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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(10)

 

「もっと前に気付けよ!!」

「へー、ほー、そんなこと言っていいのかなあ?」

 浩之の心から出た、しごく当然のつっこみに、綾香はカーテンの向こうから、いやらしい声で返した。

「な、何だよ……」

 含みのある言い方に、姿も見えないのに、浩之はびびる。弱気とは言うまい、すでに条件反射になるほどに綾香に調教されているのだ。いじめどころか、虐待に近い責めを受けながら、まだ健全に生きている浩之の打たれ強さは特記できるものだ。もしかしたら違う趣味に開眼しているのかもしれない。

「そんなもんに開眼してねえし!」

「ん、どうかしたの、浩之?」

「あ、いや、何かどっからともなく人権を侵害された気がして」

 浩之の物言いもそっちの人に失礼である。性癖は人それぞれ、他人に迷惑をかけないのならば、どんな性癖でも問題ないと思うのだが、どうだろう。まあ、狭い趣味を満たしてくれるパートナーがいるかどうかは知ったことではないが。

 とりあえず、浩之はSMの関係にはまったく興味がなさそうだった。人の性癖はどちらかに分類できるというが、別に分けなくとも何ら生活には困らないと思う。ただ、浩之はこの際いじめられるのが嬉しい方が、安穏と生活出来るような気もする。綾香が嬉しいかどうかは、また置かれてしまうわけで、うまくはいかないものだが。

「何、話をそらすつもり? もうちょっと脈絡があってもいいと思うんだけど」

「その前にさっきから実りのある話はしてなかった気がするんだけどな」

 自分の恥ずかしさを見逃していた綾香の浅はかさ、というのは実に珍しいことではあるが、確かに実りはない。直視ではないが、綾香と葵の着替え、こんな状況でなければ、浩之にとってはごちそうさまというところだろう。しかし、自分の身の危険も含まれているのでは、そうは言っていられない。嬉しさ半減どころかいい迷惑だ。

 いや、例えそうであっても、男ならば身の安全よりもエロを優先すべきだと声を大にして言いたい。その後でどんな仕打ちがあるかはこちらでは責任は持てないが。

「で、浩之」

「うおっ!?」

 いきなり目の中に飛び込んできた綺麗な肌に、浩之は情けない声を出してしまった。

 綾香が両開きのカーテンの間から、首と腕を出して来たのだ。ついでに肩や太ももまでもだ。胸元と大事なところこそ手で押さえているはいるが、後は完全に浩之の前に出されていた。エロい、もとい、健康的におへそまで見える。

 も、もしかして、裸なのか?

 鍛えられていて、シミ一つない陶器のような素肌に、浩之は一瞬で目と心をを奪われていた。まさに瞬殺とはこのことだろう。綾香はミニスカートをはいているので、脚ぐらいは良く見ているはずなのに、何もつけていないと思うと、まるで別物に見えるのだから不思議だ。

 時間にして一秒ほどだったが、すぐに浩之は、綾香のにんまりした顔に気付いた。

「くっ!」

 慌てて目をそらそうとして、しかし強烈な誘惑に負け、後一秒ほど堪能してから、やっと血涙の思いで浩之は目をそらした。というか、すでに時遅しなのだから、そのまま見ておけばいいのでは、と目をそらしてから気付いたが、それこそ遅すぎる。

「んー、浩之は、何見てたのかなぁ?」

 目をそらしていても、にまにましている綾香の表情が透けて見えるような、そんな口調だった。

「あ、いや、仕方ないだろ。てか、男の前に何て格好して出てくるんだ」

 俺は悪くない、悪いのはそんな格好で目の前に出てきた綾香だ、と心の中では思いながらも、浩之は反射的に言い訳をしていた。

 別に見たくないものでも、思わず見てしまうのが男のサガというやつだ。見たいものならば、強制的に目を奪われるのはむしろ必然。ましてや、綾香の肢体は一級品だ。男ならすべからく誘惑される、それほどのものだ。浩之の心からの訴えには、残念ながら立場の弱い男の方から言うと正当性はないものの、気持ちは非常に良く分かる。

 しかし、綾香にそれを分かれという方が、いや綾香は分かってやっているのだから、もう何も言えることはないのだ。

 少しでも誘惑された時点で、浩之の負けはすでに決まっているのだから。

「浩之の、スケベ」

 んふふと含み笑いをする綾香の声は、それ自体が催眠薬のようだった。浩之は、その香りに誘われるように、そちらを見ようとして。

「あ、綾香さん、どんな格好なんですか?!」

 葵のカーテンの向こうからの、過剰というか当然の反応で、浩之は我に返った。

 やばい、かなりやばかった。そうか、そういや葵ちゃんもいるのか。もうちょっとだったのに、じゃなくて、ありがとう、葵ちゃん……てか、まずくないか、これ?

 もちろん葵の存在を忘れていた訳ではない。というか思い切り意識しまくっていた訳だが、それが吹き飛ぶほどの綾香の誘惑に負けそうになっていたのだ。そして、綾香に弱みを握られるのは今更として、葵に軽蔑の目で見られては、立ち直れないかもしれない。エロいのはすでに周知の事実としても、浩之は浩之で、一応線は引いているのだ。

 しかし、浩之の予想とは違う方向に、葵は走っていた。

「あ、綾香さん、不潔です!」

 あら、綾香責めるの?

 それはそんな格好で浩之に姿を見せたのは綾香で、能動的に動いた綾香に非があるのは事実だが、結局性的なものに関しては、男の方が非常に立場が弱いのだ。浩之だって、今まで男が勝ったのを見たことがないし、浩之も勝ったことがない。まあ、そんな酷いことをするのはせいぜい綾香ぐらいなものなのだが。

「そんな、センパイを色仕掛けで誘惑するなんてっ」

「あら、私は葵がやろうとしていることをしてるだけよ?」

「私は裸でセンパイを誘惑したりなんかしませんっ!」

 誰にも聞かせられない内容の会話を、浩之はどこか現実逃避しながら聞いていた。

 あー、綾香も強烈だけど、葵ちゃんが誘惑してきたら、いつもとのギャップで、俺も簡単に落ちるかなあ。綾香の誘惑に力の限り抵抗してきた浩之ですら、それは脅威だ。まあ、誘惑されるのは浩之としてもやぶさかではない。

「いや、だって、私別に裸じゃないし」

 は?

 浩之が振り返ると、肩ひものないセパレートの水着を着た綾香が、ちょっとセクシーなポーズを決めながら、非常に楽しそうに浩之に視線を送っていた。

「あ、こっち向いたこっち向いた。もう、浩之、早とちりしすぎよ。水着を見てもらうんだから、水着着ない訳ないじゃない」

 だ……

「だまされたっ……!!」

 男の夢を打ち砕くような綾香の所行。まさに悪魔だ。この悪魔!! と罵ってやりたい衝動を、浩之はぎりぎりのところでこらえる。

「人聞き悪いわねえ。誰も裸ですなんて言ってないじゃない。それに、浩之、そんなこと考えて私見てたの?」

 いや、あれは明らかに誤解させる気だった。騙される方がバカなのか? いいや、男ならば誰だって騙される。綾香は、男の夢を裏切ったのだ。浩之は、それこそ血涙を流す思いで、唇を噛んで黙った。だって、何か言ったらやっぱり自分の立場悪いし。

 まさに、予定調和のように浩之は綾香によってからかわれる。まあ、男としてはMでなくとも、この状況はうらやましいものだと思われるので、浩之にはその代金を払っている、というつもりで、がんばってもらおう。

 

続く

 

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