にした水着は、なかなかエコっぽい水着だ。

「ほら、浩之。この水着なんてどう?」

「あの、どうって、それ何か紐に見えるんですけど。綾香さん、それを着るんですか?」

 エコではなくエロのようだ。というかちょっと常識から考えて厳しすぎる。

「着るのは葵に決まってるじゃない」

「断固反対します! そんなもの着たら横から見えますよ!」

 綾香と葵という美少女がきゃいきゃいと言いながら水着を選んでいる姿は、それだけで眼福ものだが、それでも浩之は、とりあえずこれだけは綾香に言いたかった。切実に訴えたかった。

 この場で俺に話を振るな、と。

 

続く

 

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