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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(6)

 

 話を振られたくない浩之は、言葉数も少なくなっていた。あまり冷静ではないので、答えたとしてもあまり身のある答えは返せなかっただろうが。

 うまく浩之が言葉を返すことが出来ないので、ほとんど綾香と葵の漫才のようになっている。まあ、綾香が葵をからかっている、というよりは、綾香が浩之をからかおうとしているのに、葵が助け舟を出しているように見える。

 葵には感謝してもし足りないぐらいだが、浩之をこの場所に連れてくること自体にはあまり反対しなかったので、完全に感謝するのはどうだろう。一度自分でたたき落としてから助けてくれても、素直に感謝することはできないだろう。ただ、どうせ綾香が強行していたと思えば、今助けてもらえるだけありがたいのかもしれないが。

 それでも、エロとは偉大である。ここまでの危機に陥っているというのに、浩之はちゃんと綾香達の会話を聞いていた。そのきわどいというか無茶苦茶な水着に関しての話もだ。

 半分現実逃避している浩之は、綾香が手にしているもう布だか紐だか分からないものを見て、葵がそれを来たところを想像してしまった。葵相手にいかわがしいことを考えるのは、自己嫌悪に陥りそうなのでなるべく避けているのだが、そんな浩之の紙のような理性では押し留められようはずがない。

 まさしくヒモとしか言い様がない水着? を、葵のそこまで大きくない胸でつけたら、かがむと色々とまずいものが見えそうである。ついでにその場面まで想像してしまった。誰が何と言おうと不可抗力だ。

 現実逃避に使用するには、いささかエロ過ぎる気もする。

「なあ、綾香?」

「何、浩之。鼻の下伸ばして」

「いや、それはもういいから、そろそろ俺、外で待ってていいか? ほら、試着とかしたいだろ?」

 浩之は、その想像を振り切って、そして理性と精神力を総動員して、綾香に言った。こんなことを想像するのは、ここにいるからだ、俺は悪くない、と思っていたかどうかはともかく、この場所が浩之の想像に拍車をかけているのは間違いなかった。主にその実物の水着あたりが。

 流石に女性の水着売り場の試着室は、奥まったところにあり、外からはまったく見えないようにはしてあるが、精神的なもので、浩之はあまりそちらには近づきたくない。

 まあ、二人が試着するかしないかは知らないが、とりあえずここから逃げたい一心で、適当に理由を付けた。のだが、それがより浩之を窮地に立たせると、口にした浩之に予測しろというのは無理だ。

「何言ってるのよ。ちゃんと着たところ見てもらわないと、参考にならないじゃない」

 綾香のターン。綾香は無茶を言った。

 浩之は混乱した。というか綾香が狂っているとしか思えないセリフだった。

「ちょ、おまっ、それはさすがに洒落にならねえって!」

 声をひそめながら声を張り上げるというなかなか高度なテクを駆使しながら、浩之は抗議する。まあ、必死になるほどには浩之にとって死活問題なので抗議というよりは悲鳴に近い。浩之が女の子ならば、というか女の子ならこの場は窮地でも何でもないという根本的な問題は置いておいて、泣き叫んでいただろう。それぐらい危ない。

「男がのこのこ試着室に入れる訳ねえじゃねえか!」

「別に一緒に試着室に入れなんて言わないわよ。水着だって、どうせあっちに行ったら見るんだから、別に気にするほどのことじゃないわよ。それに、ここの試着室って、二部屋ずつで仕切られてるから、他の人の邪魔になることもないしね」

「そういう問題じゃないだろ、絶対」

 間違いなくそういう問題ではない。というか、綾香はこの店に来たことがあるようだ。そして試着室の構造まで考えているということは、確信犯っぽい。

 まあ、見たい見たくないという選択肢であれば、当然見たい。浩之もれっきとした男だ、それを拒否する理由などない。だが、実際にやれと言われると、かなり問題がある。これが、もし綾香の家であれば……いやいや、それもまずいだろう、と浩之はかなり流されかかった理性を慌てて引き寄せる。

 理性の方は、もうこんなところいたくないんだと言わんばかりに、浩之の中から逃げ出して、そのまま綾香の言葉に流されようと必死になっている。こんなところにいたくないのは浩之の方だ。

 そして、理性の方も危険ではあるが、綾香が言い出した以上、それを覆すのは非常に難しいことを、浩之は今までの経験で熟知していた。熟知させられるほど経験して来たということなので、まったく嬉しくない。

 そして、こういうときは一人で戦っても無駄だ、ということを理解していた。だから、葵に助けを求めた。この場合、葵の助力は、何よりも効果があるだろうし、何より、葵を説き伏せることのできる理由もあった。

「ほら、葵ちゃんも言ってやってくれよ。綾香のやつ、葵ちゃんも巻き込むつもりだぞ?」

 試着室が二部屋ずつで仕切られているということは、片方は葵が使うことになるのだ。浩之には、葵が自分のことをを憎からず思っている自信はあるが、さすがにカーテン越しに着替えを許すことはないと確信していた。

「は、はい、私も、流石に恥ずかしいです」

 葵が顔を赤らめてもじもじする姿は、ちょっとご飯三杯いけそうだ。ただ、今は浩之にとっては葵は心強い味方なので、極力そういうことは考えないように努力はしていた。無駄な努力とも言うが。

 いくら綾香が実際の戦力によって強権を発揮しても、二対一ならば勝機もあるし、何よりどちらが非常識かは言うまでもないことだ。

 この勝負、勝てる!!

 それを過信と断ずるのは酷いだろう。無茶を言っているのは綾香で、今回に限って言えば、浩之の方が正しいはずだった。

 しかし、その程度の不利は、綾香にとっては問題にすらならなかったのだ。もちろん正しい間違っているという分類で分けられたところで、綾香としてはまったく痛くなかった。ようは、勝ってしまえばいいのだ。

「葵、ちょっと来なさい」

 と言うと、ぐいぐいと葵を浩之の近づけない更衣室の方に引っ張っていく。葵もあの小柄では考えられないほどの腕力があるはずなのに、まったく抵抗出来ていない。浩之が止める間もなかった。

 二人がひそひそと話をする中から、「え、でも」「そ、そうですけど……」「わ、わかりました」とか何とか葵の不穏な声だけが聞こえて来て、浩之を不安にさせる。

 つか、葵ちゃん一人で、綾香に口で勝つのは無理じゃないか?

 本当は葵の勝利を信じてやりたいが、しかし、戦力差ははっきりしているし、そもそも葵は口が達者なタイプではないのだ。何でもこなす上にずる賢い綾香と格闘技以外で戦っては、善戦すら出来ないだろう。

 それでも、三分ほどは綾香と葵の戦いは続いただろうか。浩之はその間、葵の勝利を信じて待つしかなかった。

 そして、帰って来た葵の一声は、浩之の望んでいるものとは、まったく反対だった。

「センパイッ、水着を選ぶの、手伝って下さいっ!!」

 何故かもの凄く決意を秘めたような目で浩之を真っ直ぐに見る葵を見て、浩之は、自分の完全敗北を察したのだった。

 

続く

 

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