作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(7)

 

「すみませ〜ん、試着したいんですけど〜」

 綾香が、女性の店員に、そう言うのを、浩之は戦々恐々としながら聞いていた。

 綾香の悪魔の甘言に騙された葵の迷惑極まりない決心から三十分後、浩之は、二人に引きずられるて、更衣室までつれて来られた。ちなみにその三十分の間は、試着する水着を選んでいた時間だ。

 すでに、回避が不可能なぐらいに危険な状況になりかかっていた。しかし、店員の人とかがいれば、二人も自重するかも、と浩之は淡い期待を抱いていた。

「はい、お二人ですね? え、この方も……はい、それではこちらでどうぞ。何か問題がありましたら、そこのボタンで及び下さい。それではごゆっくりご試着して下さい」

 いくら試着室が閉じられているとは言っても、そこにのこのこと男が入っていくのに、さすがに店員もまずいと思ったのか、そのお店にとりつけた試着室にしては嫌に密閉されたそこに三人を残して、さっさと逃げていった。

 いや、まずいと思うなら止めろよ。事なかれ主義の日本くそくらえ。というかゆっくりとか何しろってんだよ。

 浩之がクレームを言おうにも、すでに店員は逃げてしまった。女の子二人に、男一人。一体どういう想像をされたのか、浩之にしてみれば考えるのも嫌だった。いや、店員だけではない、何人かは、客の女の子達もこちらに注目していたような気がしていた。そして、それは浩之の妄想などではなかったのだ。かわいそうなことだが、すでに店員や見ていた女の子達からは、かなりの女ったらしと思われているだろう。いや外での露出プレイっぽいので変態と思われているかも。

 テンションのだだ下がりな浩之だが、これは仕方ない。ナイーブな男子高校生の心は、そこらの頑丈で頑強で凶悪な女子高生のものと比べると、紙のようなものなのだ。よく燃えるし燃え尽きるしすぐ破れる。いいとこなしである。

 さすがに、綾香も浩之がそこまで落ち込んでいるのを見て、悪いと思ったのか、肩に手を乗せて、後ろからなぐさめる。

「ほら、浩之。いいじゃない、これしきのことでいじけないでも。だいたい、これから一人でこんな美少女二人の水着の着替えショーが見れるのよ? 男としてそれを喜ばないのはどうなのよ?」

 完璧とすら言える容姿をした美少女に、後ろから耳元でささやかれる。男ならば一度と言わず何度でも体験したいところだが、しかし、浩之にとっては、綾香にされるそれは恐怖体験以外の何者でもなかった。そして困ったことに、恐怖ではあるものの、やはり嬉しい自分がいることも浩之には否定できないのだ。

「やめ、おま、耳に息を吹きかけるな、あ、こら咬むなというか、ちょっと、何か肩に力が入り出してる気が……」

「それとも何? 私らの水着なんて見ても嬉しくないとでもいうつもり?」

 エロい浩之を励まそうとしてちょっと危ないことまでしていた、耳を甘噛みはやりすぎだろう、直にエロい、綾香だが、それが一転不機嫌になる。いきなり浩之は社会的危機に加えて、生命的危機すら背負う羽目になってしまった。

「な、何で怒るんだよ!」

 綾香の気分が入れ替わりやすいのは今更だが、それにしたって、浩之にはその理由が、本当にまったく理解出来なかった。つまり、打開策もなく、浩之は自分の生命を危険にさらしたまま、動けずにいた。ギリギリと浩之の肩に置かれた綾香の指に、少女のものとは思えない力が入り、浩之の肩にくっきりと指の型が残るぐらいまで浩之をいたぶった後に、綾香はやっと手を離すと、ふいと浩之から背を向けた。

「……もう、いいわよ。ほら、葵。浩之は私らにはまったく興味ない風を装ってるみたいだし、さっさと着替えるわよ」

「はい、必殺です!!」

 綾香の言うことは浩之には分からないが、葵の言うことは誰にも分からない。というか、今の葵には、浩之と綾香とのやりとりも、耳にも目にも入っていないようだった。葵にけっこう天然なところがあるのは今更だが、これはいつもよりも酷い。必殺とか誰を殺すつもりか、浩之か、やはり浩之なのか。まあだいたい必殺されるのは浩之で鉄板なので、そちらは考えるまでもないことなのだが。

「……うーん、葵をたきつけるの、目的は達成したけど、方向の方を間違ったかなあ?」

 綾香は誰にも聞かれることないほどの小さな声で、テンションがおかしくなっている葵に肩をすくめる。人はそれを目的の為には手段を選ばない方法と言い、だいたいそういうときは結局目的の方も何かしら失敗しているという、いわゆる教訓めいたものを感じさせるお話だ。

 と、そこで、綾香はピタリと動きを止めた。

「ああ、そうそう、浩之」

「何だよ」

 どこかふてくされている浩之の声を聞いて、綾香はちょっと気分が晴れる気がした。

 まあ、浩之がこんな状況に陥って、余裕を無くさせているのは綾香が原因なので、自分の水着よりも浩之がこの状況の悪さを嘆いているのに腹が立った、というのは、あまりにも大人げない話だ。子供のように駄々をこねているとも言える。

 ただ、綾香はまだまだ大人ではない。人ではない怪物のそれであっても、年齢は操作出来ない。それを言えば、葵だって、浩之だって大人ではない。まだまだ子供だ。少なくとも、自分で責任も取れないし、義務を果たす社会的能力もない。

 子供であることを免罪符になどできないが、やはり、子供なのだ。自分で招いたことに不満を感じたりもするだろう。

 まあ、所詮大人と子供違いは、社会的地位がどうこうであるだけで、精神的には差はない。大人だろうと子供だろうと駄目な人間は駄目であるし、天才は天才で、怪物は怪物だ。ただ、少し経験で差が出るだけだ。実際経験しようがそれをまったく教訓として生かせない大人も、自分で招いたくせに激怒する大人も、驚くほど多い。

 大人になっても精神的に成長するようなことはないが、しかしだからこそ、経験を生かせたならば、そう、驚くほど、それは有効なのだ。

 そして、経験、で言えば、綾香は未経験も未経験。うぶなねんね、などと言われても反論出来ないほどだ。葵も、綾香の見る限りそうだろう。いくら女性が最強に強いとしても、やはり経験していないことには腰が引けるし、うまくこなせる訳ではない。

 そして、さて、浩之は……

 何せ、いくら深い付き合いをしているとは言え、出会って僅か数ヶ月で、ここまで女の影が見える浩之だ。綾香の見立てでは、そんなに経験して来たようには見えないが、この天才は、天然で隠す術を心得ていてもおかしくないのだ。

 いや、それだけならば、綾香の魅力でカバーすればいいだけなのだが、この天然は、放っておくと、自分を情の一部に組み込むかもしれないということだった。浩之が情に深いのは、知り合いならば誰しも認めるところだが、だからこそ、情に深い人間は、時として男女の差すら埋める。

 男女の間の友情は、確かにあるのだ。例えどちらかがそれを望んでいなかったとしても、もちろんそうであるならば大半は関係は駄目になってしまう訳だが、そんな過酷な状況の中でも、それは成り立ってしまうことがあるのだ。

 友情でも愛情でも情は情。その情と愛情を天秤にかけ、情が勝てば、例えそんな関係を望んでいなくとも、単純な取捨選択で選ばれる、男女の間の友情。

 ちょっとだけ困ったことに、綾香はそんなことはまったく望んでいないが、それでも、浩之を切り捨てることなど、もう考えられなかったから、下手をすれば情の方が勝ってしまうかもしれないのだ。それはまずい、非常にまずい。

 だから、これは、綾香にとってみれば、ちょっとした牽制なのだ。ちゃんと、浩之が友達としてではなく、女の子として、こちらを意識する為の。

 まあ、それに葵を巻き込んでは効果半分という話もある。が、浩之を取り逃がさない為には、葵は必要だった。綾香と葵に言われれば、浩之は自分の不利があっても、そちらを優先することはすでに予想済みだ。そして葵を巻き込んだ弊害については。

 綾香は、自信家なのだ。何においても、例え手入れの話はあれど、生まれつきもっているものへすら、自信を持っている。

 さすがに、葵には胸で勝ってると思うのよね。

 そんなことを考えている綾香は、一度葵に土下座すべきである。

 もちろん、大きさ的に言えば絶対に葵に勝ち目はない。現実はかのように過酷なものであるという、生きた証人とか何とか適当にまとめてみる。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む